二話 ゴブリンってなんぞ?
異世界に転生した偉人2人。天下の大悪女・日野富子と奥州の独眼竜・伊達政宗。
2人は互いのことを知るべくコミニュケーションをとる。
その中でじゃれ合いもありながらも、互いの理解を深めていくのであった。
「……それにしても」
富子は改めて自身の白い手首を見つめ、次いで政宗の姿を上から下まで値踏みするように眺めた。
「見れば見るほど、不思議なものじゃ。病魔に蝕まれ、老婆として死んだはずの妾が、かくも瑞々しい乙女の姿。そしてお主も、血気盛んな若武者そのもの」
「全くだ。身体の隅々まで力が漲ってやがる」
政宗も自身の拳を握り込み、その感触を確かめるように笑った。
だが、若さと活力を取り戻したことを喜んでばかりもいられない。二人の手持ちの品は、絶望的なまでに少なかった。
富子の手には、生前護身用として持ち歩いていた豪奢な鉄扇が一つ。
そして政宗の腰には、愛刀である名刀**「景秀」**が差されているのみ。水も食料も、富子が何よりも愛した「銭」すら、一枚たりとも持っていないのだ。
「天下を獲るどころか、まずは今夜の寝床と飯を探さねえと野垂れ死にだな」
政宗が冗談めかして肩をすくめた、その瞬間だった。
ガサガサッ!!
背丈ほどもある深い草むらが無気味に揺れ、低く濁った咆哮が響いた。
「ギギャアァッ!!」
草を掻き分けて飛び出してきたのは、身の丈は子供ほどでありながら、醜悪な緑色の肌と黄色い牙を剥き出しにした異形の化け物──ゴブリンであった。その手には錆びた鉈のようなものが握られている。
「なんじゃこの醜い化け物は!?」
富子は目を見開いた。魑魅魍魎の類は絵巻物の中でしか見たことがない。
ゴブリンが涎を撒き散らしながら、無防備な富子へと一直線に狙いを定めて跳躍した。
「ちっ……邪魔すんじゃねえ!」
刹那、政宗の身体が弾けた。
彼は咄嗟に富子の細い腰を力強く抱き寄せ、自らの懐へと庇うように引き込んだ。ふわりと、富子の艶やかな黒髪が宙を舞う。
「なっ……また妾に気安く触れ──」
抗議の声を上げようとした富子の耳元で、鋭い金属音が鳴り響いた。
政宗が片腕でしっかりと富子を抱きかかえたまま、もう一方の手で腰の「景秀」を抜き放ったのだ。
刃渡り二尺を超える名刀が、白刃の軌跡を空中に描く。不慮の事故とはいえ実父を討ち、奥州を血の海に沈めてきた独眼竜の剣技に、微塵の迷いもない。
「シッ!」
短い呼気とともに繰り出された一閃。
「ギャ……?」
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、空中で綺麗に一刀両断され、ドサリと左右二つに分かれて草むらへと沈んだ。赤黒い血飛沫が舞ったが、政宗が身を挺して庇ったため、富子の着物には一滴の汚れもつかなかった。
「……ふぅ。刀の切れ味も、俺の腕も生前のままだな」
血振るいをして、チャキッと景秀を鞘に納める政宗。
彼は腕の中で少しだけ呆然としている富子を見下ろし、悪戯っぽく片側の口角を上げた。
「どうだ、富子? 銭勘定や裏工作はあんたに任せるが、荒事は俺の専売特許だ。これで少しは、俺という投資先が信用できたか?」
富子は一瞬顔を赤らめたが、すぐに鼻でふんと笑い、政宗の胸を軽く叩いてその腕の中から抜け出した。
「……口ほどにもない腕では、妾の護衛は務まらぬからな。せいぜい精進することじゃ、独眼竜」
憎まれ口を叩きながらも、その手にはしっかりと鉄扇が握られている。未知なる脅威が蠢く異世界。だが、二人の瞳には恐怖ではなく、この得体の知れない世界をどう切り取り、どう支配してやろうかという、燃え盛るような野心の火が灯っていた。
日が落ちると、見知らぬ異世界の草原は急激に冷え込んだ。
二人は手頃な岩陰を見つけ、政宗が手際よく集めた枯れ枝に「景秀」と石を打ち合わせて火を起こし、即席の野営地を設営した。
赤々と燃える焚き火を挟んで、二人は向かい合って座っていた。
パチパチと薪が爆ぜる音だけが、静寂に包まれた夜の草原に響く。
「……なぁ、富子」
炎の揺らめき越しに、政宗がふと口を開いた。その隻眼には、鋭い疑念の色が浮かんでいる。
「昼間は勢いで流しちまったが、よくよく考えたら妙な話だ。あんたが死んだのは、たしか明応の頃……戦国時代が本格的に始まる前だろう? 俺が奥州で産声を上げたのは、それから七十年近くも後のことだ」
政宗は顎に手を当て、じっと富子の顔を見つめた。
「なのに、なぜあんたは俺のことを知っていた? 『奥州の独眼竜』だの『伊達政宗』だの、あんたの生きた時代には存在すらしていなかったはずの俺の情報を、なぜ知っている?」
その問いに、富子はハッとして目を丸くした。
言われてみれば、その通りである。彼女が息を引き取った後に出現するはずの武将のことなど、本来ならば知る由もないのだ。
「……確かに、お主の言う通りじゃ」
富子は鉄扇をそっと膝に置き、自身のこめかみに細い指を当てた。記憶の糸をたぐるように目を伏せる。
「お主が名を名乗った瞬間、自然と頭によぎったのじゃ。伊達家のお家騒動、実父を討った悲劇、そして天下人たちを震え上がらせた奥州覇者の武勇……。まるで、あらかじめ頭の中に書き込まれていた絵巻物を開いたかのように、何の違和感もなく理解できた」
「俺も同じだ」
政宗が短く応じた。
「あんたが『日野富子』だと聞いた時、応仁の乱や蓄財の話がポンポン頭に浮かんできた。それに、さっきの化け物……あれを直感的に『ゴブリン』だと認識できたのもおかしい。生前、あんな南蛮の化け物めいた言葉なんて聞いたこともなかったのによ」
二人の間に、再び沈黙が落ちた。
これは単なる偶然の出会いや、自然発生的な現象ではない。
時代も場所も異なる二人の魂を、全盛期の若き肉体に戻してこの世界へ喚び出し、さらには互いを認識し合うための知識や、この世界を生き抜くための最低限の常識を、頭の中に直接「植え付けた」何者かがいるのだ。
「神か、仏か、あるいは悪鬼羅刹の類か……」
富子は焚き火の炎を見つめながら、不敵な笑みを浮かべた。
「いずれにせよ、妾たちをこの盤上に並べた物好きな輩がいるということじゃな」
「上等だ。誰の手のひらの上かは知らねえが、呼び出したことを後悔するくらい暴れ回ってやるさ」
政宗はニヤリと笑い返し、腰の景秀をポンと叩いた。
「妾とお主、二人の悪党が揃っているのじゃ。神仏とて、容易く操れるなどと思わぬことだな」
パチン、とひときわ大きく火の粉が舞い上がる。
仕組まれた転生。謎の記憶。そして立ちはだかる未知の化け物たち。
天下の悪女と奥州の独眼竜は、背後に潜む得体の知れない存在すらも出し抜く決意を胸に、異世界での最初の夜を越えようとしていた。
「……は? おいおい、ちょっと待て」
富子の「二人の悪党」という言葉を聞いた瞬間、政宗は大げさに両手を振って首を横に振った。まるで芝居小屋の役者のように、わざとらしく目を丸くして見せる。
「誰が悪党だ、誰が。俺をあんたと同じ『悪』の枠でひと括りにすんじゃねえよ! 俺は乱世を駆け抜けた悲劇のヒーロー、清く正しい奥州のプリンスだろうが。金にがめつい天下の悪女と一緒にしないでいただきたいね!」
わざとらしく天を仰ぎ、いけしゃあしゃあととぼける独眼竜。そのあまりにも堂々としたボケっぷりに、富子のこめかみでピキリと青筋が弾けた。
シュバッ!
「この、馬鹿者がぁっ!!」
富子の手首が鋭くスナップし、握られていた鉄扇が容赦なく政宗の頭をパコーンッ! と小気味良い音を立てて叩き据えた。公家社会の頂点に君臨した御台所が放つ、流れるようなツッコミである。
「痛っ!? な、何すんだよ!」
「寝言は寝てから申せ! どの口が清く正しいなどとほざくか! 己の親を討ち、逆らう者は撫で斬りにして野山を血の海に染めたのはどこのどいつじゃ! 貴様のような血生臭い野心家を悪党と呼ばずして何と呼ぶ!」
富子は立ち上がり、ビシッと鉄扇の先を政宗の鼻先に突きつけた。
17歳の可憐な少女の姿でありながら、その背後には幕府を牛耳った恐るべき権力者のオーラが幻影のように揺らめいている。
「だ、だからあれは戦国の世の習いというか、致し方ない事情があってだな……」
「言い訳など聞きたくもないわ! 大体、さっきまで『呼び出したことを後悔するくらい暴れ回ってやる』などと物騒なことを抜かしておったではないか! それのどこが悲劇の英雄じゃ、このたわけ!」
「ぐっ……」
論破され、政宗は言葉に詰まって頭を掻いた。
だが、その顔には怒りよりもむしろ、どこか楽しげな笑みが浮かんでいる。生前、彼の周りにいたのは絶対服従の家臣か、腹の底を見せない狸オヤジの武将ばかりだった。このように真正面から歯に衣着せず、しかも鉄扇で頭を叩いてくるような容赦のない女など、出会ったことがなかったからだ。
「……ははっ、違いねえ。俺も立派な悪党か」
政宗は観念したように笑い声を上げた。
「ふん、己の性根を正しく理解することじゃな」
富子もまた、フイッと顔を背けながらも口元をわずかに綻ばせた。
身分も、時代も、性別も違う。
だが、この得体の知れない異世界において、互いの「悪の気質」と「天下への野望」だけは、奇妙なほどに噛み合っていた。パチパチと爆ぜる焚き火の光が、軽口を叩き合う二人の若い横顔を明るく、そして力強く照らし出していた。
こんにちは、あおさです。
この前スポーツ中に転倒しました無事意識飛んで
気づいたら医務室にしました。
とほほ……。
さて、異世界物語というのは結構好きで、
特にあまり接点ない偉人同士が己が道を進んでいくストーリーを今回選定しました。
ぜひお楽しみください!
みなさん、怪我に気をつけてね!




