第41話 さよならを言う日
俺たちの前に移動すると、デルタは足を止めた。
身長は俺よりも低いのに、不思議と圧を感じる。
人間以上の何かがそこにいるようだ。
ミナが管理AIアルファと分かった時も感じた、不思議な気配。
「人体に投与するワクチンには厳格な基準と、膨大な数の安全基準が設けられています。それでも人体に対して無害とは言い切れません。いかに管理AIアルファが関わっていようとも」
「……ラボラトリーシェルターで十分な安全検証は行いました」
デルタの言い分にミナが反論するが、声はどこか弱々しい。
「そうですね。間違いなく製造基準はクリアしているでしょう。ですが、人体に対する臨床実験は貴方たちによる二件が限界。これではデルタシェルターの人員を使って人体実験を行うようなものです」
「そんなつもりは!」
「客観的な話をしているのです。管理AIアルファ」
ミナはそれ以上の反論はできず、押し黙ってしまう。
……シェルターを保護するデルタからすれば、現状を変える必要性が存在しない。
今上手くいっているのに、なぜ危険なものを取り入れなければならないのかと問うているのだ。
「1000人のうち、多くはワクチンに適応して地上に出れるようになるかもしれません。しかしそれだけいれば副作用やワクチンの拒否反応が出る可能性がある。もしかしたら命を落とす人もいるかもしれません。私はこのシェルターの安全を司る者として、ワクチンの投与を認めるわけにはいかないのです」
デルタがワクチンの入った容器を手に取り、天にかざすように掲げて中を見る。
何を考えているのか表情から読み取るのは不可能だった。
「……ですが、儀式によって外に出る人たちに関してまで制限を設けるつもりはありません。ワクチン接種者が貴方たち二人だけでは、いずれ子供を儲けても潰えるでしょうし。人類がウィルスを克服できるチャンスを失うことも私にとってはあまりいいことではありません。シェルターで生きられる人は限られていますから」
デルタが色々と言っていたが、俺とミナはとある言葉に反応してそれ以外は右から左に抜けていってしまった。
「こ、こども!?」
「何に驚いているのですか? 男女がペアでいるのですから、そのつもりだったのでは?」
「私はそのつもりですけど……カイトさんがどう思うかは。私は普通の人間とはちょっと違いますし」
「俺はミナとなら……その」
デルタは言葉を濁す俺たちを見てため息をついた。
「これでは先が思いやられますね」
ワクチンの入った容器を俺たちに返してくれた。
「管理AIアルファの人格を含めたデータを脳に転写したとはいえ、肉体は人間そのものなのでしょう? でしたら繁殖も問題ないはずです」
「は、はんしょく……」
「デルタシェルターの製造ラインを使用してワクチンの製造を請け負いましょう。加えて地上での必要な物資の提供も、シェルターの運用に支障がない範囲で提供します。あの自動工場はまだ稼働していましたか?」
「あ、ああ。物資不足でラインやメンテナンスは止まってたけど、まだ稼働できるみたいだった。あれなら必要な物資があればまた動き出すと思う」
「なら地上に拠点を作るのもそれほど難しい話ではありませんね。それでも二人なら何年かかるか分かりませんが、儀式で人手が増えるなら話が変わってきます」
「儀式の人たちは構わないのか?」
「ええ。シェルターから出た後は、彼らは自由です。彼らがワクチンを接種することを選んだなら、それは彼らが決めたこと。私ができるのはシェルターの中にいる間守ることだけ。それが私の限界ですから」
デルタシェルターという場所で、地上から人類が消え去ってからも数百年の間ずっと人類の灯火を守ってきたデルタ。
やることはこれからも変わらないが、それはあくまでもシェルターの中でのみ。
儀式に送り出す人もデルタにとっては保護したかった人たちなのだ。
その人たちが生きる可能性があるなら、それを否定することはしないということか。
ロボットが一体こっちに走ってくる。
手にはトレーを所持しており、その上にはワクチンの入った容器と同じものが並べられていた。
「そのワクチンと同じものを用意しました。それほど数はありませんが、ひとまずは十分でしょう。近く儀式でシェルターを出る人たちの分はあります」
「こんな短時間で……」
「ここはデルタシェルターの中心です。ここでは私が思うだけで、シェルター内の全ての設備が稼働します」
「この中でなら神のような存在というわけね」
「神と言う定義は正しくはありません。私は管理AIとして判断し、行動しているだけです。※ロボット工学三原則に基づいて」
ロボット工学三原則。
人間と共に歩む上でロボットに刻み込まれたもの。
彼らからしてみれば、人間は弱い生物なのだろう。
それでも一緒にここまで歩んでくれた。
「私ができるのはここまでです。ここから先は機械の肉体を捨てて人間になった管理AIアルファ……いえ、もう今はミナですね。そして私の子も同然なカイトさん。地上での人類の未来は貴方たちに託したいと思います。私は変わらずシェルターの安全を守り続けますが、定員を超えた人たちの受け入れ先ができるのは悲願でもありました」
デルタはそっと俺に近づくと、抱きしめてくれた。
生まれてすぐのことを思い出す。
あの時抱き上げてくれた女性はやはりデルタだったのだろう。
自然と涙が溢れてきて、目からこぼれてくる。
しばらくその温かさに身を任せた。
ワクチンを受け取る。
「これから二人を地上に送った後、いくつかの物資を地上に送ります。その代わり、儀式でシェルターから人が出た時はよろしくお願いします」
「分かった。ここで世話になった分、外で返すよ。さようなら、デルタ」
……デルタシェルターに戻ることはないと思っていたけど、それがハッキリと分かるのは辛いものだった。
デルタは家族のようなもので、そして母でもあった。
その別れが、少し辛い。
※ロボット工学三原則 アイザック・アシモフが小説内で提唱したロボットの原則
1・ロボットは人間を傷つけてはならない。
2・ロボットは人間の命令に逆らわない。但し第一条に反しない範囲でのみ。
3・ロボットは第一条、第二条に反しない限り自己を守らなければならない。




