第40話 二人の管理AI
痛いほどの静寂が場を支配していた。
白い空間はなんだか眩しくて目に悪い。
俺たちを連れてきたエレベーターはもはや跡形もなく消えてしまった。
これでは戻ることもできない。進むしかないようだ。
「あっちに道があるみたい。ここに連れてきたのはデルタ……だよね」
「他にこんなことができる存在なんていないよ。間違いなくこの奥にデルタがいるんだと思う。わざわざこんなことをしたのは、多分シェルター内に俺たちを入れたくないんだろう」
おそらく、シェルターは今定員を迎えており、俺たちを迎え入れることはできないんだ。
例外はないとデルタが毎日散々言っていた。
管理AIであるデルタがそれを破ることはない。
それに、シェルターの住人も歓迎はしてくれないだろうし。
楽園には入れる数が決まっている。
白い空間を前に進む。
景色が同じでは本当に前に進んでいるのかどうか怪しいところだが、自分の感覚を信じるしかない。
だが、やがて景色に違いが出てきた。
銀色の線のようなものが壁に見え始める。
進めば進むほどそれは増えていき、やがて一番奥の場所に集結していた。
一番奥には椅子があり、そこに誰かが座っている。
座っていたのは金色の髪をした女性だった。
目を閉じて、まるで眠っているようだ。
服装は薄いローブを身に纏っている。
ある程度まで近づくと、何も無かった空間に突然椅子が出現した。
ここに座れということか。
「どうやら、ワクチン開発は成功したみたいですね」
俺たちが椅子に座ると同時に、女性が目を開けてこっちを見る。
まるですべてを見透かすかのような翠色の目だ。
……俺を抱き抱えてくれた女性にそっくりだった。
もしかしてあれはこの女性だったのだろうか。
「デルタ……なのか?」
「ええ、そうです。そういえばこの姿で会うのは初めてですね。カイトさん。機械による身体は制約も大きく移動も難しいので、今は有機体の身体を使用しています。管理AIアルファと違って完全に人間になったわけではありませんが」
目の前にいる女性がデルタだった。
まさか見た目が人間だとは思ったこともなかったが……誰も知らなかった新しい身体がこの姿というわけか。
「シェルターではなくこっちに呼び込んだのは、今シェルターは1000人に達し儀式の人員を選択しているところだからです。カイトさんなら分かるでしょうが、シェルターの住人はその期間中はとても神経をとがらせています。無用な争いを生みかねませんでしたので」
「やっぱりそういうことか」
そうだろうなと思った。
だが、ここに連れてきてくれたということは少なくともデルタとは話ができるということだ。
向こうもそのつもりでいるはず。
「カイトさん、貴方は幼少期から極めて好奇心の強い人だった。長いシェルター生活に適応したのか、多くの人は好奇心が弱まっていたにもかかわらず。成長によって多少落ち着きはありましたが、好奇心が消えることはなかった。たまにそういう人が現れ、大抵は好奇心が抑えきれずに儀式に立候補して外に出てしまいます」
「……たしかに。もしミナと出会わずに過ごしていたらいずれ自分で外に出ていたかもしれません。ここの暮らしは快適ですが、やっぱり退屈ですから」
それがどれだけ贅沢なことかは分かっている。
だが、好奇心は決して抑えきれるものじゃなかった。
「だからこそミナ……管理AIアルファと引き合わせました。もしかしたら現状を変える一助になるかもしれないと。その結果はあったようですね」
どうやら、俺とミナを合わせたのは意図的だったようだ。
俺以外はそもそもミナの存在自体に否定的だったのだから、最適な人選だったのだろう。
そのことについては文句を言うつもりもない。
しかし言いたいことはあった。
「彼女が管理AIだってことは言って欲しかったけど。それが分かった時は心臓が止まるかと思った」
「それを知った時、カイトさんがどういう反応をするかは予測できませんでした。それに管理AIアルファから口止めもされてましたので」
「あはは。ごめんね。私も早い段階で知られると距離を置かれると思ったから。向こうについてからならバレても最悪どうにかできると思ったの。わざわざ帰ったりはしないだろうし」
「それはそうだけど。ミナさんの死体を見た後に後ろから声を掛けられた時は殺されるかと思ったんだぞ」
「あの時そんなことを思ってたんだ」
本当にホラーかと思った。
人間になりすますロボット、みたいな感じで。
ミナはバッグから四角い箱を取り出す。
箱のボタンを開けると、自動で箱が開き冷気と共にワクチンの入った容器が出現した。
「これが完成したワクチン。効果は私とカイトさんとで実証済み。ラボラトリーシェルターの機材と資材じゃ量産はできなかったから、ここに持ってきたの。ウィルス未感染ならほぼリスクもなく摂取できると思う。管理AIデルタに、管理AIアルファとして協力を要請したい」
「協力するのは構いません。今デルタシェルター内の設備の稼働率には余裕があります。一部をワクチン製造に回せば十分な数が用意できるでしょう」
「よかった。きっと貴女なら手を貸してくれると思ったの。なら早速数を用意してシェルターの人たちにも……」
「いいえ。このシェルターの人たちにワクチンは投与しません。これはシェルターを保護する管理AIとしての判断です」
デルタが立ち上がり、こっちに向かってくる。




