第36話 希望の光
夢を、見ていた。
俺が生まれた時の記憶だと思う。
両親は病弱で、父は生まれる前に。母は出産と同時に亡くなったと聞いている。
病室のような場所で、俺は誰かに気付いてほしくてずっと声をあげて泣いていた。
すると、誰かが近づいてきてそっと俺を抱き抱えてあやしてくれる。
俺は次第に泣き疲れてしまいゆっくりと微睡んでいった。
眠りに落ちる前に目を開けて俺を抱き抱えた人を見る。
薄っすらとしか記憶がない。
ただ、とてもやさしい目で俺を見ていたことだけは確かだった。
この人は一体誰だったんだろう……。
「あ、ようやく目を覚ましましたね」
目を覚ますと、ソファに寝かされていた。
ミナが近くで待機してくれていたようで、目を覚ますと同時に声をかけてくれた。
たしか……そうだ、俺はワクチンを投与されてあまりの痛みとショックで気絶したんだった。
慌てて注射された場所を見る。
注射された場所はガーゼで保護されていた。
他には特に目立った症状はない。
ウィルスの特徴である赤い筋も浮かんでいなかった。
「あれからどれぐらい経った? 実験は成功したのか?」
「カイトさんは丸々三日ほど眠ってました。結果については……これを見て下さい。カイトさんのカルテです」
色々記された紙を渡される。
……そもそも専門用語ばかりでまともに読めなかった。
「読めないんだけど」
「簡潔に言うと、成功です。眠っている間に血液検査を行いましたが、体内からウィルスの反応はありませんでした。抗ウィルス剤の投与も二日目からは行ってません。あれはキツイ薬なので摂取しないで済むならその方がいいですし」
「そうか……」
ホッとした。
ミナの実験が無駄にならず、俺が無事生還できたことに。
ワクチンの効果で身体からウィルスがいなくなったらしい。
外からは分からないものの、ミナがいうなら間違いないだろう。
「後はワクチンがウィルスの侵入も防止してくれます。退治するわけではないので、ワクチン投与のような苦痛は心配しなくてもいいですよ。いずれ体内にあるワクチンそのものが寿命を迎えますが、その頃には身体の免疫機能が十分な抗体を獲得しているはずです」
「そうなのか? てっきり効果が無くなるたびに打ち込むものだと思ってた」
「あまり繰り返してしまうとワクチンそのものが病原体と判断される可能性がありますし、やっぱり負担が大きいですから。自然に対処できるならそれが一番いいんです。それができなかったからこそ人類はここまで追い詰められてしまいましたが……」
ウィルスは毒性が強すぎた。
そして、広範囲に一気に拡大する繁殖力を持っていたため、ワクチンを生み出すまでにこれほど時間がかかってしまった。
だが、今この瞬間人類はウィルスを克服したのだ。
「それで、なんですけど」
「どうした? 何か問題があるのか?」
「カイトさんの看病をするために私はまだワクチンを投与してないので、カイトさんがやってくれませんか? 残念ながら抗ウィルス剤も底をつきそうですし」
ミナがほとんど空になったガラス瓶を振る。
そうか、二人とも身動きできなくなったら誰も看病できないもんな。
俺が動けるようになるまで待っていてくれたんだろう。
「分かった。どうすればいい?」
「簡単です。この新しい注射器でワクチンを吸い出して、空気を押し出したら私に打ち込んでください。皮下注射ですから、深く刺さなくても大丈夫です」
ミナがやっていた動作を思い出す。
身体がちょっとふらついていたが、三日間寝込んでいたにしては思ったほど体調は悪くない。
注射器を手に取り、ガラス容器の中にあるワクチンを吸い出す。
ピュッと空気を押し出し、ミナに近づいた。
ミナはタオルを口に挟み、目を閉じてじっと待っている。
奇麗な肌をまずアルコールで消毒し、そっと針を近づける。
ドキドキした。
「いくぞ」
ミナは返事をするかわりに頷いた。
針が肌に刺さる。
言われた通り、浅めで止めてワクチンをミナに注入していった。
全てを投与したら引き抜き、清潔なガーゼを張り付ける。
変化はすぐに訪れた。
苦しそうなミナが少しの間身動ぎし、やがて気絶するように眠る。
凄い汗をかいていた。
俺は一旦落ち着いたのを確認すると、水を器に入れてタオルと共に彼女の元に戻る。
それから汗を濡れたタオルでふき取り、苦しそうな彼女の額に水を絞ったタオルを乗せた。
きっと彼女もこうして看病してくれたのだろう。
生まれた時の記憶を見たのは、もしかしたらミナが看病してくれたからだろうか?
……俺を抱き抱えてくれた人は誰だったんだろう。
病院の関係者? それとも通りすがりの誰か?
分からない。顔もよく覚えていなかった。
それからはなるべく彼女の傍で看病を続けた。
水差しで水を飲ませたり、ゼリー飲料を飲ませたり。
ワクチンの影響は相当強いようだ。
体内からウィルスがなくなれば問題ないようだが、それまでが苦しい。
ミナが目を覚ましたのはそれから丸一日後だった。
「調整した身体でもやっぱり苦しいですね。カイトさん、ありがとうございました」
「ミナが先に看病してくれたからだろ。……これで、もうウィルスに怯えなくてもいいんだよな?」
「はい。スーツなしで外に行っても大丈夫ですよ。少し気分は悪くなるかもしれませんが、時間が経てばそれも無くなるはずです」
「……正直試すのは怖いな」
抗ウィルス剤は飲んでいない。
にも拘らず症状は一切ないのだからウィルスが体内にいないのは確実だろう。
だがだからといって無防備に外に出るのは恐ろしく思えた。
「少しずつ慣らしていきましょう。慣らしが終わったらデルタシェルターに届ければいいんです」
「そうだな。もう時間に怯えなくてもいいんだ」
水は元々心配ない。
電気も問題ないし、食べ物もすぐに無くなる量ではなかった。
慣らし期間と考えれば十分だろう。
デルタのところにこれを持って行ったら何と答えるだろうか?
……正直分からない。
デルタはシェルターを維持することに全てを費やしていた。
そしてこのワクチンはシェルターの意味を根底から否定するものだ。
知らせないという選択肢はない。
俺たちだけがウィルスを克服しても意味がないからだ。
今生き残っている人類全員が克服しない限り、人類再興はあり得ない。




