第34話 最初の実験
ミナとの関係はまだぎくしゃくとしたところがあるものの、引き続き作業を続けた。
実験そのものはミナが担当し、その助手として手伝いをする。
作業風景を見ても知識がないので正直どのくらい進んでいるのか分かりにくい。
一応目的には近づいてはいるらしいのだが……。
ミナの正体を知ってからしばらく経ち、いよいよ作業も大詰めを迎えていた。
ミナも俺も、ややくたびれてきている。
「明日には最初のワクチン試験ができると思うよ」
「本当か! なんとか間に合いそうだな」
「まだ完成じゃないけどね。試験の結果から色々データを取って調整しないと。でも実際に使用してデータを取れたら一気に進むと思う」
「……データをとるにはどうすればいい? 実際に注射でもするのか?」
「人体に使うのはまだ危険すぎるよ。採取したウィルスとワクチンを特殊な環境下の中に閉じ込めて効果を確認するところからかな。ウィルスをなんとかできても、人体に悪影響を及ぼすなら使えないからね」
「そういうものか」
ミナはシャーレを取り出すと、実験室の奥に移動する。
奥には仕切りがあった。
そこを区切り、即席で小さな部屋を用意する。
「人体の中を可能な限りここで再現します。それからどう反応するか二人で確認しよう」
「分かった。やってくれ」
いきなりワクチンを投与されなくてホッとしたような、まだ完成ではないと知って残念なような。
そんな感情を抱えつつ、ミナと一緒に実験の様子を見守ることにした。
中心に置かれたシャーレの中にはウィルスと製造したワクチンが同封されている。
その中身を遠隔の顕微鏡で外から見るというわけだ。
「……凄い形をしてるんだな」
ウィルスの形を初めて見た。
細長い形状で、まるで百足の足のように突起が突き出ている。
命を奪うために設計されたと言われても納得してしまいそうだ。
頭の部分は膨らんでおり、常に赤い霧のようなものを散布している。
「うん。どういうわけか世代を幾ら経ても形状がほとんど変わらないんだ。最初に出現した時と同じ形をしてるよ。人間に対する殺傷力も、ずっと維持されてる」
「致死率100%、か」
抗ウィルス剤で活動を押さえなければ、人の命を確実に奪う。
数十億いたはずの人類を、ほんのわずかな数まで追い詰めてシェルターに押し込めた原因。
対するワクチンは、丸い円の中に幾何学模様が刻まれているように見えた。
まさに人工的というべき形をしている。
規則正しく模様が移動しており、ウィルスを発見した途端近寄っていった。
そしてお互いが触れる。
ウィルスは突起物を伸ばしてワクチンを破壊しようと攻撃するが、模様が壁のように移動してそれを防御する。
それからワクチンがウィルス全体を包み込むようにして円の中に押し込めた。
ウィルスの動きは鈍くなっていくが、頭から赤い霧のようなものを勢いよく散布し始める。
やがてワクチンの中が赤い霧で満たされ、ヒビのようなものが観測された。
「あっ」
ミナの言葉が聞こえたと同時に、ワクチンが砕け散りウィルスが解放された。
最初に比べると突起が剥がれて大きさも随分と小さくなっているが、活動そのものは継続している。
これは……。
「失敗、か?」
「うーん」
ミナが右手を顎の所に移動させて考えこんでいる。
「シミュレーションでは完全に抑えきれるはずだったんだけど……。今外に漂ってるウィルスは保管してあるデータよりも攻撃性が強くなってるみたい」
「あれが身体の中にいると思うとゾッとするな」
相手を攻撃するための形というべきか。
あんなものが身体の中でいくつも暴れたら、生き残れないのも分かる気がする。
「ですねー。とりあえずワクチンをどう改良するかの方向性は分かりました。ベースは完成しているので改良そのものはそれほど時間がかからないと思います」
「そんなに色々弄れるのか?」
「もちろん。余地を作っておかないと様々な変化に対応できないので。その分開発に時間がかかってしまったけど……人類の英知は必ず勝つよ」
ミナは自信があるようだった。
俺としてはこれで何かしら成果が欲しいところだったが、ミナにそれを言っても仕方ない。
瓶の中の錠剤はもう三分の一にも満たない量になっていた。
「この抗ウィルス剤は作れないのか?」
「機材はあるんですが、必要な天然物と合成化合物が足りません。素材のままだと冷却が必要なのでデルタシェルターから運ぶのも断念しました」
「そうか……」
これがなくなったら、最悪デルタシェルターにもう一度貰いに行くか?
貰えるかどうかはともかく。
もしくは他のシェルターを漁るしかないというわけか。
「ここまできたら間に合います。私を信じる……のは難しいかもしれませんが、もう少し待ってください」
ミナは端末に何かを打ち込み始めた。
邪魔にならないように髪をゴムで束ねている。
「少し時間がかかるので休んでいても大丈夫ですよ」
「……ちょっと仮眠する。実験をするときは起こしてくれ」
「はい。お休みなさい」
椅子を繋げて簡易ベッドを作り、そこに横になる。
部屋まで戻るのは面倒だった。
最近不安のせいか夜に深く眠れない。
そのせいか、目を閉じるとあっさりと眠りについた。
「うわっ!」
……ただし、すぐに起きる羽目になった。
叫び声まであげて。
夢の中にさっき見たウィルスが出てきたのだ。
それも、俺よりもはるかに大きなサイズでこっちに向かってきていた。
触れる直前で目を覚ましたのだ。
呼吸が荒い。全く休めた気がしない。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ちょっと水を飲んでくる」
実験室を離れ、ペットボトルの水を飲む。
それから上着をめくって自分の身体を確認した。
ウィルスの症状が侵攻したら赤い線のようなものが浮かび上がると聞いたことがある。
幸い、そういう症状は見当たらずホッとした。




