第32話 黎明
慌ててミナの胸元から手を引き抜く。
温もりが失われたが、こんなことだけで絆されるわけにはいかない。
「あっ」
悲しそうな声が聞こえた。
「君のことはなんて呼べばいいんだ? アルファか?」
「いえ。今まで通りミナでいいですよ。呼びにくいでしょうし」
「そうか。さっき、目的は本当だって言ったよな」
「はい。騙すようなことになって申し訳ないですが」
「そこはもういい。というかどうしようもないじゃないか」
俺はもう楽園から出てしまった。
ここで生きていくしかないんだ。
時間を巻き戻すことはできないし、きっと何も知らないまま時間を巻き戻しても同じ決断をするだろう。
「……俺は人類を助けるって君の言葉に希望を感じてここまで来たんだ。それが本当なら、それを信じるよ。ただ、ミナのことは前と同じようには見れないかもしれない。少なくともすぐには無理だ」
それだけあの死体と日記の衝撃は大きかった。
もしかしたらああすることが精一杯の誠意だったのかもしれないが。
「お任せします。最初から選択肢はカイトさんの手元にありますから」
「そうだな……。とりあえず、ミナ博士だっけ。あの人をあのままにしておくのは忍びない。埋葬なりするべきだと思う」
「ですね。しばらく機械は冷却させる必要がありますし」
二人でスーツを着る。
これを着るのは久しぶりだ。
ミナ博士の白骨化した遺体を二人で運ぶ。
葛藤の末自ら命を絶ったという、ラボラトリーシェルターの本来の最後の一人。
彼女が残してくれたものを形にすれば、ミナと俺の一番の目的は達成できる。
シェルターの外に出ると、ちょうど太陽が出てこようとする時間だった。
こういう時の呼び方はたしか、黎明だったか。
夜がリセットされて、朝を迎えて全てが始まる時間。
俺とミナの関係にそっくりかもしれない。
嘘をつかれたことは、今でもショックだ。
でもそうしてでも俺をここに連れてきたかったのは、必要とされていたからだと思うと悪い気分じゃなかった。
その辺りの気持ちがせめぎ合って、以前と同じように接するのは難しい。
スコップで適当に穴を掘り、ミナ博士を埋めて墓を建てた。
これで少しは成仏できるといいのだが。
しばらく無言のまま共同作業をし、シェルターに戻った。
消毒の後、お互い分かれてシャワーを浴び、着替えて部屋に戻る。
改めてみても、彼女は人間そのものだった。
受け答えだって、なんというかAIっぽくはない。
「これまで通り、協力するよ。だけど、ミナの行動がおかしいと思ったら、作業は止める」
「それで構いませんよ。それに、こうして人間になっても私にはロボット三原則が深く刻み込まれています。人類のために生きろという使命にも似た何かがずっと消えることはありません」
「……まあ、一人であの距離を歩いてきたもんな。本気じゃなきゃ無理だ」
なし崩し的にではあるが、以前と同じく協力することにした。
それに、ここではそうしないと退屈で狂ってしまう。
目的がないと生きていけない。
ただ一人の仲間の正体がアルファと名乗る管理AIだったとしても。
バイオリアクターは停止してから時間が経ったことで自然冷却が進んでいた。
もう素手でも触れる位の温度だ。
怪しい部分はきちんとメンテナンスをしたのだが……。
「中はどうですかー?」
「今から確認するよ」
外側の部分を開けて、空冷部分とバッテリー部分を確認する。
中はまだ少し蒸し暑いな。
該当部分におかしなところは見当たらない。
だが、どうやら空冷ファンが起動していなかったのが分かった。
線もすべて正しく繋がっているし、電気も通っている。
「ミナ、一度起動してくれ」
「はーい」
バイオリアクターが起動しても、やはりファンは回転していなかった。
これでは熱が逃げるはずがない。
「スイッチ切って」
「はい」
うーん。原因を探らないといけない。
端末を繋いで自己診断テストを起動させて走らせてみる。
全てグリーン。問題なし。
そんなはずがあるか、と思ってよく見てみると、空冷ファンの部分がそもそも表示されていなかった。
どうやら制御部分に問題があるようだ。
空冷ファンの制御を担当している場所を辿ると、ようやく原因が見つかった。
空冷ファンと繋がる※インバーターがダメになっていた。上手く電気の流れがいかなかったのか、あるいは熱が逃げずに溶けてしまったのか。
バイオリアクターとは制御が独立しているから診断テストにも引っかからなかったのだろう。
……だがインバーターの予備なんてもってきてたか?
「どうでしたか?」
「インバーターがダメになってた。荷物を探すか、このシェルターを探して予備がないと直せない」
知識として習得していたが、こんな作業は初めてだ。
まず荷物を確認する。
色々なパーツや部品を持ってきていたが、さすがにインバーターはなかった。
もしあるとすれば、ラボラトリーシェルターの修理用に保管してある在庫か。
「ミナ、そういうのを保管してある場所は?」
「こっちです。ついてきてください」
ミナが先導するのでそれについていく。
後ろからじろじろとミナの姿を眺めた。
やっぱり普通の女の子にしか見えない。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
もしかしてアルファだのなんだのは嘘なんじゃないかと今でも思う。
ただ、デルタも認めたって言ってるんだよな。
そういえばデルタのミナに対する扱いも今思えば奇妙なものだった気がする。
他所のシェルターから来た人物に対する態度としてはやけに冷淡というか、目的が済んだらさっさと出ていってくれという感じだった。
協力は惜しまなかったが、それは同じ管理AIだったからか?
はぁ。聞けば応えてくれる相手はもういない。
全部自分で考えないといけない。
自由ってのはこんなに大変なのか。
※インバーターは直流を交流に変える装置




