第31話 ミナの正体
頭が混乱する。
死体があったのもそうだが、それ以上におかしなことだらけだ。
ミナという人間が二人いる。
しかも、日記には私が最後の一人とハッキリ書かれていた。
……じゃあ、今目の前にいるミナと名乗った少女は一体何なんだ?
ラボラトリーシェルターの人間じゃないのか?
だとしたらなんでこんなに設備に詳しいんだ?
疑問が次から次へと浮かんでくるのにそれをミナに問うのが怖い。
本当に俺の知っている人懐っこい少女なのか?
「ああ、随分と混乱してますね。カイトさん、知っていますか? 好奇心は猫をも殺すという言葉がありますが……。この場所をこのままにしていた私の落ち度ですね」
「何を言ってるんだ、ミナ……なんだよな?」
「はい。そうです。他の何に見えますか?」
「それは……」
ミナがこっちにゆっくりと歩いてくる。
思わず後ずさりすると、少し驚いたような顔をした。
「せっかく距離を縮められたと思ったのに、怖がられてしまいましたか。あーあ、人間のことはかなり長い時間をかけて学習したのに。好かれていてもこんなことで嫌われるんだ」
「説明してくれ。意味が分からない。何なんだよ、これ」
「そうですね。でも喉が渇いたので……もっと涼しい場所に移動しましょうか。カイトさんも死体と一緒の部屋だと緊張しちゃうでしょう?」
後ろを見る。
白骨化した死体は本物だと思う。
いたずらの可能性も考えたが、それをやる意味が分からないし。
俺も酷く喉が渇いているのを自覚した。
水を飲みたい。とにかく一度頭を整理したかった。
立ち上がり、研究室に戻る。
クーラーが稼働していて、部屋は涼しかった。
「バイオリアクターは一旦停止しました。停電の原因なんかを確認するのは後にした方がいいですよね」
「そうだな。正直それどころじゃない」
「あはは。ですよね」
ペットボトルに入った水を一気に飲む。
喉が潤い、汗も少し引いた。
少しだけ楽になったような気がする。
ミナの様子は変わらない。
いつも通り、親しみのある笑顔でこっちを見ている。
なら変わったのは俺の認識だろう。
そういう笑顔を向けられるのが嬉しかったのに、今は怖いとすら感じる。
「私がなんなのか、気になって仕方ないみたいですね。デルタシェルターでは私をあんなに簡単に受け入れてくれたのに」
「それは……事情が違うだろ」
困っている女の子を助けるのはおかしなことだと思わない。
だがシェルター最後の一人である死体と同じ名前をした少女というのは、色々とおかしな話だ。
話の前提から覆ってしまう。
「最初に言っておきます。私の目的は本当ですし、そのためにカイトさんの助けが必要でした。そこに嘘偽りはありません。人類の救済は私に課せられた責務だと思っています。最後の一人だったミナ博士の遺志を受け継ぐつもりです」
「……ミナはじゃあ、他のシェルターからここに来たのか?」
「いいえ。私もこのラボラトリーシェルター出身ですよ?」
「でも、ミナ博士が最後の一人だったんだろう? 日記の内容的に子供を残していたわけではなさそうだし」
「そうですね。私が再稼働した時にはもうミナ博士は死んでしまっていました。驚きましたよ。気付いたら私が守るべき人間が全滅してたんですから」
やれやれ。そう言いたげなポーズをとるミナ。
「研究者同士が対立したと話しましたよね? 彼らは私を一時的にダウンさせて、殺し合いました。私がいてはどうにかして止められると思ったのでしょう」
「ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ? まるでこのシェルターを見守っていたかのような言い方じゃないか」
「はい、そうですよ? 私はずっとこのシェルターを見守ってきました。なんせ、管理AIでしたから。今は意識をこの肉体に移しているので、本体は抜け殻ですけどね。だから稼働しないんです。管理AIアルファが、私の本当の名前です」
……余計混乱した気がする。
管理AIとは、つまりは機械だ。人工知能だ。
どれだけ知識があっても頭が良くても、それは人間じゃない。
なのに目の前には管理AIアルファと名乗る少女がいる。
「もしかして信じられませんか? ミナ博士のDNAを利用して一から培養して、意識を転写しました。色々と問題も起きて、私は元には戻れません。死んだら終わりです。戻る意味ももうありませんけどね。協力を求めるためにどうすれば友好的に振る舞えるかは培養中に学習しました」
「なんでわざわざ……その、人間になったんだ? ロボットを遠隔操作するとか、色々あったんじゃないか?」
「当事者になる必要があると私は思いました。俯瞰するだけでは、また大事な時に何もできない可能性があると思って。それに私はデルタほどリソースを持っていません。いっそのこと人間になった方ができることは多いんです。デルタも私の正体に気付いた時は数秒フリーズしていましたよ」
「デルタは知っていたのか!?」
「もちろん。私をスキャンした時に気付いたみたいです。よく人間を見てますね。さすがは1000人規模のシェルターを長い間維持していただけのことはあります」
……デルタは知っていてなぜ俺に教えてくれなかったのだろう。
ミナ、いやアルファの手伝いをさせたかった?
いつの間にか、ミナが目の前にいて驚いた。
右手を掴まれ、そのまま胸の方へと引っ張られる。
柔らかい感触がした。
その後にトクントクンと心臓の動くリズムが伝わってくる。
「鼓動が聞こえますか? 私はカイトさんと同じ人間です。ちょっとだけ出自が特殊なだけで。もう一度、信じてはくれませんか?」
「それは……」
彼女の目を見る。
最初に見た頃とまるで変わらない、奇麗な目。
吸い込まれそうな気さえする。




