第26話 失敗例
俺の我儘で寄ってもらった新シェルター予定地から離れ、いよいよラボラトリーシェルターに向かう。
しばらく二人とも黙ってしまい、ホバークラフトのエンジン音だけが聞こえた。
問題があるとすれば、予定していたルートが高低差のため使えなくなったことだろうか。
その影響で当初の予定より少し遠回りすることになった。
後は……植物の楽園になった影響だろうか、少し気温が高く水分補給のペースが早い。
道中では崩れた建物がたくさんあった。
「シェルターはどこも全滅してたんだったか」
「はい……。余っていた水を貰ったりしました」
地図が表示される。
古いデータだが、デルタが把握していたシェルターの位置を反映させるとかなりの数があった。
これが全部無人になってしまったのか……。
「きっとデルタシェルターが特別な成功をしたんだと思います。普通の人たちは何百年も地下という環境で生きてはいけない。この結果はそれを表しているのではないでしょうか」
「うーん……。たしかにストレス発散とか精神的な病気に関しては、小さい頃からかなり気を使われてた気がする。あんまり自分がシェルターにいる気がしないっていうか」
朝昼夜で照明を変えて疑似的な空を表現しようとしたり、常に清潔な空気を保ったり。
デルタはきっとどうすれば人間が長生きするのかを学習済みなんだと思う。
「それでも最初はやっぱり全滅しそうになったりはしたみたいだ」
「危機を乗り越えて、より強い管理に移行したんでしょうか……」
試しに一ヵ所だけ道中のシェルターに寄ってもらった。
全滅したシェルターというものをこの目で確認したかったというのもある。
非常用の出入り口の蓋を開け、中に侵入する。
……空気が濁っているな。
スーツの空調機能から警告が出る。
長く滞在はできないようだ。
軽く見て回るが、住人は誰もいない。
もしかしたらデルタシェルターもこうなっていたのだろうか。
「ここの管理AIはどうなったんだろう」
「端末を起動してみましょうか。電気が通っていればいいんですけど」
幸い充電されたバッテリーが残っていたので、それでこのシェルターの端末を起動する。
これで管理AIが現れるはずだが……。
<よ、よ、ようこそ>
ノイズ交じりの電子音が聞こえる。
<ここはゼータ、シェルターです。か、管理AIのゼータデデデデ>
「おい、しっかりしろ」
<人間、いない。もうどこにもいない。私が任された人間いない>
こっちからの言葉には応答せず、人間がいないとひたすら繰り返し始めた。
バグが発生したのだろうか? それとも自分のシェルターの人間が全滅したのを認識できないのか?
ミナがバッテリーを引き抜き、無理やり電源を落とした。
「眠らせてあげましょう。ここはもう終わった場所みたい」
「そうだな……。AIもああやっておかしくなるんだ。ずっと変わらない存在かと思ってた」
「データが固定化されて学習しないAIならずっと同じだけど、管理AIはそうはいかないですから。強い権限と学習機能を駆使して対応しなければいけなかった。人間でいう所のストレスがAIにもあるんです。それが限界を超えたら現実が受け入れられなくなる」
絶対の存在だったデルタしか知らなかったが、そう聞くとなんだか人間っぽいなと思った。
ここはもう役目を終えたのだ。
管理AIにも休む権利があってもいい。
このシェルターはもう終わった場所だった。
原因に関してはミナがデータを回収していたようで、移動中にそれを回覧する。
「外に出たいという人が集まって、周囲を扇動したみたいです。ゼータはなんども危険性を説明して論理的に押しとどめようとしましたが、一度民衆がパニックのようになると止めるのは逆効果ですね」
「外に出たら死ぬって一番最初に学ぶはずなんだけどな」
「もちろんそれも周知していました。ただデルタに比べてゼータは放任型というか、管理そのものは人間の自主性に任せていたようですね。そのせいでなんというか……影響力が弱かったのと陰謀論が根付いてしまったみたいで」
「あー……」
デルタシェルターにおいて陰謀論を唱えた者がその科学的根拠を証明できない場合、強い罰則がある。
根拠なく人の不安を煽るものは許さないというスタンスで、俺たち住人もそういうのは怪しいとか、ダサいとか。とにかくろくでもないという空気があった。
きっとそれもデルタの教育だったのだろう。
管理AIのスタンスの違いか。だがそれがゼータシェルターの中で致命的な暴動を許してしまった。
「抗ウィルス剤はいくつかあったみたいなんですが、住人全員分なんてあるはずもなく。しかもゼータが製造した物だから毒だと思われたみたいですね。そもそも外に致死性のウィルスがあること自体が嘘だと判断したんでしょうか。教育って大事です」
「結果的に俺たちみたいにスーツを着ることならなく外に出て全滅、と」
「あ、そうでもないみたいです。少しだけ人が残ったみたいですよ。ただ暴動で空調機能も一部破壊されたので、延命するのがやっとだったんでしょうね」
悲惨、という他ない。
管理AIもこんな現実を受け入れたくないわけだ。
しかし人間ってなんというか、こういう愚かな面があるんだな。
「他のシェルターも似たような感じなのかな」
「それは分かりませんが、なにかしら一つでも上手くいかなかっただけで、ダメになったということだと思います」
「デルタシェルターの方が奇跡ってことか」
「ですね。ラボラトリーシェルターも私だけ運よく生き残れましたし」
下手するともうこの世界にはデルタシェルターの人間しかいないのではないだろうか?
そんな思いを抱えながらラボラトリーシェルターへと向かう。




