第21話 かつての人類の英知の結晶
俺は地上の光景にただ立ち尽くしていた。
いつまでそうしていたのかは分からない。
一分だったかもしれないし、一時間は過ぎていたかもしれない。
「カイトさん、聞こえますか?」
突然スーツの中から声が聞こえてようやく俺は我に返った。
「ミナか? 一体どこから話しかけてるんだ?」
「スーツに会話機能が搭載されてるみたいです。ある程度近づくと直接会話ができますよ」
「そんな機能が……」
言われてみるとスーツを着ていると頭も密閉されているので、相手の声がろくに聞こえない。
会話にならないだろう。食事や水分補給はともかく、会話の度にマスクをとるわけにもいかないし。
「何回呼んでもカイト君が反応しないので、もしかしたらと思って試してみたんです。これで地上でも会話に支障はないですね」
「そうだな……地上を眺めてたから呼ばれるまで全く気付かなかったよ。デルタとは何を話してたんだ?」
「うーん、話してもいいんですけど……乙女同士の秘密ということで」
「デルタは乙女なのか? AIにそもそも性別ってあるんだろうか」
「細かいことはいいじゃないですか。時間は限られてます。早速出発しましょう」
ミナに誤魔化されてしまった。
まあ大切なことならちゃんと言ってくれるはず。
「それで、最初は自動工場だったか」
「はい。ここから歩いて20kmくらいのところにあります。一応デルタから周辺地図を貰いましたが、シェルター建設時のものなので地形が変わってるかもしれません」
「……本当に残ってるんだろうか?」
「行ってみないとなんとも。通信機能が失われると本当に不便ですねぇ」
まずデルタがエレベーターから搬出してくれた物資の所へ行く。
ここで必要な水や食料を取り出して自動工場へと向かうことにした。
箱を開けると、ペットボトルに入った水がある。
しかも袋で密閉されていた。
少しでもウィルスに触れる時間を減らすためだろう。
肩に吊るしたバッグに入れられるだけ入れて、地図データを確認して工場の方角を確認する。
コンパスなんて初めて使うぞ……。
「方角を間違ったら迷いますから。地上は植物が繁殖して同じような景色ですし。私もそのせいでかなり時間を無駄にしました」
「見つけた時は気絶してて、まさに疲労困憊って感じだったもんな。死んでるかと思ったよ」
「あはは……助けてくれて本当にありがとうございます」
早速移動を開始する。
植物のせいで少し歩きにくいが、通れないというほどではない。
景色は緑一色で、本当に地上から人を一掃したウィルスがあるのかと思うほどだ。
地図に従って移動する。
しかしスーツを着て20kmを歩いて移動するというのは、想像以上に過酷だった。
荷物も機材も置いてきて、できるだけ少なくしてこれだ。
絶対に車か何か、運搬するための道具がいる。
三時間ほど歩いたところで、ミナが息切れしているのが会話機能を通して分かる。
俺も正直かなりきつい。汗をかいて喉が渇いてきていた。
「休憩しよう。頑張りすぎて倒れたら元も子もない」
「はぁ、はぁ。そう、しましょう」
ミナの体力は思ったよりない。
よくこれでデルタシェルターまで来れたものだ。
腰かけられる場所を探し、そこで簡易テントを張った。
これでウィルスを完全にシャットアウトはできないが、屋外よりは少しはマシだろう。
スーツのマスクの部分に手をやり、力を入れた。
マスクを外せば、俺はウィルスに触れることになる。
……今更ビビってたまるか。
俺はマスクを外す。
新鮮な空気に触れ、汗をかいたところが涼しい。
これが地上の空気か!
地下よりもずっと美味しい気がする。
バッグから水の入ったペットボトルを取り出し、袋を破く。
デルタから貰った赤い錠剤を一錠口に含み、水で流し込んだ。
喉が渇いていたからか、信じられないほど水が美味しく感じられた。
ミナも同じように水を飲んでいる。
「……正直に言うと、マスクを脱いだ瞬間に血を吐くんじゃないかと思ってた」
「感染していない人でそういうイメージを持つ人はかなり多いらしいです。映画なんかだと分かりやすくそうなりますね」
抗ウィルス剤があるとはいえなんだか拍子抜けだ。
「症状の進行は穏やかです。抗ウィルス剤でその進行も止められますし、出血もかなり後期の話ですがそれでも確実に命を奪う。人が地上をもう一度歩くためには確実に取り除かなければいけません」
「だな。こんなスーツを着けなくても歩けるようになりたいよ」
休憩を終えて立ち上がる。
テントを片付け、仕舞う。
これで俺の身体はウィルスに汚染されたというわけだ。
それから再び歩く。
青空だった空は次第に赤く変わっていった。
これが本当の夕方か。
緑の植物さえ赤く見えるほどの赤い日の光は。まるで地上を焼き尽くす火に見えた。
いっそのこと太陽がウィルスごと焼き尽くしてくれたらいいのに。
夜になる前に、地図の座標に到着した。
他の建物は倒壊したり、跡形もなくなっていたが……自動メンテナンスを備えているという大型自動工場は植物の侵食を受けながらも健在だ。
その姿に感動すら覚える。
人がかつて地上にこんなものを残していたなんて。
デルタに面倒を見てもらっていたシェルターの人間としてはとても考えられない。
「ここの最後の方はほぼデルタシェルター建設のために稼働していたようですね。シェルター完成後は放棄されたみたいです」
「なるほど。もうすぐ夜だがどうする?」
「中に入れるなら入った方がいいと思います。野宿するにしても安全ですし」
「分かった」
入り口を探し、カードキーをかざす。
すると、電源が生きていたのか入り口のドアが植物を引きちぎりながら開いていく。




