第15話 誰かと一緒にいるということ
ヘトヘトになってしまったミナが立ち上がるのにしばらく時間が必要だった。
他人に向けて喋るのはとても消耗するらしい。
ミナも色々と背負っているんだなと改めて思った。
「もう大丈夫です。心配をおかけしました」
「俺は付き添ってるだけだから気にするな」
放送室を出て外の空気を吸う。
無味無臭のフィルターでろ過された空気はそれでも清々しい気がした。
これが本当に地上の空気なら、何か違うのだろうか?
まあ吸ったら死ぬんだが。
二人で家に戻る。
途中で食材を買うためにコンビニに寄ったら、他にも買い物をしている人がいた。
シェルターの中は限られた人しかいない。
なのでこういう時は会釈くらいはする。
向こうも会釈を返してきたが、明らかにミナの方を見ているのが分かる。
それもあまり歓迎するという感じではなかった。
ただ何かを言ってきたりはしない。
買い物を済ませて外に出る。
「なんだかジロジロと見られちゃいましたね」
「ミナのことが気になってるんだよ。あんな話をした後だし」
「ですね。あの人にとってはあんまりいい話じゃなかったのかな」
「そういう人だっているかもしれない。でも皆じゃないはずだ」
俺はミナの願いは素晴らしいと思った。
だから当然他の人もそうだと思っていたんだが、それはもしかしたら思い違いだったのだろうか?
いや、皆だって外に出たいはずだ。
いくら儀式が貴いものだったとしても、1000人という制限なんてない方がいいに決まっている。
誰もが数字を気にしなくていい世界の方が、絶対に素晴らしい。
もう時刻は夕方になりつつある。
照明の色が変わり、赤みのある照明が帰り道を照らす。
「そういえば機材もいるんだったな。どうやって運ぶんだ?」
「うーん、持って運んだりするのは人数がいても難しいし危険なので、ソリかなにかを用意してもらうつもりです。ラボラトリーシェルターまで距離はありますが、そこまで道が悪いわけではありませんでしたから」
「ソリかぁ。なるほどな」
なんにせよ十分な準備が必要だ。
せっかく出発してもたどり着けなかったというのは最悪だろう。
家に着く。
ミナは当然のように着替えた後に俺の部屋に来た。
一人でいても寂しいからと言われたら追い返す気にもなれない。
それに俺も彼女といる方が楽しい。
買ってきた食材を温める。
パスタを湯がいてソースを和えるだけだ。
そこにサラダも添えれば立派な夕食になる。
「明日は職場に顔を出そうと思うんだ。ミナの手伝いをするから休むといっても、一度説明しに行かないと」
「私もついていっていいですか?」
「ああ。俺は空調設備のメンテナンスやフィルター管理なんかをやってるんだよ。ミナを見つけたのも外気を取り入れる装置の上だったし」
「そのおかげでカイトさんに出会えたんですね。最初に会った人がカイトさんで本当によかった」
屈託のない笑顔でそう言われたら照れるしかない。
もしかしたら出会っていたのはカワハタ先輩だったかもしれないんだよな。
そう考えると、あの時先輩を返して自分が行くという選択をしたのは間違っていなかった。
ミナと出会うことを選んだ自分を褒めてやりたい。
「疲れたので今日は早く寝ます」
「そうだな。それがいい」
食事を済ませると、ミナは少し部屋でゆっくりした後に帰っていった。
途端に部屋はくすんでしまったように色褪せ、静かになってしまう。
誰かと一緒にいるだけでこんなに感じ方が違うんだな……。
ほのかにミナのシャンプーの香りが残っているのがとてもドキドキした。
次の日の朝。
目覚めはよかったのですんなり起きることができた。
少し目を覚ますのが早かったみたいで、外の照明はまだ暗いままだ。
じきに朝の照明に切り替わるだろう。
二度寝しようか悩むが、眠気は全くない。
水でも飲んで、適当に娯楽番組でも見てミナがくるのを待とうと思って立ち上がる。
すると、ベランダの方から何か聞こえてきた。
なんだろう? そう思ってベランダのガラス戸を開けて外に出る。
すると、隣のベランダでミナが歌を歌っていた。
誰かが歌っているのを生で見るのは初めてだ。
目を瞑り、空へ向かって歌う彼女の姿は荘厳な感じがした。
俺はずっと動かず彼女の歌を聞く。
やがて歌が終わった。
ふぅ、と呼吸する彼女に声をかける。
「歌を歌うんだな。初めて聞いたよ」
「えっ!? カイトさん……聞いてたんですか?」
「驚かせたなら謝るよ。起きたら外から聞こえてきてな」
「あっ……ごめんなさい。迷惑でしたよね」
「周りの部屋は誰も住んでないし、ちょっと離れたら戸を閉めてれば聞こえないよ」
「だといいんですが……。空を見ていたらつい歌いたくなってしまって」
空には偽物の月が浮いている。
ホログラムで実際には何もないのだが、見ているとたしかにちょっとセンチメンタルな気分になるかもしれない。
「もうちょっと聞かせてくれよ」
「恥ずかしいから嫌です」
「それは残念だ」
歌は聞かせてくれなかったが、しばらくベランダで色々と話した。
不思議と話題は尽きなかった。
話したいことがたくさんあったし、彼女のことは何でも知りたかった。
するといつのまにか月が消えて朝になっている。
誰かとこんなに長く話したのは初めてだ。
ミナといると初めてのことばかりだな。
カワハタ先輩が誰かと一緒になるのはいいぞと言っていたが、今なら俺もその意見に賛成する。
ミナとずっといられたらと思ってしまった。
だがそれはこのシェルターでは絶対に実現できない。
彼女は必ず外に出るし、人数の上限という壁は現実としてそこにある。




