第13話 人の温かみ
周囲の景色が都市のものから、段々と道だけになる。
次第に建物もなくなった。
「人口密集地以外にこんなスペースもあるんですね?」
「ああ。効率化のために都市機能の集約はしてるんだけど、壁が近いと精神的に圧迫されてストレスが溜まるらしくて人口に対してかなり広く作られてるんだ」
「なるほど。場所自体は1000人以上を収容できるんですね」
「場所だけはあるんだ。場所だけはな」
1000人を超えて受け入れた場合、まず食料が足りなくなる。
全員で少し飢えてもいいと考えた場合、次は浄水機能が追いつかなくなる。
地下水をくみ上げて入るものの、それだけでは賄えないので浄水に頼っている部分がある。
人が増えるほど排水も増えるので、シェルター内の清潔保持が難しい。
そこを乗り越えても、今度は空気が問題だ。
色々と計算した上で限界人数が決められている。
これを一番増やしたいのは俺たちよりむしろデルタだろう。
そのデルタができないのだ。俺たちではどうしようもない。
「こればっかりは仕方ないですねー。デルタに従わないと全滅しちゃうんですから」
「だな。デルタがAIで本当によかったよ。もしトップが人間だったら、もしかしたら生きるのと引き換えに酷いことをしていたかもしれない」
「従わなければ死ね、とかですか」
ラボラトリーシェルターでは実際に近いことがあったんだった。
地雷を踏んでしまったな。
「人間って、愚かですよね。AIは常に正解を選ぶのに、人間はたまに選択を間違えちゃう」
「そうかもしれないな……」
しばらく無言で移動した。
そして目的地に到着する。
丸くて大きな建物で、入り口は固く閉ざされている。
「ここはなんですか?」
「デルタの本体が保存されてる場所だよ」
「えっ、ここが? 部外者の私を案内してよかったんですか?」
「ダメならそもそも来れないよ」
使っているボードもデルタの支配下にある。
ここに来たのも分かっているはずだ。
「実はここにあるのはもう使われてないんだ。今のデルタはバージョンが上がってて、そっちに本体が移動してる。ちなみにその本体がどこにあるか、どんな形なのかは誰も知らない。もしもの時があったり、あるいは見学したい人のために残してあるんだそうだ」
「そういうことなんですか。それでも入っちゃダメな気がしますけど……」
<構いませんよ>
「わっ」
デルタのホログラムが表示される。
突然のことにミナは驚いていた。
<むしろ、貴女には見てもらいたかったです、ミナ>
「な、なんでですか?」
<別のシェルターの技師に会う機会は長年ありませんでした。なので感想をお願いします>
「なんだ、そういうことなら」
少しほっとしていた。
ちょっと彼女はビビりなのかもしれない。
入り口が自動で開き、中に入る。
中は少しひんやりとしていた。
定期的に清掃されているのか、中は奇麗だ。
てっきり放置されて埃っぽい場所だと思っていた。
部屋の中心には巨大な演算装置が設置されている。
周囲にはそれに繋がっているモニターや機材がたくさんあった。
ここがシェルター設立時にデルタが稼働していた、心臓とでも言うべき場所だ。
「凄い数のメモリ。学習型AIって聞いたけど、これならほとんどのことにも対応できそう」
「そういうものなのか?」
「色々とあるけど、機材だけ見ればデルタは数百人分の人が集まって考えてるようなもんだよ。長い間1000人の人間を維持して守ってきたのも分かるかな」
<当シェルターの設計者は、あえて過剰な性能を私に託しました。どのような問題にも、決してハルシネーション(※1)を起こさないように>
「ハルシネーションは厄介だよね……AIにすべてを託しているときにそれが起きたら全滅だって起こりうる。毒を薬だって飲まされたら、ね。その設計者さんはしっかりしてるよ」
俺にはよく分からない話だったが、デルタが褒められているのは分かる。
なんだかそれは俺にとっても嬉しかった。
「ここを使い続けなかったのは……やっぱり電力?」
<肯定です。水力やバイオ燃料を利用して発電していますが、食料の充実に不可欠な農場機能をフル稼働するには私の本体が消費する電力が大きすぎます。また外気導入室を稼働する際には一部停電も必要になるなど問題があったため、新しい省エネされた本体を生み出したのです>
「簡単なことじゃなかっただろうに」
<必要ならばやるだけです。AIとは、そういうものでしょう?>
「そうかもね」
全体を見回った後、外に出た。
「とても興味深くて面白かったです。ありがとうカイトさん」
「ならよかった。やっぱり頭が良いんだな。デルタと何をしゃべってるかさっぱりだったよ」
「ふふ、ちょっとだけカイトさんより詳しいですよ。それにハードに関してはさっぱりです。カイトさんの方が電気工事なんかは詳しいですよ」
「そういうもんか」
引き返して、コンビニに移動する。
喉が渇いたのでミナの分も含めて飲み物を買った。
「ありがとうございます。冷えてて美味しいです」
「普段も美味しいけど、仕事の後なんかに飲むと最高なんだ。それでミナはこれから設備を直すために人を集めるんだよな?」
「はい。ラボラトリーシェルターは遠いですけど、修理して完成した成果を試す価値はあると思うんです」
「デルタからの許可は出てるから、後はどれだけ集まるかだよなぁ。まあ心配するなよ。誰もいなかったら俺が行くから。俺は結婚してないし、親族もいないからな」
天涯孤独というやつだ。
とはいえシェルター内にはそれほど珍しくはない。
なんせ儀式の影響で年寄りもいないからな。
「本当ですか? 私は真に受けちゃいますよ」
ジュースを置いて、ミナは俺の両手を包むようにして握る。
暖かい、血の通った温かみに胸が高鳴った。
ミナの顔が、いつもよりずっと妖艶にすら見える。
「こほん。じゃあ向かうは放送室か」
咳払いをして気持ちを切り替え、次の行動に移る。
(※1)ハルシネーションとは人工知能によって生成された、虚偽または誤解を招く情報を事実かのように提示する応答のこと。




