第12話 空への憧れ
誰かと一緒に歩くなんてことは、どれくらいぶりだろう。
しかも、とても可愛い女の子が笑顔で隣にいる。
それだけで、見慣れた道も全く違うように見えた。
世界が明るくなった気すらする。
ああ、これが浮かれるってことか。
「カイトさん、まずはどこに行くんでしょうか?」
「そうだなぁ。最初に農場に行こうか。結構見ごたえがあると思う」
「いいですね。うちでは植物を育てるスペースもありませんでしたから」
ミナが考えているものとはちょっと違うかもしれないが、何度か見たことのある俺でも思わず圧倒されて感心する場所だ。
歩いて移動してもいいのだが、少し距離があるので移動用のボードを借りる。
自動で目的地まで運んでくれる便利なアイテムだ。
使い終わったら近くの充電所に勝手に移動するので手軽に使える。
ミナに使い方を教える。と言っても乗って目的地を設定するだけだ。
すると走るより少し早い速度で移動を開始した。
これの良いところはセンサーやGPSを利用して事故が起きないようになっているところかな。
スピードも急停止しても危険がない程度だし。
「わぁ、風が気持ちいいですね」
「実際は風なんて吹いてないけどな」
「もう、そんなこと言わないで下さい。ロマンがないですよ」
ボードで移動すると空気がその分移動するので、まるで風が当たっているように感じるだけだ。
もっとスピードがあればそれっぽく感じるのだろうか。
「ここがデルタシェルターの食料を支えているバイオ農場だ」
「……あの、ビルにしか見えないんですけど」
「ビルだからな。中は見学できるようになってるから入ろう」
「は、はい」
シェルターで最も巨大なビルに入る。
受付では各階層の案内があった。
「カードキーをかざすと見学用の通路に入れるようになる」
「分かりました」
二人でカードキーをかざす。
ピッという音と共に一階のドアが開いた。
「一階はバイオ芋の栽培を行ってる」
「まるでなにかの実験みたいですね」
「こういうのは植物工場っていうらしい」
土の代わりに不思議な緑色の液体の中に芋が浸かっている。
コポコポと下から空気が送られていた。
「この液体が栄養と土の役割をしてるんですか」
「ああ。そうすると栽培も早いし、病気にもならないらしい。収穫量も増えるとさ」
その設備が一面に広がっているのだ。
これが24時間ずっと稼働し続けている。
そのおかげで俺たちは飢えることはない。
「五階までは似たような感じだ。育てている植物は違うが」
「そこから上はどうなってるんですか?」
「動物や魚だな。特に魚の階層は凄いぞ」
ミナに見せたいのはこういう無骨な工場風景ではなく、もっと別のものだ。
エレベーターに乗り、植物や動物の階を飛ばして魚の階層へと移動する。
「わぁ……」
感嘆の声がミナから聞こえた。
エレベーターの開いた先は通路になっており、そこを囲うように一面ガラス張りになっている。
そしてガラスの向こうは全て海水で満たされていた。
そこを色々な魚たちが泳いでいる。
この光景を見せてやりたかった。
「これって水族館っていうやつですか? 凄い、色々な魚が泳いでる」
「ここはシェルターに入ると、もう海が見れなくなるからって理由で設営されたらしい。養殖もしているらしいが、生態系の維持が優先ということで魚をあんまり食べる機会はないな」
下のバイオ農場で食料は一応足りている。
「こんなの初めて見ました」
「気に入ったか?」
「はい。……ありがとうございます。こんな光景を見られるとは思ってませんでした」
自分の住む場所が褒められた気がしてちょっと嬉しくなった。
ビルの中に水槽を作るなんて意地を考えても大変だっただろうが、空も奪われた人類にとってここは憩いの場だ。
たまに見に来るという人も多い。
今は平日の昼間だから俺たちだけの独占だ。
ミナが満足するまで見た後は外に出る。
目をキラキラさせていたので少し時間がかかった。
「ごめんなさい、つい長居しちゃって」
「別にいいよ。はしゃいでるミナを見てたら面白かったし」
「何言ってるんですか、もう。からかわないで下さい」
ぷんぷんと怒る。
だがその姿には可愛いという感想しか思い浮かばなかった。
「次は……美術館に行こうか。前にちょっと話した場所だ」
「ここで生まれた芸術なんかを保管しているんでしたっけ?」
「ああ。外からも少し持ち込んだらしいが、このシェルター内で描かれた絵なんかを飾ってる」
ボードに乗って美術館へと移動した。
入り口にはロボットの受付がいる。
中身はデルタなんだが……。
中に入ると、立て掛けるようにして様々な絵やアートが保管されてあった。
本来はきちんと飾ったりするものらしいが、場所に限りがあるのでこうなっているらしい。
どれも個性的で、どうやって描いたのかも分からない物ばかりだ。
しかし、同時に強い情熱や感情が伝わってくる。
シェルターで生まれ育ち、外に出る時は片道切符で戻っては来れない。
だというのに、人の空への憧れからか空の絵がとても多かった。
もう一度あの青い空をみたい。例え一度も見たことがなかったとしても。
それを訴えかけてくる気すらした。
デルタが芸術を許可した理由がなんとなく分かる。
さっきの水族館もそうだったが。これを見るだけで閉塞感が和らぐ気がするのだ。
残念ながら自ら命を落とす住民はゼロにはならない。
それでも、ここは意味がある気がした。
「人は自由を求める。それはきっと本能……なんでしょうね」
「かもしれないな。ミナの実験が上手くいったら、もしかしたら皆が外に出て空を見上げる日がくるかもしれない」
「はい。絶対にそうなります」
ミナの目からは強い意志が感じられた。
他は……それほど見どころのある場所はないな。
働いている場所に邪魔しに行くわけにもいかないし。
あ、一つだけいい場所があった。
「どこに行くんですか?」
「着いてからのお楽しみ」
不思議そうにこっちを見るミナを尻目に彼女の乗っているボードに目的地を設定する。
俺のも設定すれば、後は自動で移動してくれる。




