22
いつもの森の中。木漏れ日がやわらかく差し込んでいる。ネロは草原に腰を下ろし、私はその膝の上に身を預けていた。まるで幼い頃に戻ったかのような光景。けれど、私たちの関係は、あの頃とは確かに変わっている。
「ベアトリスお嬢様」
口付けの雨が私に降ってくる。額に、目元に、頬に、ーーそして忠誠を示すよう手に。
なんて幸せな午後なのかしら、とネロの腕の中で私は思う。
「……ネロ」
名を呼べば、すぐに視線が落ちてくる。
「はい」
短い返事。けれど、その声音はどこまでも柔らかい。
「少し、やりすぎじゃなくて?」
くすりと笑えば、ネロはほんのわずかだけ眉を寄せる。
「足りません」
「まあ」
即答に、思わず目を細める。
「貴方、欲張りね」
「ええ」
迷いはない。
「貴方に関しては」
そのまま、もう一度――今度は頬に、ゆっくりと口づけが落ちる。優しく。けれど、逃がさないように。
「……本当に」
小さく息をつく。
「昔は、こんな子じゃなかったのに」
「昔からです」
「嘘ね」
「いえ」
ネロは静かに首を振る。
「抑えていただけです」
一瞬、言葉を失う。それから――
「……そう」
ふっと笑う。
「じゃあ、これが本性?」
「はい」
視線が絡む。
「貴方にだけ見せるものです」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ずるいわね」
「何がでしょう」
「そんなこと言われたら」
指先で、彼の頬に触れる。
「逃げられなくなるじゃない」
ネロは、ほんのわずかに目を細めた。
「逃がしません」
低く、確かに。けれどその声は、どこか穏やかで。
「……知ってるわ」
くすりと笑う。そのまま、少しだけ身を寄せる。鼓動が、すぐ近くで響く。
「お嬢様、愛しています」
呼ばれる。優しく。逃がさないように。
「ええ、わたくしもよ」
その一言で、十分だった。言葉にしなくても、分かっている。この距離も、この温もりも。もう、失われることはない。木漏れ日が揺れる。風が、そっと髪を撫でる。世界は静かに動き続けているけれど――この場所だけは、変わらない。
あの頃のままで。そして、あの頃よりもずっと深く。二人は、ただそこにいた。
これが私、ベアトリス・モリアーティの悔いのない人生。




