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「アイリーン姉さんっ!」

「ウィキンズ!」

 駆け寄った少年を、アイリーンは迷いなく抱きしめた。小さな体が勢いよくぶつかり、そのまま腕の中に収まる。

「無事でよかった……本当に……」

「姉さんこそ!」

 言葉が途切れる。安堵と興奮が入り混じっているのが、声だけで分かる。抱きしめ合う姉弟を――ネロは少し離れた位置から、黙って見ていた。

 視線は静かだ。

「ありがとう、ネロ。貴方がいてくれたからよ」

 労いの言葉を彼に掛ける。赤毛同盟の中に予言の少女を囲い込もうとする勢力がいたのは偶然だ。結果として私たちはウィキンズ君を手助けするに至ったのである。

「彼、我が家に忍び込んだ件も含めて中々優秀だと思わない?王宮警備の庭番にしてもいいと思うのよね」

「お嬢様、貴方は本当に…お人が良い。できればそれが知れ渡って欲しくないです」

「あら、どうして」

「お嬢様の良さを知ってるのは俺だけでいいという意味です。これ以上敵を増やしたくない。ただでさえこの国で一番厄介な相手に好かれていると言うのに」

「ふふふ。ネロ、貴方わたくしのために国を敵に回すの?」

「俺は本気なんですよ。からかわないで下さい!」

 ぐいっと手を引かれる。ネロの腕の中は暖かかった。

「俺がどれだけ嫉妬深いか、貴方は知らないんだ」

「そうなの?見てみたいわ?」

「駄目です。血が流れる」

 強まった拘束に私はまたくつくつと笑った。

「貴方の犬はね、貴方の視線が他の人間に向くだけで嫉妬で狂いそうになるんですよ」

「まぁ、光栄だわ」

「そうやって貴方は呑気に笑っていればいいんだ。ーー俺の傍で」

 そのまま、さらに引き寄せられる。逃げ場を失う距離。耳元で、囁くように。

「好きです、ベアトリスお嬢様」

 その声音に、わずかに熱が滲む。

「ネロ」

 名前を呼ぶ。少しだけ、からかうように。

「初めて名前で呼んでくれたわね」

「知っています」

 迷いなく返される。一拍。腕に力がこもる。

「もう抑えるつもりはありません」

「強気ね」

「ええ」

 視線が、真っ直ぐに落ちてくる。

「貴方が許しているからです」

 核心を突く言葉。――分かっている。私が拒まないことを。

「……それで?」

 あえて促す。

「どうするのかしら?」

 ネロは一瞬だけ息を止め――次の瞬間。顎に手がかかる。

「お嬢様、貴方にはよくよく知って頂きたいのです」

 低く。抑えた声。

「何を?」

「貴方が」

 ほんのわずか、距離が詰まる。

「誰のものかを」

 その言葉と同時に――唇が重なった。ためらいはない。確かめるようでいて、奪うような口づけ。わずかに深く、息が絡む。

 離れた時、ネロの呼吸がほんの少し乱れている。

 そのまま、今度は私から少しだけ距離を詰める。

「いいわ、ネロ」

 静かに告げる。

「貴方のものになること、許してあげる」

 一拍。視線を絡める。

「ただし」

 唇の端を上げる。そっと、彼の胸を指で押す。

「責任、取ってもらうわよ?」

 ネロは一瞬だけ黙り――すぐに、答える。

「望むところです」


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