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「全ての黒幕にモリアーティあり」
「はい?」
「という決まり文句が王家にはあってね。僕等、王族は代々闇の部分を君たちモリアーティ家に担ってもらってきた。王政なんてものは綺麗事だけじゃやっていけないからね」
私はわずかに首を傾げた。驚きというより、“意図を測る”仕草に見えるよう。
「随分と率直なお話をなさるのですね」
私はお兄様に微笑む。完璧な角度で。
「光栄に思うべきかしら。それとも、警戒すべきかしら」
「好きな方でいいよ」
お兄様は肩を竦めた。
「君ならどっちも同時にできるだろう?」
数秒、視線が交差する。探り合い――いや、確認に近い。
「今回の件、見事だった」
「恐れ入ります」
「赤毛同盟。資金の流れ、内通者、末端の切り捨て。全部が“適切なタイミング”で崩れた。偶然とは思えない」
「偶然ではございませんわ」
隠す気はない。隠す必要もない。
「必要なだけ整えただけですもの」
「ふふ、怖いなあ」
そう言いながら、お兄様の目は笑っていない。
「じゃあ聞こうか」
一歩、距離が縮まる。
「もしその“整える対象”に、王家が含まれたら?」
沈黙。一度、瞬きをする。それから――
「そのような事態が起こらないよう、日々尽力して欲しいですわ」
「なるほど」
お兄様は小さく頷いた。
「つまり“起これば整える”と?」
「ご想像にお任せいたします」
にこり、と笑う。非の打ち所のない淑女の笑み。
「やっぱりいいね、モリアーティは」
お兄様は楽しげに言う。
「信用できる」
「それは光栄ですわ」
「“どう動くかが合理的すぎて、読みやすい”」
「――あら。それは“掌の上”と仰っているのかしら?」
「まさか」
お兄様は笑った。
「だからこそ、こうして直接話してるんだよ」
言外の意味は明白だった。――対等な関係を結ぶ。という意味も含まれているのだろう。
「でしたら」
静かに、しかし確かに主導権を引き寄せる声音で。
「互いに“誤解のない関係”を築いていきたいものですわね」
「そうかい?僕は君は王妃に向いていると思うよ」
「その話、お父様にもしていらして?お兄様?父が本気にするのでやめて頂きたいわ」
「僕は本気だよ、って言ったら?」
一瞬。空気が、わずかに重くなる。冗談のようでいて、冗談ではない声音。
「……それは困りますわ」
柔らかく笑う。ネロの姿が瞼に浮かぶ。
「王妃などという大役、わたくしには荷が重すぎますもの」
「へえ?」
お兄様は興味深そうに首を傾げる。
「君が“荷が重い”なんて言葉を使うとは思わなかったな」
「使いますわよ、時と場合によっては」
さらりと返す。“できない”とは言わない。“やらない理由”だけを提示する。
「……なるほどね」
小さく、息を漏らすように笑った。
「やっぱりいい」
その声音には、明確な愉悦が混じっている。一歩、さらに距離が近づく。
「手元に置きたくなる」
低く、囁くような声。支配のような、求愛。危うい領域。
「お兄様」
静かに呼ぶ。その一言だけで、線を引く。
「そのようなお言葉は、誤解を招きますわ」
「誤解?」
「ええ」
微笑む。完璧に整えられた、社交の仮面。
「まるで――私が、誰かの“手元に収まる”ような女だと」
一瞬の静寂。それから。
「違うのかい?」
試すような問い。私は即座に答える。
「ええ、違いますわ」
迷いなく。
「私は、私の立場を――」
ほんのわずか、声音を落とす。
「自分で決めますもの」
言い切る。その瞬間、場の主導権が完全にこちらに戻る。お兄様は数秒、何も言わずに――
ふっと笑った。
「……本当に、君は面白いね」
「恐れ入ります」
含みを残した言い方。最後に。軽く、しかし確実に釘を刺すように。
「君を敵に回すのだけは、やめておくことにする」
「賢明なご判断ですわ」
私は微笑む。優雅に、淑やかに。まるで何もなかったかのように。けれどその実――互いに理解している。この関係は“協力”であって、決して“支配”ではない
「王家は王家の理を」
「モリアーティはモリアーティの理を」
二人の声が、静かに重なる。




