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「ベアトリス。今日は随分と憂鬱そうだね」とアドラーお兄様が楽しそうに微笑んだ。

「大人びたっていえばいいかな、君ももう16歳だものね」

 馬車の中。本日は見頃の薔薇園に向かう予定だ。

「君の庭師には敵わないかもしれないけれど、見事な庭園のようだよ」

「まぁ。お兄様ったら、ーー皮肉屋ね」

「そんなこと言わないで。可愛い嫉妬と思って欲しいね」

 相変わらず従兄妹の会話は冷え冷えとしている。こんな馬車内、誰だっていたくないでしょうけど、今日も今日とて、ヒロインちゃんが同乗してくれているのである。

 ヒロインちゃん——相変わらず控えめに座っているその少女は、場の空気を読んでか読まずか、静かに窓の外へ視線を向けていた。揺れる睫毛がやけに長くて、光を受けてきらきらしている。だけど、その眉根が憂いを帯びて?

(あらら?どうしたのかしら?)

 何か悩み事でもあるのだろうか。

(悩み事…、て、もう!人の心配をしてる場合じゃないわよね私ったらっ)

「ベアトリス?」

 アドラーお兄様の声に、はっと現実へ引き戻される。

「顔が赤いよ。まさか薔薇園に着く前にのぼせてしまったのかな?」

「ち、違いますわ!」

 思わず強く否定してしまい、しまったと口をつぐむ。くす、とお兄様が笑う。

「ふうん。君がそんなふうに取り乱すなんて何かあったのかな?」

「取り乱してなど——」

「しているよ」

 ぴしゃり、と遮られる。その声音は柔らかいのに、妙に核心を突いてくるから困るのだ。

「何かあったんだろう?」

「……別に、なんでもありませんわ」

「その“別に”は、大抵“ある”の意味だよ」

 にこやかに断言されて、ぐっと言葉に詰まる。——この人は、本当に嫌なところで鋭い。

 ちらりとヒロインちゃんを見ると、こちらを気にしているのかいないのか、やっぱり静かに座っているだけ。逃げ場が、ない。

「……仮に、ですけれど」

 観念して口を開く。

「仮に、誰かに……その、抱き締められたとして」

「へえ」

 お兄様の目が楽しそうに細まる。やめて、その顔。

「それがどういう意味を持つかなんて、状況によるでしょう?」

「もちろん」

「でしょう!?」

 ぱっと顔を上げる。そう、そうよ。状況次第。きっと深い意味なんてない。ネロはただ——

「ただし」

 その一言で、すべてが崩れる。

「その“誰か”が、普段そういうことをしない人物なら話は別だ」

「……っ」

「むしろ逆だね。意味がない方が不自然だ」

 にこり、と微笑む。

「それで?相手は誰だい?」

「例えばの話ですわ!」

 即答した。言えるわけがないでしょう!?ネロだなんて言ったら、この人は絶対に面白がるに決まっている。

「ふうん。まあいいさ」

 あっさり引いたように見えて、その目はまったく諦めていない。

「でも、ベアトリス」

 名前を呼ばれて、思わず視線を向ける。

「君は」

 ゆっくりと、言葉が落ちてくる。

「少し無防備すぎるね。その話を聞いた他の男が嫉妬する、なんて思わなかったのかな」

「……なんですか、それ」

「さあね」

 肩をすくめて、窓の外へ視線を戻すお兄様。それ以上は何も語らない。

(変なお兄様...。男の人ってわからないわ)

 ネロの、逃がさないように、壊さないように、確かめるように抱き締めてきた、あの腕。

(……やっぱり、意味なんて)

 ない、とは。もう、言い切れなかった。


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