12
「ベアトリス。今日は随分と憂鬱そうだね」とアドラーお兄様が楽しそうに微笑んだ。
「大人びたっていえばいいかな、君ももう16歳だものね」
馬車の中。本日は見頃の薔薇園に向かう予定だ。
「君の庭師には敵わないかもしれないけれど、見事な庭園のようだよ」
「まぁ。お兄様ったら、ーー皮肉屋ね」
「そんなこと言わないで。可愛い嫉妬と思って欲しいね」
相変わらず従兄妹の会話は冷え冷えとしている。こんな馬車内、誰だっていたくないでしょうけど、今日も今日とて、ヒロインちゃんが同乗してくれているのである。
ヒロインちゃん——相変わらず控えめに座っているその少女は、場の空気を読んでか読まずか、静かに窓の外へ視線を向けていた。揺れる睫毛がやけに長くて、光を受けてきらきらしている。だけど、その眉根が憂いを帯びて?
(あらら?どうしたのかしら?)
何か悩み事でもあるのだろうか。
(悩み事…、て、もう!人の心配をしてる場合じゃないわよね私ったらっ)
「ベアトリス?」
アドラーお兄様の声に、はっと現実へ引き戻される。
「顔が赤いよ。まさか薔薇園に着く前にのぼせてしまったのかな?」
「ち、違いますわ!」
思わず強く否定してしまい、しまったと口をつぐむ。くす、とお兄様が笑う。
「ふうん。君がそんなふうに取り乱すなんて何かあったのかな?」
「取り乱してなど——」
「しているよ」
ぴしゃり、と遮られる。その声音は柔らかいのに、妙に核心を突いてくるから困るのだ。
「何かあったんだろう?」
「……別に、なんでもありませんわ」
「その“別に”は、大抵“ある”の意味だよ」
にこやかに断言されて、ぐっと言葉に詰まる。——この人は、本当に嫌なところで鋭い。
ちらりとヒロインちゃんを見ると、こちらを気にしているのかいないのか、やっぱり静かに座っているだけ。逃げ場が、ない。
「……仮に、ですけれど」
観念して口を開く。
「仮に、誰かに……その、抱き締められたとして」
「へえ」
お兄様の目が楽しそうに細まる。やめて、その顔。
「それがどういう意味を持つかなんて、状況によるでしょう?」
「もちろん」
「でしょう!?」
ぱっと顔を上げる。そう、そうよ。状況次第。きっと深い意味なんてない。ネロはただ——
「ただし」
その一言で、すべてが崩れる。
「その“誰か”が、普段そういうことをしない人物なら話は別だ」
「……っ」
「むしろ逆だね。意味がない方が不自然だ」
にこり、と微笑む。
「それで?相手は誰だい?」
「例えばの話ですわ!」
即答した。言えるわけがないでしょう!?ネロだなんて言ったら、この人は絶対に面白がるに決まっている。
「ふうん。まあいいさ」
あっさり引いたように見えて、その目はまったく諦めていない。
「でも、ベアトリス」
名前を呼ばれて、思わず視線を向ける。
「君は」
ゆっくりと、言葉が落ちてくる。
「少し無防備すぎるね。その話を聞いた他の男が嫉妬する、なんて思わなかったのかな」
「……なんですか、それ」
「さあね」
肩をすくめて、窓の外へ視線を戻すお兄様。それ以上は何も語らない。
(変なお兄様...。男の人ってわからないわ)
ネロの、逃がさないように、壊さないように、確かめるように抱き締めてきた、あの腕。
(……やっぱり、意味なんて)
ない、とは。もう、言い切れなかった。




