27:琥珀色の影
疲れが取れないままの朝は、気怠くて目が完全に開かない。
「眠い」という文字を顔に張付けて重い体を引きづるように皇宮図書館に現れたグレイを、図書仲間のキースが大変痛ましそうな顔で迎えてくれた。
「………おつとめ、ご苦労様です」
ちょっと待て、キース。
その「おつとめ」って何を指すのかな?
周囲に散る官吏達が何故かしら頬を赤くして顔を背けてくれやがるのが大変ツライので、そういう物言いはお止めくださると幸いです。
何を勘違いしておられるのでしょうね?皆さん。
あのですね、こちとら、皇帝陛下と宰相閣下からの脇腹くすぐり攻撃を受けただけで、他にはな~んにもありませんからね。
オカン三人衆による「御寵姫」宣伝がどこまで広がっているのか知らないが、本当に不本意でございます。
あの人たちは半分以上面白がっていますからね?ここ、ポイントですよ。
国が落ち着くまで誰とも婚姻を結ぶ気がない。とか、女除けにも丁度いい。とかなんとか言って、お三人とも婚約者もいないのに、今後の婚活がどうなっても、俺はもう知ったこっちゃないぞ。
王宮どころか、国内外関わらず噂が先行し、「男好き」のレッテル貼られても、もう知りませんからね?
やれやれと思いながら、よれよれと歩き出し「巣」に向かおうとしたグレイを、キースが呼び止めた。
「グレイ。探しておられた『旧帝国外郭構想』が戻りましたよ。古代図書Z棚の5段目にあるはずです。お持ちしましょうか?」
お?予想より早かったな。
という内心を見せない様に、グレイはキースに向けてにっこりと笑った。
「ありがとう。すぐ読みたいから行ってくる」
グレイの輝く笑顔にキースが若干頬を染め、数人の官吏が顔を押さえたり胸を押さえたりしているが、グレイは意にも介さずに踵を返した。
今はそれより急がねばならない理由がある。
Z棚専用の魔灯燭台を借り、先程の足取りとは違う歩調でグレイは図書館奥地のZ棚に向かった。
Zの棚はその名の通り皇宮図書館の最深部に位置し、そのエリアは古代図書の保管保存の観念から太陽光に照らされることの無い暗闇の空間だ。
『誰も行かない図書館の中の異空間』と呼ばれるそのエリアには、今日も誰一人として人の気配は全くない。
魔灯燭台を手に深海の様な図書館の最深部につくと、グレイは自分の肩程の高さにある壁の燭台掛けに慣れた手つきで魔灯を掛けた。
魔灯の薄緑色の薄い明かりが、ぼんやりと半径1メートル程を照らす。
グレイはひとつ息を吐くと小さく呟いた。
「早かったな」
「主のご要望ですからね」
姿は見えないが低く静かな声がグレイの耳を打つ。
「俺はお前の主ではないと、何年言い続ければわかるんだ?」
「主は主です」
悪びれずに笑みさえ含んだ声が返ってくる。
やれやれととアルベルトに負けない位に肺の空気を全部吐き出す勢いの溜息を吐いて、グレイは口を開いた。
「まあいいや。お願いをしているのは俺の方だし。対価はキッチリ払うから――――――」
「それはさておき。主、昨夜は災難でしたね。ってか、喰われなくて良かった~~。俺、本当にどうしたもんかって……えっ?なんでそんなピカピカに綺麗になってなんですか?!これはヤバいでしょう!!」
姿も見せずまくし立てる声の主に、相変わらずだなあ。とグレイは薄く笑うしかない。
この薄明かりの中で相手の顔がクリアに見えるなど、本物の夜行性の獣かお前は?と尋ねたくなるのを抑える。
多分こいつは本当に見えている。
そして、それをグレイは知っている。
「――――なんだそれ?というか、いつから居たんだ、お前」
「主の剣技を久々に拝めて嬉しかったです」
「そっからか…………ほぼ全部見ていたと………」
「主の守護が俺の本懐なもので」
自分より少々高い位置にぼんやりと現れた隻眼の男の顔に、グレイは小さく溜息を吐いた。
薄緑の明かりの中でも輝く琥珀色の瞳がただ自分を見つめて、その口元が上がる。
昔々、ほんの気紛れで拾った仔犬みたいな子供が、あっ!というまに大きく成長し、気付けば―――中身は白豹でした。なんて笑うに笑えないが、これは現実である。
獲物を見つけたような捕食者の鋭い目。
ああ、このままだとヤバイな。
ここで顔を出したという事は、早々に御駄賃の請求をされそうだ。
とっとと、本題に入ろうとグレイは口火を切った。
「情勢は?」
「将軍殿の統制により制圧は完了で、あと1日2日で後処理も終わりってとこでしょうか?ただ、問題がひとつ」
「問題――――?」
嫌な予感がグレイの頭の片隅を霞める。
嫌な予想って大体当たるんだよなあ………。やだやだ。
「北夷狄の首領が、裏に主がいるって、若干気付いた。かも?」
「――――あの脳筋がか?」
「あの人――――主の気配に聡いですからね」
薄明かりの中で隻眼の男が腕を組んでうんうん唸っている。
うおう。最悪である。
北の首領とグレイとは浅からぬ腐れ縁が、ある。
こちらとしては、全ての悪縁を断ち切ったつもり100%なのだが、相手はどうしてもそれを認めてくれなくて、本当に正直に言うと、大変に、ウザい。
眉を八の字に寄せこれ以上ない位に苦々しい顔に変貌しているだろう自分に、目の前の男が吹き出した気配がする。
「その顔っ」
ぷぷっと笑う白に近い灰色の短髪に手刀を入れて、グレイは隻眼の男の名を呼んだ。
「琥珀」
涼しい顔の策略家の顔をして、グレイは前髪をかき上げた。
「北の脳筋はひとまず放置する。赤髪の侯爵の財源を洗ってくれ。武力供給は北辺境を抑えたから、きっと金を動かして次の手に出てくるはずだ。そろそろ、手足を押さえて、親玉の首を取りに行く」
赤いあんちくしょうが動きたくなる布石も罠も、もう二重三重に網をかけてある。
後は根こそぎ釣り上げるだけだ。
「絶対に表に出ない、出不精で世情に全く構わない主が動くなんて、ここで初めて見た。考えを変えた理由を聞いても?」
「俺は生粋の平和主義だからだ」
きっぱりはっきり言い切ると、琥珀が「はてな?」と首を傾げてくる。
うん。これだけだとわかんないのもわかるよ。
言っても理解してくれないだろうから、詳しくは伝えることは出来ないけれども、自分には戦争放棄を謳う国に30年間生きた前世の記憶がある。
あの世界も、戦争は完全には無くなっていなかったが、この世界程には国盗り合戦が荒れ果ててもいなかった。
「戦争なんて、百害あって一利なしだ。今、この世界の平定が出来そうなのは――――東の国かな?って。俺は、裏からできる準備だけして、あとは銀狼陛下に全部丸投げする」
あの子達ならば、きっと出来る。
先だって、唐突に、思い出したのだ。
「主が本気で立てば、すぐ出来ると思うけどな」
琥珀がぎゅうっとグレイを抱き締めてきた。
おっと不味い。
捕まってしまった。
ついに来たお駄賃タイムだ。
「もひとつ頼んだ件の報告は、琥珀?」
琥珀の胸の中にすっぽりと抱き込まれて、なんとか顔を上げて尋ねるが、彼はグレイの肩口に顔を埋めそのまま口を開く。
「クレアは元気だった。主の、心配をしてたよ」
「そっか。良かった。ありがと」
自分よりも大きな男の頭に右手を伸ばし「よしよし」と灰色の髪を撫でる。
左手は背中を抱き締めてやって、ぽんぽんと背を宥めると「もっとして」と小さい呟きが肩口から聞こえた。
撫でても撫でても撫でても―――――琥珀は離してくれない。
彼はグレイをまったく離す気はないらしい。
「ううう~~~ん。だからさ、ちゃんと対価払うからさ、琥珀」
「俺への対価は、『主のぎゅう』と『主のなでなで』だけで結構です。それ以外は対価になりません」
お~い……?
そう言いながら、首元と肩口から俺の匂い嗅ぐのは止めて欲しいぞ、琥珀。
いつもの事とは言え、こうなると昔の仔犬みたいな姿が重なる。
白豹を思わせる立派な成人になったというのに、甘えたは昔のままだ。
「「あ」」
ふたりして身じろぐ。
近寄る人の気配を感じたからだ。
「――――グレイ。見つかりましたか?」
キースだ。
なかなか巣に戻らない自分を気遣って、様子を見に来てくれたらしい。
ふと、視線を通路に向けたその瞬間に、琥珀の気配はもう消えていた。
――頼んだぞ。と内心呟いて、薄明かりの中に姿を見せたキースにグレイは振り返った。
「誰かが先に持っていかれたのか――――見つからないんだ」
「ええ?貸出には上がっていなかったと思ったのに、申し訳ない」
Zの棚に指を走らせるキースに申し訳なさそうに笑って、言葉を紡ぐ。
「返却があったら、また教えてくれるかな?」
グレイの言葉にキースが「もちろん」と笑顔を返してくれた。
2024/10/22 27話をもって、なろうさんからムーンライトさんにお引越しすることにいたしました。
やんわりBLでと思っており、しばらくは真昼の縁側のように進む予定ではありましたが、この先の展開を鑑みての決断です・・・。
今まで読んで頂いた皆様。ブックマーク頂いた皆様には、大変申し訳なく思っております。
引っ越し先でも引続き、お付き合い頂けましたら本当に嬉しいです。
↓ ↓ ↓
https://novel18.syosetu.com/n2448jr/
※なろうの方も27話までは、しばらくはこのまま公開する予定です。




