第19話 奴隷の我が儘
古着屋に着いた。
ウィルが「好きなのを選べ」と声を掛けようと振り向くと、リリィは顔を耳まで真っ赤にさせて俯いていた。
「リリィ? どうかしたのか?」
リリィは顔を上げると潤んだ瞳でウィルを見つめた。
「……いえ、何でもありません。……」
「……そうか?」
「はい……」
視線がウィルから外れない。
ウィルの方は恥ずかしさを覚えてたまらず目を逸らすが、熱い視線は動く気配がない。
「なら、好きなのを選んで来てくれ」
ウィルはそっぽを向いたまま言付ける。
「……あの」
「何だ?」
「ご主人様に選んでいただいても、よろしいでしょうか……」
「……は? 俺に、選んでほしい、と?」
「はい」
予想外の発言にウィルはリリィの目を見て真意を探った。だが、その目は先と変わらずそこに込められた熱い情しか見いだせなかった。
「……。なぜ俺に選ばせたがる」
「……せっかくなら、ご主人様に気に入っていただけるものを、身に纏いたいかな、と」
小声で、「あと、衣服を選ぶということをしたことがありませんので」とも付け加えていた。
ウィルは頭を掻いた。
「……わかった。でも、あまり期待はしないでくれよ。俺だって婦人服を選んだ経験なんて無いのだからな」
リリィは「ご主人様の初めて……」と頬をバラ色に染めて目を輝かせた。
ウィルはそんなリリィの喜色に訳の分からない顔をするが、「まぁ、いい」と彼女の服を見繕い始める。
リリィに好みを訊いたり服を当てたりして古着屋中の婦人服を漁ったウィルは、中でも最もリリィに映えるだろう三着を選び会計を済ませた。
大分日が高くなってきていた。
「わたしのわがままに付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、いい。気にするな」
「そうですか?」
「あぁ。何だかんだ言って、なかなか面白い経験をさせてもらったからな」
流石に熱に浮かされたようにねだったことに済まなそうに主人に謝意を述べたのだが、当のウィルは苦笑しつつも「楽しかった」と言ってくれる。
そのことに改めて申し訳なさを覚えると同時に、主人の優しさに胸がジワリと温かくなる。
「……えと、あの。ありがとうございます」
「気にするな。それより、その服、似合ってるぞ」
「え? あ、ありがとうございます……」
ウィルがリリィの服装を褒めると、リリィは照れて赤くなった。
リリィが今着ているのはウィルにたった今買ってもらった衣装だ。
袖無しのワンピースがリリィの胸もとをふっくら包み、またウェストの細さを顕わにしている。ワンピの色は薄水色で薄群青色の髪とのコントラストは古着ながら清潔感がある。染み一つないまっ白な肩にはベージュのカーディガンを羽織っており、露出を極力少なくしたコーデは品があって清楚だ。
とても奴隷とは思えない。どこかのご令嬢のお忍びルックと言われても納得してしまうだろう。
可愛らしい顔立ちとセンスのいい衣装が相まって、どこに出しても恥ずかしくない美少女が完成している。
ウィルは自身の手際に満足していた。
自分でもここまでリリィを着飾らせる――というほど着飾ってはいないのだが――ことで可愛く見せることができるとは驚きだった。もちろん、素材がいいからなのだが。
(やっぱり可愛いよな、リリィは。客観的に見ても)
と横目で思いながら、ウィルはもう一軒の店に少女を連れて行った。
そこでは女性用の下着を扱っていた。
「下着も替えがいるだろう。ここでもニ、三着買って来い。金は渡しておくから」
ウィルは金を渡して店の外で待っていようと思っていたのだが。
リリィは耳を真っ赤にさせながら俯いている。
「ん? どうした?」
「……あの。……ここも、その。……ご主人様が、え、選んでくださいませんか……?」
奴隷少女はそう言って最後にちらりと上目遣いでウィルを見上げた。
「……は?」
ウィルは聞き間違いだろうかと我が耳を疑った。
(今、リリィは何て言った? 俺に下着を選んでくれと言った? いやいや、そんなはずないだろう。俺は男だぞ。男に下着を選ばせる女がどこに……)
「……あの。ご主人様が、は、履かせたいもので、構いませんので……」
とリリィは消え入るような声で言っていたのだが、戸惑いに機能停止しているウィルの耳には入っていない。
「下着はよくわかりませんし……」
狼人族は元々人里離れた山や森の中に集落をつくる。そのため、服はともかく、下着でお洒落をするという習慣自体が存在しない。
また、その上この少女はお下がりばかりで「自分で自由に選ぶ」ということをしたことがないのだろう。だから古着屋でも自身で選ぼうとしなかったのだ。
ウィルはそれに気付いた。
「うーん……。わかった。だが、基本的には自分で選んでくれ。意見が欲しければ答えてやるから。それでいいな?」
「あ、はい……。わかりました」
リリィも肌に直に身に付ける下着に関しては恥ずかしいと感じるのだろう。頬を上気させて自らの主人について店内へ入った。
下着選びの最中、リリィは何度もウィルを窺うように見遣ったが、いつになく顔を赤らめて羞恥を浮かべていた。自身も同じ感情を抱きつつ、それでも自分に付き合ってくれるご主人様に愛おしさを募らせた。
どうにかこうにかリリィの下着を購入すると、お昼にするのにちょうどいい時間だった。
昼はバゲットや果物、チーズなどを買って食べることにした。
宿への帰りしな、あるものを買い、リリィに渡した。
「あの、これは?」
「常に身に付けておけ」
シルクの白手袋だった。
「……お前の白い肌に映えるだろう」
確かに、色白なリリィに白い手袋の光沢は艶を与えた。
しかし、なぜこれをリリィに買い与えたかは一目瞭然だ。
「はい! ありがとうございます。大事に使わせていただきます」
リリィは左手の甲に右手を重ねるようにして白手袋を胸に掻き抱いた。
そこにあるものを隠すように。
宿に着くと、買った食料を詰め替えて、半分ずつにしたものをリリィに渡した。
「俺はこれからしばらく出てくる」
もう半分を腕で抱え、少女に告げた。
「あ……。お昼、ご一緒できないんですね」
残念そうな声音だ。肩もわずかに落としているのが分かった。
「悪いな。日暮れまでには一度帰ってくる。それまでここにいてくれ」
「わかりました。じゃあ、掃除の続きでもしてお待ちしてますね」
そう言ってリリィはニコリと微笑んだ。
「あぁ、頼む。あと、念のために言っておくが、飯はちゃんと食べろよ。俺が返ってくるのを持ってました、とかいうのは無しだ」
言わなくてもいいと思ったが、言ってもいいかと軽い気持ちで変心して昨日までなら言わなかっただろう余計なことを付け加えた。
「はい。もちろん、そうしますよ。……ひょっとして、ご主人様。わたしがそんなことをすると本気で思っていたのですか?」
リリィも一瞬驚いたように表情を見せたが、すぐに茶目っ気で愛嬌のある顔をして嬉しそうに返した。
「いや、これまでの調子から見て、有得なくもない、と思ったからな。念のためだ」
「ご主人様がそういうことをお望みでないことはもう理解してます。ですから、そんなことはしません」
「ふっ。ならいい。じゃあ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ。ご主人様」
思いの外小気味のいいやり取りに心温められて安宿を後にした。




