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人を愛することを諦めたオジサマに、恋をした。  作者: 笛路 @書籍・コミカライズ進行中


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中編:謹慎と提案




 ――――暇だな。


 流石に王女殿下のドレスをひん剥いたとなると、注意では済まされない。

 ということで、地下牢入り。


 寒さは別にいいが、やることがない。

 ベッドに寝転んでいても暇だし、筋トレでもするか! と、牢の鉄格子を利用して懸垂をしていたら、団長が様子を見に来た。

 

「お前はジッとしていられないのか」

「二時間は寝てましたよ」

「状況が状況だったが、状況が状況だ」

「状況しか言ってませんが?」


 白銀の髪に白銀の瞳。人離れした整った顔立ち。あと、狐目。鋭く睨まれると、チビりそうになる。


「三日間、牢で過ごせ」


 それだけでいいのかと驚いたら、団長が呆れたように溜め息を吐いた。

 

「お前は本当に、逆らわないよな」

「逆らったところで……じゃないですか?」

「……まぁな」


 貴族のしがらみというものは、嫌というほど分かっている。

 団長がまだ第二王子だったころ、王城に蔓延る悪意に翻弄された。

 まだ十代後半だった団長と俺は、仲間を見捨てることしか出来ず、沢山の命を失った。

 団長と俺の婚約者も、その過程で――――。


 最愛の人を失った絶望の中で、団長は王位継承権を放棄した。そして、この凍えるような気候の辺境に閉じ籠もり、王都の政治には一切関わらないと宣言。

 それに俺もついてきた。 


「俺一人の命で補えるなら、それでいいですよ」

「馬鹿が。お前を手放すという選択は、私の中にない。覚えておけ」

「ははっ。俺、愛されてますねぇ」

「……気色悪い」


 酷い言われようだ。

 まぁ、茶化した俺が悪いんだが。

 さて、本格的に暇になったな。




 三日間、どう過ごすかねぇ。なんて考えていたんだが――――。

 二日目の朝、日課の筋トレをした後だった。

 空色の瞳を輝かせた雪の精のような少女が、パタパタと足音を鳴らしながら牢の前に現れた。


「オジサマ!」

「おいおい、誰だよ王女殿下をここに連れてきたのは……って、団長かよ」


 小走りでやって来た王女殿下の後ろから、優雅に歩いてくる狐目の団長の顔には、なんだかちょっと疲労の色が見える。


「伯父様、こんな酷い環境だとは聞いていません! 牢を開けてくださいませ!」

「ハァ。説明しただろう? 処罰を取り消すわけにはいかないんだよ?」


 団長が少し眉を下げ、王女殿下を宥めるような柔らかな声を出した。


 ――――へぇ。


 四分の一程度しか血は繋がっていないが、家族にはこうも優しい顔をするのか、この人は。

 三十年近く一緒にいるが、この顔は初めて見る気がするなぁ。


「……い……おい! ヴァリオ!」

「うぉっ。なんすか」

「なんすか、じゃない。ぼーっとしてないで同意の下でここにいると説明してくれ!」

「それだと、俺の性癖みたいに聞こえません?」

「ヴァリオ!」


 あ、やべぇ。狐目が開いた。めちゃくちゃキレてるじゃねぇか。


「王女殿下をひん剥いたから処罰は必須ですよ、お姫様」


 牢の鉄格子にしがみつき、こちらを覗き込んでいる王女殿下にそう伝える。

 それで諦めてくれるかと思ったが、王女殿下はプクリと頬を膨らませて納得がいかない様子。


 ――――何だそれ、可愛いな。


「オジサマは私を助けてくださいました。このような仕打ちは望んでおりません!」

「いいよ。休暇だと思って過ごしてっから」


 ペペッと手を払うようにして振って、話は終わりだと告げたが、王女殿下は牢の前から一向に動かない。


「あの……」

「ん? まだ何か用か?」

「オジサマはいつも裸なのですか?」

「「……」」


 いや、裸ではない。筋トレしてたからシャツを脱いでいただけで、ズボンは穿いている。

 決して全裸ではない。


 そして、団長よ。

 音もなく王女殿下の目を塞ぐのやめてくんない? まるで汚いものみたいじゃんかよ。

 こちとら、辺境伯様のために身体作りしてんすけど?


「あの、伯父様?」

「脳内から消しなさい。ああいう野蛮なものは見るものではないよ」

「おいおい酷ぇな」

「お前は服を着ろ! ヴァカリオ!」

「……………………それで呼ばないでくださいよ」


 場の空気がシンとしてしまった。

 何かと猪突猛進気味だった、若かりしころの俺をそう呼んだ人は、もういない。


「……すまなかった。つい」

「いいですよ。こういう空気、懐かしかったですし」

「あぁ、そうだな」

「おじさま?」


 ただただ未来への展望に目を輝かせ、気軽に言い合いをしていたあのころ。

 二度と戻って来ることはない、日々。


「ところで王女殿下」

「はい! なんでしょうか!?」


 少し不安そうな声を出した王女殿下に声を掛けると、一気に花開いたような声で返事された。

 団長の手で目隠しされたままだが。


「俺も団長も『おじさま』で分かりづらいんで、俺はヴァリオでいいですよ。『おじさま』って柄でもないですし」


 そう伝えると、団長がハッと乾いた笑い声を上げた。


「おっさんだろうが」

「団長、それ自分にも返ってきますからね?」

「「……」」


 無言で睨み合っていると、王女殿下の頬がまたぷくーっと膨らんだ。


「むぅ……何だかお二人でイチャイチャして狡いです!」

「してねぇよ」

「気色悪い妄想をするな」

「むぅー」


 何だその『むぅー』は……。

 まぁ、可愛いが。


 団長があと二日大人しく牢に入ってろと言いつつ、むぅむぅ言う王女殿下を引き摺って去って行った。




 ◇◇◇




 どうにかこうにかラインハルト伯父様を説き伏せて、昨日助けてくださったオジサマがいるという場所に連れて来てもらいました。


 石造りの地下牢は恐ろしいほど寒いうえに、扉のある面は全て鉄格子になっており、プライベートも何もありませんでした。

 しかも上半身裸です。


 浅黒い肌に、鍛え上げられた身体。

 お腹の筋肉はいくつかに割れていました。

 男性にはシックスパックとかいうものがあるらしいのですが、男性の裸を見たのはオジサマのものが初めてなので、皆様がそうなっているのかは分かりません。

 お父様のお腹はぽよよんとしているので、たぶん割れていないと思います。


 オジサマは助けていただいたときも裸でしたし、服を没収されたのか、趣味なのかはわかりませんが……まさかこんなにも酷い環境だとは。

 伯父様に出してあげてとお願いしても、伯父様は頑として首を縦に振ってくれません。


 伯父様とお会い出来るのは、新年を寿ぐ夜会のみ。

 体調が優れず参加できないことも多かったので、お会いしたのは五回のみ。

 それでも、とても優しい人だというのは分かっていたのです。

 夜会の間、常に私の体調を気遣ってくださっていました。

 それに、継承権を放棄することはずっと前から決まっていた周知の事実だったこともあり、何かあったときには辺境に匿おうと言ってくださっていましたから。


 まさか、その何かが起ころうとは思ってもいませんでしたが――。


「なぁ、ヴァリオ…………おい? おい! ヴァリオ!」

「うぉっ。なんすか」

「なんすか、じゃない。ぼーっとしてないで同意の下でここにいると説明してくれ!」

「それだと、俺の性癖みたいに聞こえません?」

「ヴァリオ!」


 声を荒げる伯父様を初めて見ました。


 冷徹のラインハルト。なんて呼ばれている伯父様。

 お父様にどんな無理難題を言われようとも、表情を一切変えずに受け入れて辺境に戻って行くお姿に、恋する令嬢たちも少なくありません。

 ただ、辺境があまりにも極寒の地であることと、伯父様に『責任から逃げた王族』というレッテルが貼られてしまっているせいで、表立って好意を伝えたり、話しかける人はいませんでした。

 伯父様はいつでも会場の隅に凛として立ち、人々の動きを見ながら、連れている侍従の方と表情を一切変えずに話しているだけ。


 だから、 本当に驚いてしまったのです――――。

 

「ハッ! おっさんだろうが」

「団長、それ自分にも返ってきますからね?」

「「……」」


 なんというか、オジサマと伯父様でイチャイチャ。非常に羨ましいです。

 もっと見ていたいけれど、オジサマからは早く帰ってくれという空気が出ていますし、伯父様はオジサマしか見ていません。

 しかも、オジサマがなぜ裸なのか確認したら、伯父様に見るなと目を覆われてしまいました。

 伯父様だけ狡いです。私ももっとみたかったです。

 

「むぅ……」


 ちょっと不満の声が出てしまいました。

 

「そろそろ戻るよ。ここは冷える。身体に悪い」

「はぁい」


 伯父様にズルズルと引き摺られるようにして、地下牢から連れ出されてしまいました。


「伯父様! ラインハルト伯父様っ」

「……なんだい」

「このあと、オジサマ――ヴァリオ様はどうなるのですか?」

「明後日には隊に復帰させるよ」


 よかったです。これ以上の罰だったり降格などはないようでした。

 本当は牢での三日間の謹慎も納得はできませんが。


 ――――ゴホッ。


「ごめ…………なさ、い」

「いい。ゆっくり、深呼吸しなさい」

「は……い…………っ」


 ホッとしたら、急に咳が出て止まらなくなってしまいました。

 伯父様が心配そうに顔を覗き込み、背中を撫でてくれました。


「このあと予定していたが――」


 私はもう王城にも王都にも戻りたくはありません。

 昨晩、ヨーセフとカーラと馭者を埋葬したときに、伯父様にはそう伝えました。

 伯父様は二つ返事で受け入れて下さいました。

 

 このあと、伯父様の私設騎士団に向かい、護衛を決めようと話していたのですが、咳が止まらなくなったことと、それに伴い目眩が起きてしまったので、騎士団に向かうのは止めることに。


 客間のベッドに入り、お医者様が用意してくださった薬を飲みました。

 これで少しは息が楽になるのですが、なかなか長時間は効きません。


「解毒薬の残りは?」

「あと二週間分あります。解毒というより、緩和させる程度のようです」

「…………そうか。無理させてすまなかったね」

「私が行きたいと言ったのですよ?」

「そう、だがね」


 伯父様が「さて」と話の切り替えの合図をしてから、立ち上がられました。

 仕事に戻るので、ゆっくり寝ていなさいとのこと。

 護衛はまた体調がいいときに選ぼうと言ってくださいました。


「それでしたら――――」


 私の提案に、伯父様が眉間に皺を寄せて逡巡を巡らせていました。


「だめ、ですか?」

「いや……。ただ、好奇心でアレを傷付けないでくれ」


 銀色の瞳を鋭く尖らせて、ギロリと睨まれてしまいました。

 伯父様って、もしかして――――?




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