後編:おやすみのキスを
謹慎が解けて騎士団に出勤すると、机に団長の執務室に来いというメモが置いてあった。
「なんの呼び出しです?」
「あぁ、来たか。配置換えだ。お前たちの隊をソフィア殿下の護衛にする」
「はぁ? …………俺、アンタの護衛なんすけど?」
なんの冗談かと思った。
「ソフィア殿下たっての希望だ」
「……へぇ。可愛い姪っ子にお願いされて、快諾したんですか」
思ったよりも低い声が出た。
辺境に来て十八年。
当初は荒れていたこの地も、護衛を同伴しなくても平気なほど安全になっていて、城内では守る必要がほぼない。
そもそも、団長はバカ強いしな。
王城で行われる新年を寿ぐ夜会では、護衛を同伴させることを禁止され、会場内で団長を守れない。
俺のいる意味がどんどんなくなっていることには気が付いていた。それでも、団長の側にいると決めていた。
『お願い、あの人を一人にしないで』
『ヴァカリオ、殿下の側にいなさい!』
最期に交わした約束をずっと守ろうとしていたのに――――。
だが、命令は命令だ。
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「謹んでお受けいたします」
「……あぁ。頼む」
部下たちにソフィア殿下の護衛になったと伝えると、半数以上が喜んでいた。
可愛い女の子だ! とか、お姫様だぜ! とかの色めきだった声もあったが、団長の護衛は正直暇だったという声もあった。
「団長も隊長も、俺らに守らせてくれないっすもん」
「昔の癖が抜けねぇんだよ」
「もぉ、昔昔って。老害って言われま――いでぇぇぇぇ!」
口を滑らせたバカな部下クルトには拳骨しておいた。
「俺はまだ三十六だ! 枯れてねぇ!」
「いや誰も枯れてるとは言ってないですって……多少、団長との卑猥な噂があるだけで…………」
――――は!?
「何だそれは。卑猥な噂って、何だよ」
卑猥って……卑猥と言われそうなことは、こちとら十八年誰とも…………あ、枯れてるな。いやいや、いやいやいや! たぶんそのときになれば、頑張れるはず。たぶん。
「主にドギツめの衆道っすね! 使用人たちの間でめちゃくちゃ人気っす――いでぇぇぇぇぇぇ!」
バカな部下は、床に沈めておいた。
「バカ共、ソフィア王女殿下に挨拶に行くぞ」
「「ハッ!」」
王女殿下に護衛就任の挨拶をすると、飛び跳ねて喜ばれた。
そして、血を吐いて倒れられた。
「……ごめんなさい」
ベッドに入り、しょんぼりとした声で謝られて、つい頭を撫でてしまった。
なんというか、子犬のようで。
しかし、医師は呼ばなくていいと言われても、血を吐くほどの病となると、医師は常駐させておいたほうがいいだろうに。
「王女殿下、何の病気か聞いても?」
「えへへへへ……病弱は病弱みたいなんですけど、そのほとんどは毒だったようです」
照れたように笑って伝えられたのは、胸糞悪い内容だった。
アイツらは、何をしているんだ。
前回で何も学んでいないのか。
国王は何を考えている。
「ちょっと死にかけましたけど、解毒薬もありますし、もう大丈夫ですよ! それに、オジサマとの素敵な出逢いもありましたし!」
空色の瞳をキラキラと輝かせて見つめられれば、流石に分かる。
こりゃ恋する乙女状態だ。
時々、奇特な使用人がいる。
そいつらと同じような、期待に満ち溢れた目。
若い団員や団長に惚れりゃいいものを、なんでこんな色黒顎髭おっさんを選ぶかねぇ。
――――人を愛せやしないのに。
「アンタのソレは、吊り橋効果で勘違いだ。次にそういう目を向けてくるなら、俺は降りる」
「っ! 想うだけでも…………駄目ですか?」
空色の瞳に薄い透明な膜を張り、上目遣いの鼻声で聞いてくる。
室内に控えている部下たちが、指をズバババッと動かして手信号でナニカを言っている。
『了承、許可、ゴー、了承、進め、走れ、押せ、倒せ』
全くもって意味が分からん。なんだよ、進めとか走れとか押せとか倒せとか。
人を飢えた野獣だとでも思ってるのか。
アイツら、あとで拳骨な。
「…………勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
満面の笑みでそう言われて、可愛いなと思うのは、たぶん保護対象である子どもであり、王女殿下だからだろう。
◇◇◇
オジサマの隊が私の護衛になってくださいました。
あまりにも嬉しくて、気持ちがボロボロと漏れ出ていたのですが、そこで釘を刺されてしまいました。
『アンタのソレは、吊り橋効果で勘違いだ。次にそういう目を向けてくるなら、俺は降りる』
伯父様にはヴァリオ様を好奇心で傷付けないでくれと言われました。
メイドたちいわく、伯父様とオジサマはデキているのだとか。だから、みな片思いのまま我慢しているそう。
「ヴァリオ様は、ラインハルト伯父様が好きなのですか?」
「…………」
「いたぁぁぁい」
「あ、すまん。つい」
ゴチンと拳を頭に落とされてしまいました。
オジサマのお月様のように綺麗な瞳に、困惑の色が見えます。
「ハァ。もぉ、なんでそんな噂が出るかねぇ」
「うふふふ」
「おい、何が可笑しい」
不機嫌そうな低い声のオジサマを見て、更に笑ってしまいました。
「ヴァリオ様、我が儘を言って申し訳ありませんでした」
初めて恋というものをしました。
周りのことなど何も見ず、見えず、あれが欲しい! なんて子どもの我が儘を言って、伯父様たちに多大なるご迷惑をおかけして、怒られてやっと目が覚めました。
「笑いながら言われてもな?」
「何も知らずにお二人の仲を裂いてしまったこと、反省しております」
「いや、違うからな?」
オジサマは否定されますが、伯父様はきっと――――。
「おい、ニヤニヤするな。マジで人の話を聞け! お前ら王族はマジで! 人の話を聞けよ! ちゃんと!」
「隊長ぉ、焦って否定すると余計に怪し――――ウギャァァァ!」
プークスクスと笑っている騎士の方に、オジサマが抜き身の剣を投げました。
剣って、弓矢のように飛んで、壁に刺さるものなんですね?
「隊長、剣は投擲するものじゃないですよ……壁どうするんですか」
「そうだそうだー! 危ないっすよ!」
「あ? ぶち殺すぞ?」
「さーせんしたぁぁぁぁぁ!」
隊員さんたちとオジサマの会話は面白くて、ついつい笑ってしまっては、咳をしての繰り返し。
オジサマが騒いですまないと謝罪し、室外待機をさせると言いましたが、それは断固拒否です。
「私、ずっと一人だったんです」
身体に障るからと、ずっとずっと一人きりで部屋のベッドの上で過ごしていました。
どうにか参加していた新年を寿ぐ夜会。早めに切り上げても、数日は必ずと言っていいほど寝込んでしまう始末。
数年以内には儚くなるだろうと言われていました。
でもそれは、毒のせいだった。
ここにいれば、毒を盛られることはない。毒が抜けきってしまえば、多少は健康というものを体感できるかもしれない。
でも、長年毒を盛られ続けていた私の身体がどうなるかは、誰にも分からない。
だから――――。
「もっと、人とお話したいのです。皆様のお話を聞いていたいのです」
「無理はしてないな?」
「はい」
オジサマが柔らかく微笑んで、頭を撫でてくださいました。
それだけで嬉しくて、顔が赤くなってしまいます。
「あ……すまん。勝手に触って」
オジサマが手を引こうとしているのが分かって、慌てて掴んでしまいました。
「わわっ、おっきい」
「えっろ――――グホォェ」
変な呻き声が聞こえてそちらを見ようとしましたら、オジサマに見なくていいと止められました。何があったのでしょうか?
「撫でてやるから、手を離せ」
「はいっ!」
大きくて温かな手に頭を撫でられ、ウトウト。
どうやらそのまま眠ってしまったようでした。
慌てて起き上がると、明るかったはずの窓の外は、夕暮れ色に染まりつつあります。
「やっと起きたか。飯は食えるか?」
「オジサマ! いてくださったんですか!?」
「オジサマはやめろって言ったろ」
「はい! ヴァリオ様」
それで食事は? と聞かれて、お腹ペコペコだとお伝えすると、豪快に笑いながら部下の騎士様に手配を伝えくださいました。
「飯が食えるなら大丈夫だな」
「はい。沢山食べて、元気になります」
ヴァリオ様の言うように、これは吊り橋効果というものかもしれません。不安や恐怖のドキドキを恋と勘違いしてしまう現象。
でも、逞しい腕と胸に包まれて、心から安心して身を委ねられたのです。
包まれていたコートの隙間から顔を出したとき、ヴァリオ様の精悍なお顔を見て『この人だ』と思ったのです。
初めて見たのに。他人なのに。
私はこの人のものになるのだと、本能が告げたのです。
ヨーセフとカーラに言われて逃げ出しはしたものの、ほとんど諦めていたこの命。
好きなことに使っても、許されるでしょうか?
ラインハルト伯父様の下に来て、半年。
追加の解毒薬なども用意していただいたおかげで、どうにかこうにか体調の維持は出来ています。
この半年の間に、色々とありました。
伯父様がお父様に交渉してくださり、私は王位継承の放棄をすることができたうえに、辺境伯預かりの身分となりました。
伯父様が、医師に見せたが余命幾ばくもないだろう。こちらで静かに看取って埋葬する。と宣言してくださったことで、デボラ妃の興味は削がれたようでした。
ヴァリオ様との関係は、一進一退というか……まぁ、あまり進んでいません。
伯父様からそれとなく聞いたのは、亡くなられた婚約者の方を心から愛しており、その方以外に心は動かないということでした。
伯父様もまた、同じく。
「ヴァリオ様は本当にもう誰も愛さないのでしょうか?」
「どうなんでしょうねー? 身体だけの関係を迫られても断ってるんすよねぇ」
よく口を滑らせてくれるヴァリオ様の部下、クルト様。ヴァリオ様がお休みでいないせいか、今回もツルツルと滑らせています。
他の騎士様をチラリと見ましたが止めない様子なので、続けて話を聞いてみることにしました。
「身体だけ……」
「据え膳食わぬは男の恥なのにね!」
「なるほど? 勉強になりました」
「え、ソフィアちゃん、据え膳しちゃうの? 場、整えようか!?」
「なぜそうなるのですか」
流石にそれはヴァリオ様に嫌われてしまうと思うので、しませんが……ちょっとだけ、やってみたいことはありました。
「お医者様の許可も出ましたし、お酒を飲んでみたいのですが……ヴァリオ様にお願いしたらお付き合いしてくださるでしょうか?」
「隊長、めっちゃ酒好きだから、付き合ってくれると思うよー。それに、酔った勢いでワンチャンあるかもよ?」
――――ワンチャン。
クルト様の応援と何やら勤務の裏工作もあり、ヴァリオ様のお休みの前日に、お部屋で『飲み会』というものをすることになりました。
「「かんぱーい」」
隊の皆さんと一緒に乾杯をして、お酒とジュースを割ったカクテルというものを飲みました。
「甘くて美味しいです!」
「ん、良かった」
ヴァリオ様が柔らかく微笑み、頭を撫でてくださいます。
この半年、あまり変わりはありませんが、よく撫でてくれるようにはなりました。
それは子ども扱いのようなものだとは思うのですが、隊の皆さんは大きな変化だと言ってくださいます。
一時間ほど皆さんと『飲めや歌えやの大騒ぎ』を体験して、沢山笑って過ごしました。
「隊長! 大騒ぎは楽しんだんで、次は『しっぽり飲み』っす! ソフィアちゃんをお願いしますよ!」
「ちゃん、言うな。様だろが」
「ソフィアちゃんが、ソフィアちゃんでいいって言ったんすー! おやすみなさーい!」
ヴァリオ様が立ち上がった瞬間、クルト様が走って逃げて行きました。
隊の皆さんもそれに続いて、笑いながら退室していき、いつの間にかヴァリオ様と二人きりに。
「度を越していたらちゃんと注意しろよ?」
「うふふふ。凄く楽しいですし、気にしてませんよ」
「ったく……ん? どうした? 顔が赤いな。酔ったか?」
頬杖を突いて仕方なさそうに笑うヴァリオ様のお顔にポーッと見惚れていましたら、ヴァリオ様がズイッと近付いてきました。
ゆるりと頬を撫でられた瞬間、全身が沸騰したかのように熱くなって、椅子から転げ落ちてしまいました。
「ひゅわっ!?」
「すまん。触れるべきじゃなかったな」
「っ! 嫌です! もっと触ってください!」
「……アンタさ。意味分かって言ってるか?」
床に尻もちをついた状態で、真顔で立ち上がったヴァリオ様を見上げていると、背中やお腹がゾワリと粟立ちました。
私の横にゆっくりとしゃがんだヴァリオ様。
クルト様が、酔った勢いでワンチャンあるかもよ、なんて言っていたせいで、心臓が飛び出しそうなくらいにドキドキと期待してしまいました。
「よっ……」
横抱きにされ、ベッドに運ばれ、水を渡されました。
ワンチャン、ありませんでした。
「……っ」
「……なんで、そこで泣くんだよ」
「ごめ、しゃい……きらわないで……」
「っ、ハァァァァァ」
大きな溜め息にビクリと身体が震えてしまいました。
「嫌わねぇよ。これはアンタも俺も酔ってるから言うだけで、明日には忘れててくれ」
「……はい」
「俺はもう誰かを心から愛することはないが、アンタのことは可愛いと思ってるよ。可愛い、それだけだ。期待されるのが苦しいくて、自分を守るために酷い言葉をアンタに投げつけた。すまなかった」
「ヴァリオさま……」
「ちゃんと水飲んでから寝ろよ、酔っ払い」
またゆるりと頬を撫でられて、もっと……と思ってしまいました。
「よってましぇん。キシュしてくれたら、わすりぇます」
「しっかり酔ってんじゃねぇか……」
ヴァリオ様の手に自身の手を重ね、瞼を閉じました。
額に、おやすみのキスをくださいとお願いしたつもりで。
顎を持ち上げられた次の瞬間、ふにゅりと唇に何かが触れました。
息苦しく思い瞼を押し上げると、そこにあったのは、朧月のようなヴァリオ様の瞳。
――――近っ!?
「…………忘れろよ」
お腹の奥底に響くような低い声。
鼻から抜けていくお酒の香りと、ヴァリオ様のミントのような香水の香り。
ボスンとベッドに倒れ込んで、はくはくと必死で息をしていたら、ヴァリオ様が額にキスをして部屋から出て行きました。
――――キス、しちゃった。
翌朝、当然ながら忘れるなんてできなくて。
そもそも眠れもしなくて。
知恵熱なのか何なのか。
とにかく謎の高熱を出して二日間寝込んだせいで、伯父様から飲酒禁止令が言い渡されてしまいました。
―― fin ――
はいっ、ということで完結ぅ!
……ヴァリオ、据え膳しちゃったよ←
危うくフライ・トゥ・ザ・ムーンするとこだったよ。
よく我慢した! いや、飛べよ!
まぁ、どっちでもいいが、他のやつも書けよ←
などなどの感想、評価やブクマ等いただけますと、喜びまくって小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ ワッヒョォイ♪




