09
リアム様が今まで以上に特別になり、私の心の中に蠢くものを手懐けなければと思った。
そうしないと彼を守れないから。
守るために強くなる、傷つけないαになると。
でも私は平民だから、貴族間のいざこざはよくわからない。リアム様に教えてもらった各家のバランスは頭に入っているけれど、それだけでは足りない。
私には力がないけれど、αとしてのブランドはある。
それをどう生かすか?と考えた時に、とにかく周りの貴族と仲良くなることが思い浮かんだ。
リアム様曰く、私を取り込もうとみんな仲良くしているだけだよとは言っていたけれど、そうじゃない人も確実にいたから。
そういう人たちとまずは仲良くなって実家の宣伝もしてみると、父のセンスが良かったのか、品揃えに満足してもらえることが多かった。
そうして、少しずつではあるけれど人脈を広げていった。そこでふと気が付いたのだ、平民の中の方がリアム様は息がしやすいのではないだろうか、と。
もちろん、平民になるということが貴族にとって屈辱的なことだとは分かっている。
でも、今の貴族社会の中で「αを産むためのΩ」として値踏みされるよりも、貴族の籍を捨てた一人の男として生きる方が、彼にとってずっと救いになるのではないだろうか、と
だって平民は自由だ。
私みたいにしがらみにとらわれず、色々な人と仲良くできる。
Ωがどうのとかαがどうのっていうのは、本当に稀にしか気にされない。それこそ貴族の目に留まった時だけだから。
Ωとしての役割からリアム様をおろせる。
リアム様がリアム様として生きていくには、これしかないだろうと。
だから実家に特別な人ができ、その人が貴族でΩであると手紙で告げた。
きっと協力してもらう部分が出てくるし、もし何かあった時にとても心配させてしまうから。
反対されるだろうか……と返事が来るまでの数日は不安だったのに、両親からの返事は「好きにしなさい」だった。
「好きにしていいの……?」
手紙だけでは埒が明かないので外泊許可を取って、実家に帰って真意を聞きに行ったら、「ハンナが選んだ人ならば、反対はしない。ただ、貴族の方と特別親しくなるということには覚悟を持ちなさい」とだけだった。
「どうして?どうしてそんなに信用してくれるの?」
「帰ってきたお前を見ればわかるさ。いい恋をしていることぐらい。本当は可愛く育ってほしかったが、その凛々しさを見ればαとしての自分もコントロールできているのだろう」
「……まだ不安が残るけど」
「自覚しているならいい。万能感をもたず、常に己を律することができるまでに成長したのなら、嬉しいことはない」
「でも……」
「私たちが強引に抑えつけてしまったことに後悔はあったんだ。申し訳なかったね」
「私を守るためでしょう?」
「それでもだ。苦しい思いをさせたな、ハンナ」
「ううん、そのおかげでリアム様に出会えたから」
もし私がαの本能のままに振舞う人間になっていたらきっとリアム様には出会えなかった。
苦痛は苦痛だったけれど、今の幸せで帳消しになるどころかおつりがくる。
「……お前は守る人を決めたんだな?」
「決めたよ」
「なら、反対する理由はどこにもない。貴族の方と特別親しくなるという部分は心配するがね」
そう優しく笑った両親にお礼を言って、リアム様にネックガードをプレゼントしたいのだと相談した。
できれば貴族の方がつけても恥ずかしくない品質で、かつ軽量で丈夫なものが欲しいと言ったら貴族のお得様ができたお駄賃だと言って、すばらしくいいものを探してきてくれた。
◆
今日もリアム様の首を守るネックガードを見てなんだか幸せな気分になる。
私は今日もリアム様を守れている、その事実が私を私として奮い立たせてくれるから。
リアム様から貰ったチョーカーだって、いつも彼が見守ってくれているようで頑張らなきゃと思うから。
「ねぇ、ハンナ」
「はい?」
「いつ、番にしてくれるの?」
その奮い立った気持ちを急にしぼませるのはリアム様からの「番のおねだり」だ。
図書室でいつもの通り隣に座って、ノートにペンを走らせていたと思ったら唐突に意識させてくる。
「番にならないっていうのはダメですか?」
「ダメ。僕はハンナの番になりたい。いいのかい?僕は他のαに噛まれても」
「それはダメです!」
「だろう?これは時間稼ぎ用なんだから」
リアム様がなんだか愛おしそうに指先で撫でているネックガードは、確かに時間稼ぎにしかならない。
αが本気で理性を飛ばしたら、絶対に番になるまでΩを離せないから。
でも、私もまだ覚悟が決まっていなかった。
「ごめんなさい、まだ考えさせてください」
「あんまり待てないからね」
「ありがとうございます、リアム様」
番になりたい気持ちはある。ただ、それはどうしてもリアム様を『本能に支配されるΩ』として扱うことになってしまう。
それは、きっとリアム様の本意ではないはずだ、と思うから。
リアム様が嫌いなΩではなく、男性として一番いい解決策が見つからなくて私はいまいち踏み切れなかった。
ただ、リアム様はそういう私も見抜いているから、待てないと言いながらも待ってくれると私は信じていた。
これは私たちが自分の本能にどう向き合うか、の問題だ。
勢いで決めていいことではないし、なによりお互いが納得しないとダメなことだから。
それに、平民である私の家へリアム様を招くにあたって家のほうでも準備が必要だ。
リアム様が安心して私の元に来てくれるように、リアム様のご家族が安心してリアム様を預けてくれるように。
「私、頑張ります、リアム様」
「?君はいつも頑張ってると思うけど?」
「それ以上にです!」
αとして、商家の娘として、リアム様を幸せにする。
できれば卒業までには準備を整えて、すぐにでもうちにお迎えしたい。
「リアム様、ちょっと強引な私は嫌いですか?」
「どんな君でも好きだけど……。急に珍しいね、どうしたんだい?」
「内緒です」
リアム様は強引でもいいと言ったし、リアム様が私を嫌いになる可能性は傷つけること以外になさそうなので、ただただ未来を信じて突っ走ればいい。
頑張りますね、リアム様!




