08_sideリアム
ある日の放課後、ハンナが珍しく席から動かなかった。
僕をちらっと見ては、視線を外し、またちらっと見ては視線を外すを繰り返す。
何を考えているんだろうなぁと思いながら、彼女から話しかけてくるのを待つ。
あの裏庭の日以来、僕たちは言葉にして約束したわけではなかったけれど、特別な関係になっていた。
そんなハンナが僕の予想外のことをすることはいつものことで、それが少し楽しみになっている自分もいた。
さて、今日はどんなことをしてくれるのかなと呑気に構えながら、僕が好きだと訴えるような香ってくる彼女のフェロモンを楽しんでいた。
そうしてようやく決意を固めたのか、ハンナは僕の前に立った。
「本当に、本当に、心の底から嫌ですし、申し訳ないと思っているんです……」
「うん、それで?」
「でも守ると決めたので、実家を頼って入手した、こちらをプレゼントさせていただきたく……」
ハンナから差し出されたのは、Ωの首筋を守るネックガードだった。
僕がこの類のものを付けていないのを知っているし、そもそもΩとしてアピールすることになるそれを好んでつけないこともよく知っているハンナは、怒られるのを覚悟でこれを僕に差し出したのだろうなぁと簡単に想像できた。
怯えているハンナも可愛いなと思いながら、わざとちょっと不機嫌な態度をとって見せる。
「へぇ、僕の気持ちを知っていてネックガードをねぇ……」
「ダメ、ですか…?」
「はっきり言って気に入らない」
「で、でも、これはリアム様を守るためのものなんです!」
「君のフェロモンべったりつけてくれれば事足りるだろう?」
「な、ダメです!それは!!」
「なぜ?Ωを守るαはそれが常識だろう?まぁ、一気に番契約でも僕は全然かまわないけど。あぁ、それがいいか。もうすぐ発情期が来るし、その時に君と番になれば僕はΩのフェロモンで他のαに襲われる心配がないし。うん、それがいい!そうしようよ、ハンナ」
できないことだと分かっていてそう言うと、ハンナは珍しく覚悟を決めたような表情で僕を見つめる。
なんだ、つまらないと思いつつも、αとしての自覚が頼もしくもあるなぁと、どこか感慨深い気持ちになる。
αとしての本能を怖がりつつも、その本能を僕を守るために全部使っているので正直気分がいいし。
無意識に向けられる、好きのフェロモンもたまらなくて、ヒートが若干不安定になるぐらいには僕のΩが刺激されている。
「私はαとしてまだリアム様を守る領域に至っていません、だから不完全な私のフェロモンでは守れないんです。でも、リアム様が誰かに傷つけられるのは嫌なんです、私のわがままだってわかってるんです。あなたを守りたいだけなんです……」
最初の勢いはよかったのに、僕の心を傷つけるかもと泣きそうになっているのが、まだまだ可愛いところだと思う。
ちょいちょいと頭を下げるようにジェスチャーして、下がったハンナの頭を撫で「つけて」と告げる。
「いいんですか……?」
「いいよ。君が悲しい思いをするのは本意じゃないし、君が喜ぶならプライドは捨てるって決めてるから」
「いや、そこまで覚悟を決めていただかなくても……」
「言い方を変えようか。僕の可愛いハンナが選んでくれたネックガードなら喜んでつけるよ」
「……なんだか、嬉しいけど嬉しくないです」
「ほら、いいからつけてよ」
「失礼します」
僕の後ろに回ったハンナは、恐る恐るといった様子で、ネックガードを付ける。そんなハンナに耳元で「どうですか?」と甘く囁かれて、ぞくりと背筋が震えた。
無意識にこういう甘い声を出すんだからたまったものじゃない。
ハンナがαの性を抑え込んでいるように、僕だってΩとしてハンナにぐちゃぐちゃにされたいっていう欲求を持っている事を分かってないんだから……。
「随分と軽いね。サイズもぴったりだ」
「よかったです!父に特別な人に贈りたいので軽くて丈夫で、それでいてデザインがいいものを取り寄せてもらったんです!品質もいいので、リアム様の高貴な雰囲気にぴったりですね!」
「君にとったら高価なものだったんじゃないのかい?」
特別な人、しかもそれがΩであることを家族に公言したのかと驚いたが、そこには触れずに貴族であるこの僕でもいいものだと思うネックガードを用意するのは大変だったんじゃないかと思う。
たとえ実家が商家といえども価格もそうだが、ツテもそれなりに必要だ。
「最近、頑張って人脈を実家につなげているのでお小遣い代わりに買ってもらいました」
「あぁ、なるほどね……」
僕と付き合う前よりも、βの貴族と懇意にしているし、なんなら別のクラスの人間とも仲良くなっている。
かなり気に食わないが、元から素朴で素直な人間であることに加え、αのフェロモンが前よりも強まっているせいか、独特のオーラを放っているようで人は集まってくるのだ。
実家の商家は珍しいものが手に入ると最近話題になっていることも相まって、流行に敏感な貴族であればお近づきになりたいとは思うだろう。
「リアム様、私のわがままを聞いてくださってありがとうございます」
僕の正面に回ってそういった可愛いハンナにキスを一つして、さて、僕はどんなわがままを聞いてもらおうか?と思案する。
そうしてその夜、自室でいいことを思いついて、早速実家に手紙を出した。
◆
あれから数日経ち、ハンナが僕へネックガードを贈った時と同じように二人で放課後の教室に残っていた。
というか、今度は僕が動かないことでハンナがソワソワしている姿を見たかっただけだけれど。目的があったので、ハンナも怒ることはないだろう。
僕がすっと差し出した箱をハンナは首を傾げて受け取って、開けた瞬間、目を見開いて僕を見た。
「え、あ、あの、これ……」
「可愛いだろう?僕の瞳の色と同じ色の宝石で作らせた特注品なんだ」
「宝石……特注……」
「最近、君の周りで羽虫がうるさいから、君は誰のものかってわからせようと思って」
ハンナへ渡したのは、雫型のチャームがついたチョーカーだった。
僕の瞳の色に合わせた大粒の宝石が存在感を主張していて、一発で彼女が誰のものかが分かるものだ。
僕のフェロモンを付けていても、鼻が利かないβばかりなので見た目でわかるものが欲しくて、ハンナにネックガードを貰ってすぐに注文したものだ。
「こんな高いものいただけません!」
「僕のわがままだってわかってるよ。でも、有象無象から君を守りたいんだ」
ハンナが僕にネックガードを贈った時のセリフを言うと、観念したのか抵抗がなくなった。
「あー……」
「バカだねぇ、ハンナ。確かに君のためにプライドを捨てられるし、君の可愛い我がままを叶えてあげる男だけど、等価交換は必要だよね?」
「……ありがたく頂戴いたします」
「うん、いい子。ほら、後ろ向いて」
晒されたうなじにキスをすると「ひぇっ」と悲鳴があがって、思わず笑ってしまう。
「リアム様!?」
「ごめんごめん。ちょっといたずらしたくなって。うん、ほら、できたよ」
「おぉ、存在感……」
「僕のネックガードよりはマシでしょ」
ハンナの肩を掴んで、こちらを向くように促せば恥ずかしそうにチョーカーに触れている。
「おそろいだね、僕たち」
「そう、ですね……」
彼女のチョーカーに触れ、撫でる。
ハンナの純粋な気持ちから贈られたネックガードよりも、醜く汚い僕の独占欲の塊。
Ωである僕にそれをつけられるなんてαとしてどんな気持ちだろうか?と想像したけれどハンナは全く気にしていないと思う。
いつもの彼女の香りに混ざる、恥ずかしさと嬉しさが混ざりあった僕に向ける愛おしさを嗅ぎ取って、その予想が外れていなくて安堵する。
さすがにこればかりはαの本能としてΩに支配される事を嫌がるかもしれないと思っていたので、等価交換でねじ伏せるには博打だった。
「ファッションだとしても、同じ場所に似たものを付けられるのは嬉しい」
「リアム様……」
「番になりたいって言ったのは冗談じゃないよ。でも、決断としては重いものだから急がない。αの暴力性が一番出る部分だからね」
「……はい」
「君の覚悟が決まったら教えて。さすがにこれは無理強いできないから。でもあまり待てないのも忘れないで」
ハンナを抱きしめて、好きだよと囁く。小さく私もですと返事があって、こういうところは変わらないなと思う。
αとしての自覚、Ωである僕を守るという意思があるのに、やっぱりまだαの加害性を恐れている。
こればかりはハンナが覚悟を決めるのを待つしかない。
僕は僕の幸せの為だけじゃなく、ハンナと一緒に幸せになりたいのだから。
いずれ、その時が来たら嬉しいけれど、当分はお預けだろうなと予感はしていた。
まぁ、そう長く待つつもりもないけれど。
覚悟が決まらないなら決めさせるまでだしね。




