07
リアム様が突発的なヒートになってから1週間、私は復帰したリアム様とどう接すればいいかわからなくなっていた。
なのに……。
「ん、いい匂い……」
「リアム様、お願いですから離れてください!!」
図書室での勉強会も終わりにしたいと言ったのに、「君が守ってくれないと不安だな」と返され、なし崩し的に続けることになった。
今まで正面に座っていたリアム様が、私の隣に座って教科書を覗き込んでくるたびに、コントロールできない衝動に襲われそうになる
「……なんで、こんな」
「僕にとって君はいい匂いだから、近くにいると安心する」
「今までそんなことなかったのに!」
「口に出さなかっただけで、今までも思ってたよ。君は他のαとは違うから」
「私は、αなんかじゃない……っ!!!」
思わず出てしまった大きな声に周囲で勉強していた生徒がこちらを向くので、立ち上がってすみませんと謝って、さっさと勉強道具を片付けて図書室から出た。
当然という顔をしてリアム様がついてくるので、どうしようかと考えあぐね、人気のない裏庭へと移動する。
裏庭に咲いている花でも見て落ち着こうとベンチに座ると、当たり前のようにリアム様は私の隣に座るので、ちょっと距離を開けようと動くと、開けた距離以上の距離を詰めてくるので、距離を取るのは諦めた。
「頑なだなぁ、そこが可愛いところでもあるんだけど……」
「かわっ!?」
「うん、可愛い。別に、君がαだからって篭絡しようと思ってるわけじゃないよ?君だからいいんだよ、ハンナ」
「な、な、な……!!」
「あはは!真っ赤。うん、いいね。気分がいい。君が僕の言葉一つで真っ赤になるのは特別な感じがすごくする」
伸ばされた手を振り払うこともできたけど、傷つけてはいけないと動けなかった。
そんな私をリアム様は面白そうに見ているので、思わず睨みつけてしまう。
「Ωにされるがままになる気分は?」
「リアム様はΩですけど、リアム様はリアム様だと思います」
「うん、そうだよ。僕は僕の意思で君に触れて、君が可愛いと思ってる」
「……怖くないんですか」
「どうして?僕が傷つけたことはあるけど、僕は君に傷つけられた事はないよ」
痛くしてごめんねと、腕を撫でられる。
あの時の様々な感情が押し寄せてきて、思わずリアム様を押し退けた。
「私は、αなんです。あなたの隣にはいられない」
「どうして?」
「あの時、私はどうすることもできなかった。あまつさえ、あなたを自分のモノにしたいと思ってしまった。そんなの間違ってる」
離れなきゃという気持ちとともに、守らなきゃという気持ちもやってきて、感情の処理が追いつかない。
半ばパニックになっている私に、リアム様は追い打ちをかける。
「君の物にしてよ」
「なっ!?」
「僕はか弱いΩで、強い君に守ってもらわないと生きていけない生き物だよ?」
「そんなことあるわけない!!」
あっと、思って両手で口をふさぐ。
だってリアム様はΩという自分を嫌悪していて、αも好きじゃない。
ご家族のことがあるからαを全般的に嫌悪しているというよりかは、自分を狙うαが嫌いだ。
そんなαに守ってもらうぐらいなら自分でどうにかするっていう人なのに。
私を誘う計算でやっていたとしても、それは許せない一言だった。
「ごめん、僕が悪かったね。泣かないで、ハンナ」
「だって、だって……」
怒りと悔しさであふれる涙が止まらなくて目をこすり続ける。
だってリアム様は今まで頑張ってきたじゃない。
私の隣で必死に勉強していたのを知っている。
私に貴族との付き合いを教えつつ、それ以上の時間を二人で勉強してきた。
その努力を知っているのに、いつも私の方が成績が上でとても悔しかった。
類まれなる容姿だって愛されるためにもって生まれたはずなのに、αや男を誘惑する薄汚いものとして蔑まれる。
ただ、Ωとして生まれただけなのにどうしてこんなにも生きにくい世の中なのだろう?
ずっとずっと悔しくて、それでも応援していたのに、ご自分からそんなことを言うなんてあんまりだ!!
「ハンナ、ごめん。君が僕を本当に大事にしてくれるから甘えすぎた。これでも必死なんだよ、君に好きになってもらいたくて」
「だからって自分を貶めるのは違います!」
「うん、そうだね。ごめん」
ぐずぐず泣く私をリアム様は優しく抱きしめてくれたけど、体が思わず強張る。
でもあの時のように暴力的な甘い香りはしない。甘いは甘いけれど、なんだか安心できる香りだった。
「……なんで私なんですか。リアム様だったらこんな平民じゃなくてもっといい人はいるのに」
「ハンナだからだよ」
「私だから……?」
顔を上げてリアム様を見ると、彼は困ったように眉を寄せて、今まで見たことがない表情をしていた。
「最初からね、君は特別だったんだ。じっと見てくるのに憧れみたいな視線を寄越してきて、正直その視線は嫌いじゃなかった」
「気づいて……!?」
「まぁね。視線だけで危険かどうか判断しないといけない環境だったから。まぁ、そこはよくて。結局さ君が可愛いと思った時点で、僕はαとかΩとか貴族とか平民とかどうでもよくて、一人の女の子として君を好きになった。そりゃ、もちろん君の香りもたまらないけど……」
私の首筋に顔をうずめたリアム様は「いい匂い」と囁いた。
沸騰しそうな頭でどうにかαの衝動を抑え込んで、おずおずとリアム様の背中に腕を回す。
離れようとしているのに追ってくるなら、傷つけないように守るという選択肢しかないではないか。
「ハンナ?」
「平民ですよ、私」
「うん。でもαだからね。どうとでもなるし、するよ」
「αはΩを傷つけるんです。だから私はリアム様を傷つけてしまう」
「いくらでも、傷つけてよ。君から貰える傷を一生大事に生きていくから」
「……おかしいです」
「それぐらい、君が好きでどうしようもないんだ。ね、ハンナ言ってよ。僕が好きだって」
もう言い逃れできない。
最初は美しさへの憧れだった、私に色々と優しく教えてくれる素敵な人だと思っていた。
でも、周りに定められたレールに乗るのを必死で外れようとしているリアム様を応援しているうちに、好きになっていた。
でも、私はαだから、Ωを傷つけてしまう。
だから一緒にいられないと思っていたのに、もし私に守れる力があるなら全力でこの人を守りたいとも思ったのだ。
「言ったら最後ですよ。私は未成熟なαでどうなるかわかりませんよ」
「ハンナの手綱を握るぐらいはできるよ。安心して身を任せてよ」
優しく背中を撫でられ、αとしてリアム様を守る覚悟が決まった。
このαという獣を飼いならして、強くなって強くなって、私からも守れるようにすればリアム様と一緒にいてもいいと自分を許してあげられる。
それでももし、私がリアム様を傷つけそうになったらきっと止めてくれると信じられるから。
「……好きです、リアム様」
「ありがとう、僕も大好きだよ、ハンナ」
重なった唇から、あの暴力的な甘い香りが漂ってきて、思わずリアム様の唇を噛んでしまいハッとする。
「ごめんなさ……ってなに笑ってるんですか!?」
「いやー、さそっそく君の物って跡をつけられてうれしいなぁって」
「そんなもので嬉しがらないでください!!あぁ、もう……!!」
ハンカチを出して、リアム様の唇に当てる。
「舐めてくれればいいのに」
「バカ言わないでください!これでも一杯一杯なんです!!」
「……ありがとう、ハンナ。僕のために耐えてくれて」
「私、リアム様のそういうところ好きじゃないかもしれないです」
わざと私のαを刺激するのは本当によくないと思う。
「そのうち病みつきになるよ、きっとね」
「もう!!」




