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10_sideリアム

 僕の番になりたいという気持ちを徹底的に「今はまだダメ」といなし続けたハンナ。

 ヒートの前にこれでもかというほどに彼女にくっついて誘ってみたが成果はなし。逆にハンナが僕のヒート前の香りに敏感になって、さっさと休むように仕向ける始末だった。

 ヒート中は満たされない渇きを抱え、なんとかやり過ごす他なく、ハンナを知らなかった以前とはくらべものにならないほど苦しかった。


 その後も、何度も訪れる僕の発情期のたびにハンナは理性を保ち続けた。

 僕が渇きを訴えようが、涙をこぼして苦しいと訴えようがその理性が揺らぐことはなかった。

 正直、押せばなんとかなると思っていた僕が浅はかだったなと思う。ただ、恐怖心からというよりは何か考えてのことだろうから我慢はしたけれども。


 その結果、番関係にならずに僕たちは穏やかに愛を育み、ついに学園の卒業式を迎えた。


 式の後、僕は両親にハンナを紹介した


 ハンナが平民であることで反対されるかと思ったけれど、ハンナの無意識であろうαのフェロモンが帰省の度についていたことを知っていた父は反対できなかった。

 それだけ執着しているαからΩを引き離せるわけがないと実体験からの呆れもあったけれど、ずっと僕を傍らで守り続け、事故無く卒業まで過ごしてきたことが評価されていた。

 母は大喜びで、早速可愛い娘扱いでハンナは目を丸くしていたけれど、少し嬉しそうだった。


 両親に反対されたらハンナと一緒に逃避行かな、と考えていた僕がバカみたいじゃないかと思わなくもなかった。

 でも、両親からの信用を得る為にハンナは僕の「番のおねだり」をダメと言い続けたのだろうなと納得もできてしまった。己の性や家の力を利用して、既成事実だけで強引に事を運ぼうとしていた僕が浅はかだったな、と。


 そんな中、ハンナが「リアム様を婿にくれませんか?」と、とんでもないことを言い出した。

 今ここでいうとは聞いてない!と言おうと思ったけれど、珍しく無言の視線で制されてしまい黙るしかなかった。


 最初は突然の申し出に戸惑っていた両親だったが、僕を婿に迎える準備が整っていることや家に与えるメリットをこれでもかと提示し、最終的に泥沼の貴族にやるよりも、最近評判の良い商家へ婿へやる方がいいと判断させた。

 父はそれでも微妙な顔をしていたが、母が「自分の家系の負の連鎖を止めたい」と援護してくれたおかげで丸く収まった。


 あの日、震えた手で僕を誘った女の子が堂々と僕を攫うなんて、と感慨深い気持ちになる。

 どうしようもなく昂る気持ちを抑えられなくて、一通りの話が終わったあと、僕はハンナを自室に招いた。

 非常に嫌そうな顔をしていたハンナを強引にベッドへ座らせ、その膝を枕に横になる。


「びっくりしたよ、ほんと」

「社会的なつながりは絶対必要だと思ったので」

「プロポーズされてないけど?」

「……勢い余り過ぎました」

「ははは、相変わらず君は頭がいいんだか悪いんだか」


 その頬を撫で口を開こうとしたハンナの唇に指をあて、黙らせる。

 不思議そうな顔をしたハンナに微笑んで、「僕のお嫁さんになってくれる?」と口にすれば、顔を真っ赤にして「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」と返ってきた。


 たまらない気持ちになって、ハンナを引き倒すと彼女が僕を組み敷く形になってしまい、嬉しい誤算だなとおもったけれど、やっぱりハンナは違った。


 一転してハンナの体がこわばり、戸惑っているのが手に取るようにわかる。

 αとしてΩを組み敷く優越感よりも、女性として男性を組み敷いていることに戸惑っているんだろうなと思う

 僕を徹底して男として扱っていたから、自分のαの衝動と女性としてのあり方がぶつかり混乱しているのか、ポロポロとハンナは涙を零す。


「あぁ、泣かないでハンナ」

「だって…、こんなの……」


 ハンナの首を抱いて、こちらへ引き寄せ、大丈夫だよと何度も囁く。

 ハンナはαという性の扱いには慣れてきてはいたけれど、やっぱり僕を傷つけることを徹底的に避けているし、恐怖心は消えていない。

 それもあって番になるということを避け、先に結婚を言い出したのだと思う。


 でも、それじゃあ僕らは前に進めないから……。


「僕は君に噛まれて、君の所有物になるのを望んでいるんだ。合意の上だろう?」

「それはあなたの尊厳を傷つけることになる、私の暴力的な本能で汚していいものではないでしょう?」

「でも、ハンナは僕を守りたいよね?」

「それは、そうですけど……」

「君のその本能が唯一僕を守るモノなんだ。そして僕の本能が君の本能を求めてる」


 ヒートになってもハンナ以外のαを誘うことが無くなるから自由度や安全度でいえば今よりも格段にあがる。

 なにより、僕がハンナのΩになりたい。僕の番だと、この特別なαは自分のものだと主張したい。


「……大事にしたいんです」

「うん」

「とても大事にしたいのに、壊したい。それが恐ろしい。私は簡単にリアム様を壊せてしまう」

「壊していいよ、君が思うままに。これでも頑丈なんだ」


 彼女にたくさんキスをして、誘うけど頑なな理性をどうしても溶かせないらしい。

 今日は諦めるしかないかなと、思った時ソレはやってきた。


「っ!!!」

「あー、これはもう君しか救えないねぇ」

「まだ先だったはずでは!?」

「ま、そういうこともあるでしょ。僕は君が欲しくて欲しくて仕方がないわけだし」


 後は噛ませるだけになった段階で、求めてやまないαを落とすための本能か、ヒートがここで来るなんて。なんと愛おしい誤算だろう。

 逃げようとするハンナを捕まえ、深く口づけ遠慮なしの僕のフェロモンをぶつける。頑なな理性がほどけはじめ、出てきたαの本能。


 僕が大好きな君に、このΩのヒートに耐えられるなんて思ってもいなかったけれど、瞳孔が開いて、いつもの愛らしいハンナが薄れていく様にゾクゾクする。


 それでもまだ抗うハンナが可愛いけれど、さすがに僕も限界だ。


「ヒートを落ち着かせられるのは君だけだよ、ハンナ。大好きな僕が苦しむのを見ていていいのかい?」

「リアム、様……」

「うん、なあに?」


 キスをして、ネックガードを外して、早く早くとせがむけどハンナはまだ耐えている。

 ほんと頑固なんだよなぁ。


「これだけは約束してください」

「うん?」

「番になっても、私があなたの子を産みたい」


 思ってもない言葉に冷静になってしまう。

 僕が産むものばかりだと思っていた。それに、αの本能がΩを孕ませることを求めるはずなのに、どうして……?

 確かに男と女である僕たちにはそれが可能だ。けれど、αの強烈な本能を抱えながら、僕のためにその選択をするなんて……。


「……いいのかい?」

「ずっと考えていたんです。リアム様の幸せってなんだろうって。きっと貴族の社会にはいたくないだろうから、ちょっと先走っちゃいましたけどお婿さんになってもらって平民になることがまず第一だって」

「うん、それで?」


 そこまでは僕も合意の上だ。でもそれは、彼女がした大きな決断の理由にはならない。


「じゃあ次は?って考えた時に、Ωとしての価値なんて壊しちゃえばいいんだって」

「君にしては過激な発想だね」


 歯を食いしばって努めて冷静に話そうとしているハンナに愛されていることを実感する。

 唇から滲む血に申し訳ない気持ちもあるけれど、今触れたらハンナの理性は完全に飛ぶし、僕だってかき集めた理性が飛ぶ。

 触れたくても触れられないもどかしさを抑えながら、ハンナを見つめる。


「私は、αとしてきっとΩのあなたを満足させてあげられないんです。それでもあなたと愛し合いたい。αとしてΩを妊娠させたい気持ちがないわけじゃないんです、でも私はリアム様が大事だから。あなたが男性として生きたいと思っているのを知っているから。だから、私がΩとしての価値を壊すんです。女である私があなたの子を産むんです」

「……ありがとう」

「でも、ちょっと今日は、ごめんなさい……。コントロールできない……」


 そこまで抗ったハンナは、ぷつんと糸が切れたようにαとして貪欲に僕のΩを求め、僕に請われるままにうなじに噛みついた。

 一瞬、そこで冷静になったのか「ごめんなさい」と小さく聞こえてきたけれど、振り向いてその唇をキスで塞いでやった。


 謝らないでよ、僕は君と出会えて幸せなんだから。

 これでやっと、僕は何にも脅かされずハンナの隣で笑えるんだから。

 これでやっと、僕は僕として生きられるんだから。



 本能を殺して、僕の男としての尊厳を守る為の決断をしてくれた君に心からの感謝と愛を。



「愛してるよ、ハンナ」





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