04
リアム様から貴族の派閥などを教えてもらい数週間たち、なんとなくクラスメイトの力関係も見えてきた。
やっぱりリアム様の家はある意味では地位が高いが、ある意味では下に見られている。
そのため、あの貴族αがのさばっているわけだ。
ただ、最近は元からいた取り巻きだけがあの貴族αの周りにいる状態で、大部分のクラスメイトは意図的に避けているようだった。
「無害なαの方が平民でも価値があるってことだよ」
リアム様になぜだろうかと零したらそういう答えが返ってきて、それはおそらく私のことをあらわしている。
何もしていないのにαというだけでそんなに価値を重く見られるのも変な話だなと思った。
平民はほとんどがβで、αであれば貴族に売られるか奪われることも多い。Ωがどういう状況なのかはよくわからないが、あまり良い境遇ではないと聞いたことがあった。
平民はαであってもΩであっても生きづらいのが、私の常識だった。
だから両親は私のαという性を抑えるように教え続けた。αとして開花してしまえば、貴族が本気で私を奪いにくるから。
「昔、αの貴族に誘拐されそうになったんです」
「……そう」
「それで、両親が怪我をしてしまって、それからαでさえいなければって思ったんです。αは人を簡単に傷つけてしまえる生き物だと教えられてきましたし……。だから無害だとはどうしても思えなくて……」
「君は無害だよ、ハンナ」
リアム様はそう言ってくれるが、平民である私が成績上位にいることを気に食わない人もいるだろうし、身体能力だって高いのでそれを嫌う人もいるだろう。
一緒に勉強したり授業を受けているリアム様より上の結果を出してしまうので、正直心苦しい時だってある。
そういう私の無意識が、他人を傷つけている可能性だってゼロじゃない。
「リアム様からいい匂いがしてるときは、なんだかぞわぞわしますし……」
「噛みたいって?」
「言葉にしないでください、形になってしまったら大変なのに……」
「形にしてしまえばいい。受け入れてしまえば思いのほか楽だよ。まぁ、葛藤が無いわけではないけれどね」
「怖いんです。言葉にできない何かが心の奥底で蠢いていて、それがいつか飛び出したら私はどうなっちゃうんだろうって……」
リアム様と親しくなるに連れて大きくなるそれは、αとしての本能だ。それを直視してしまえばもう元の私には戻れない。
彼の隣にいるために、しまっておこうと決めたαの本能。その本能に目覚めたくない私の気持ちとは裏腹に、膨れ上がるソレを抱えて、私はあとどれくらい耐えられるのだろうか。
「君は君のままだよ。何も変わらない」
「そうなんでしょうか」
「ハンナ、君は何を怖がっているんだい?不特定多数の人を傷つけること?それともβやΩを屈服出来てしまうこと?」
「……リアム様を傷つけるのが怖いんです」
「それであれば杞憂だよ。僕は君が傷つけられるほど軟じゃない。見くびらないでくれるかな?」
「でも、私はαです」
「子猫にじゃれつかれて怒る人間はいないだろう?」
「子猫……」
「子犬がよかった?ま、君って犬っぽいもんね」
「……ワン」
「そうそう、そうやって可愛くキャンキャン吠えていればいいんだよ。甘噛みなんて傷の内にも入らないし。そもそも君は利口だからね、僕を傷つけることはないと思うけど」
「うなじ噛むかもしれませんよ」
「君にならいくらでも」
そうやって私に向けてうなじを晒してきて、ふわっと香った甘い匂いに慌てて顔を背けた。
「なにしてるんですか…!」
「ヒートじゃないから番にはなれないけど、噛むかな?って」
「噛むわけないです!番にもなりません!!」
「なんだ、残念」
「リアム様!?」
「でも、ほら、噛むって口にできただろう?そうやって一つずつ形にして自分を受け入れないと一生苦しいままだよ」
「……苦しいなんて言ってないです」
「怖いも苦しいも同じ、負の感情だよ。ため込むのはおすすめしない」
「そうですけど……」
もしも、を思うとやっぱり怖いのだ。
リアム様が安心して無防備に私の隣にいてくれるのは「無害なα」だから。
無害というのは未成熟でなければ成り立たないだろう。これ以上、私がαとして成熟してしまったら、リアム様は一緒にいてくれないと思うから。
「またぐるぐる考えてるね?」
「え」
伸びてきた手は私の頭を優しく撫でる。
「僕はね、ハンナ。君を信じてるんだ、心の底から。αであっても、なくてもかけがえのない人だから。だから大丈夫だよ。僕が信じてる君を信じて、ね?」
「……はい」
まだ心の奥底で蠢いているαとしての本能はあるけれども、リアム様が信じてくれているのであれば恐怖が薄れるような気がした。




