1-7
訓練施設のゲートをくぐり通路を進むと、同様のゲートが見えた。訓練用に存在するモンスターを外部に出さない為の二重構造となっている。
そのゲートの傍に、もう一つ別のゲートが存在していた。
【第二種訓練施設】
主に模擬戦や、ケース訓練を行う際に使われるその施設は、300m四方の簡素な空間だった。
その空間の中央に、カインとバイルが距離を取って向かい合う。
互いに武器を具現化させると、それを確認したジンが二人の間に立った。
「んで、どうなったら決着にする?」
「相手が死ぬまでだ。」
バイルの即座の回答に、ジンは軽く頭を抱えながらも続ける。
「ダメに決まってんだろ、模擬戦なんだから。」
ジンの向かいに立つシオンが、バイルへ向けて口を開いた。
「バイルさん、本来であれば私闘は禁じられています。模擬戦という形でなければ、貴方が望む場を提供できません。それが嫌なのであれば、教官へ報告させていただきます。」
「……両膝を付くような事があれば敗北と見ていいだろう。」
そう言うとカインは更に一歩下がり、剣を構えた。
「はぁ……いいか、バイル?」
ジンの問いに答えず、カイン同様一歩下がり、刀を構えるバイル。
「無視すんなよ……はぁ。それでは、これより模擬戦を行う。勝敗は、両膝を付かせた者の勝利とする。双方見合え!」
周囲が固唾を飲む中、互いを睨み続けるカインとバイル。
その数瞬が長い時間にも思える程に二人の集中は最高まで高まっていった。
そして……
「はじめっ!!」
ジンがそう言って右手を挙げると同時に、二人の武器は斬り結ばれた。
「っ!!」
「ちっ!!」
互いに初手を弾き返し、そこから流れるように斬り返す。
鋭く首筋を狙ったバイルの刀をカインが弾くと、刀の鍔目掛けて剣を突き込む。
それを寸前で、あえて刀を離すことで回避したバイルは、再び刀を握り直しカインの心臓目掛けて突き出した。
その一撃を剣の面で受け止めると、バイルの横っ腹を鋭く蹴り抜くカイン。
寸前で横に飛び退き威力を減衰させたバイルは、着地と同時に再びカインに斬りかかった。
そんな一進一退の攻防。互いに一歩も譲らぬ剣撃の応酬。
「……やっぱり強いね、バイルくん。」
「あぁ……認めたくねぇが、戦闘能力ーー特に「殺す事」に関しちゃ、間違いなくオレ達より上だ。」
試験で本物の戦場を経験したからこそ、自分たちは「命を奪う力」を持っている事を自覚したロイド。
試験中の最初の一撃こそ反射的に撃っていたが、そこからじわじわと「命を奪った」事を実感すると同時に、引き金が少しだけ重く感じた。
カノンもそれは同様で、蜘蛛型メカと対峙した時は正直安堵していた程だ。
(躊躇なんてもんは、オレたちHazardには要らないもんだからな。……捨てたくはねぇけどよ。)
戦う事ーーその最高峰たるHazardには不要な迷い。しかしそれを捨てる事は、人としての何かを失うように感じたジンは、迷いないバイルの太刀筋を見つめていた。
(……そして、おそらくカインさんは、それを捨てることに躊躇がない。バイルさんに一番近くなれる存在。)
塔の件を思い出すシオン。
あの時のカインは、事態の終息のため兵士はもちろん、バイルをも殺害しかねない雰囲気を放っていた。
その危うさは、バイルに近いものを感じていたシオン。
そんな中も二人の攻防は続き、気づけば十分程経っていた。
目にも止まらぬ程の剣撃の応酬は、しかしどちらも決定打には至らなかった。
「いい加減くたばれ!!」
バイルは一度距離を取ると、素早く刀を突き込んだ。
刀には風が纏われており、突き出し放たれた風刃は高速でカインへ飛来する。
「っ!!」
ドリルの如く渦を巻き飛来した風刃を剣の面で受け止めると、風刃は容易く四散した。
……はずだった。
「ふっ……」
突き出した刀を引き戻すと、四散した風刃がカインを中心に飛び交う。
「っ?!」
飛び交う風刃同士がぶつかると、それが更に四散し、四散した風刃は速度を増してまた飛び交う。そうして四散し続けた風刃は、風の膜を形成しカインを覆い込む。
「ぐっ……!!」
風の膜からは、更に小さな風刃が内部に放たれ、カインに裂傷を刻んでいく。
裂傷一つ一つはそれほどのダメージではない。しかし、それが凄まじい風圧と共に放たれたならば、じわじわと体力を奪っていく。
そうして遂に、カインは剣を突き刺し片膝をついてしまった。
「ぐっ……くそっ……」
「おいおい、この程度がHazardか? 無様だなぁ!」
そう言ったバイルは、刀を上段にかまえる。
刀身を中心に風が逆巻き、薄い空気の層が重なり、まるで巨大な風の刃のように膨れ上がっていた。
おそらくは風の膜すら斬り裂ける威力。それと共に、カインをも斬り伏せる必殺の一撃。
「おいバカ! やめろバイル!!」
ジンがそう叫ぶもバイルは止まらず、更に風刃を練り上げていく。
模擬戦で放っていい攻撃の範疇を越えている一撃を止めようと、ロイド、カノンも武器をバイルへ向けた。
その時……。
ドォォォンッ!!
カインが突き立てた剣先を中心に爆炎が広がり、風の膜を押し広げる。
爆炎と共に風の膜を突き破ってきたカインは、爆風の勢いに乗り一気にバイルに肉薄する。
「おぉぉぉぉ!!」
「往生際が悪いなぁ!!」
炎を纏うカインの剣と、風を纏うバイルの刀。二刀が斬り結ばれ、暴力的な風が炎をさらい、辺りを火の海に変える。それほどの威力の二振り。
しかし……。
「なっ?!」
突如、カインの剣は消失した。
燃え盛る剣は攻撃ではなく、収納時のマナ変換により発生した炎。
……つまりはブラフ。
「ごふっ?!」
そう気づいた時、バイルは横っ面に強力な蹴りを受け、壁際近くまで吹き飛ばされた。そして、突然の事に受け身も取れず倒れ込む。
「な……く、そっ……」
塔で放たれたものと同じ蹴り。完全に見切っていたはずの蹴り。それを防げなかった事実に、沸々と怒りが込み上げるバイル。
しかし、脳を揺らす程の強力な一撃は、彼の力を大きく奪い、遂にバイルは立ち上がれなくなった。
「勝者、カイン!!」
ジンがそう宣言し、苛烈を極めた二人の戦いはカインの勝利で幕を下ろした。
(カインさんは、敢えてそれを捨てる事が出来る。つまり、「捨てない」事も出来る。そして、そこに迷いがない。それこそが、彼の強さ。)
「……おい、もういいだろ?これ以上つきまとうな。」
そう言ってカインは、出入り口の方へと歩き出した。
「……ぐっ、おい……ま、まだ、終わって……」
……そう言って立ちあがろうとするバイルの横の壁が、突如として崩れた。
「「「「「?!」」」」」
そこから一匹の四足獣が侵入し、バイルに飛び掛かる。
視線こそ四足獣から目を離さないバイルだが、先ほどのダメージが重く、未だ立ち上がる事すら出来ないでいた。
このまま、四足獣に捕食されるのをおめおめと待つしかないバイルは、苦虫を噛み潰す。
しかし……。
「ふっ!!」
四足獣の鋭い爪がバイルに届く直前、カインの剣が四足獣を斬り裂いた。
「な……?!」
カインの行動を理解できないバイルは、目を丸くしていた。
「ロイド! ジン! 手伝ってくれ!! 老朽化か知らないが、第一種と繋がってモンスターが流れ込んでくる!」
崩れた壁の向こうは、第一種訓練施設が広がっており、そこから多数の四足獣が駆けてくるのが見えた。
「おう!」
「あいよ!」
カインの指示にロイド、ジンがそれぞれ武器を携え、流れ込んでくる四足獣を倒していく。
「シオン! カノン! 悪いがそのバカを下げてくれ! 邪魔だ!」
「うん!」
「わかりました!」
カインなりの悪態と共に告げられた指示に従うシオンとカノンは、バイルの両脇から肩を貸し、その場から後退させる。
「ふざ、けるなよ……!!」
「いいから、黙って下がって、バイルくん。今は緊急事態なんだよ?」
老朽化によるモンスターの侵入。それもおそらく、施設内でちょうど根城になっていたところが、運悪く崩壊したのだろう。Hazard合格を勝ち取った三人でも手に余るほどの数が流れ込んでくる緊急事態。
そう簡単に三人が崩れる事もないだろうが、その援護が必要である事は明白な程だ。カノンの焦燥も募っていく。
そうして、カイン達が戦闘を行っている場所からそれなりの距離を取ったところに、バイルを下ろすとシオンが告げた。
「カノン、ロイドさん達の援護を。バイルさんの回復は私が行うわ。」
「うん! お願いね!!」
そう言ってカノンは、自身も武器を具現化させその場に飛び込んだ。
それを見届けたシオンは、回復魔術をバイルに施す。
「……バイルさん。貴方は、戦闘力だけなら今回の試験参加者の中で、誰よりも強かった。」
その最中、ポツリとシオンが話しだす。
「……なんの話だ。」
『……すみません、理事長。』
カインは途中で足を止め、理事長へ向き直ると、理事長は朗らかな笑顔で「なんだね?」と返した。
『バイル・フェストゥム。彼は候補生の中でも高い戦闘力を持っていたと思います。命令違反もありましたが、彼の行動の結果として、あの都市に関する今後の防衛方針も決まったと。』
理事長室へ向かうエレベーターの中、撤退時に報告した塔にまつわる処遇が告げられていた。
結論としては、塔の調査護衛として追加の依頼を受けたと、教官にしては珍しく喜んでいるような雰囲気だった。
『にも関わらず、彼が合格できなかった理由は、どこにあったのかと。』
まるでバイルを心配するような言葉に、一同目を見開く。
それを自覚したのか、カインは慌てて付け足した。
『あ、いえ! そ、それを反面教師とすることで、理事長が仰っていた「正しい力の使い方」から、道を外す事はないと、思いまして……。』
余計な事を聞いたと少しずつ声が小さくなるカイン。
『そういう視点すらなかったからだよ。』
理事長は、背後の窓から外を眺めながら続けた。
『彼の行動は確かに結果として益になった。でも、彼の行動原理は力の誇示。それ以上の目的はないと言っていいだろうね。目的のない力は、ただの暴力だ。そんな者を、私たちはHazardと認める事はできないよ。』
そう言いきった理事長は改めてカインを見ると、少しだけ労うような表情を浮かべる。
『……まぁ、君に対してだけは、なにやら別の目的があったのだと思うけどね。』
「……それが、なんだ?」
理事長室を退出する前、カインと理事長が交わした会話。それを聞いていたシオンは、それをバイルに伝えた。
それで、彼の心に変化が訪れるとは思っていない。そんな安い心なら、そもそもこうなっていない事も理解していた。
そう思いながらも、シオンは続ける。
「守る意味も、殺す意味すら持っていないバイルさんでは、カインさんに勝つ事はできません。」
その言葉と同時に、必要十分の回復を施したシオンは立ち上がる。
「皆さん、壁から離れてください!! 魔術で穴を埋めます!!」
その号令にカイン達が「了解!!」と声を上げ、それを聞き届けたシオンは氷属性魔術の詠唱を始める。
その時、崩壊した壁の奥から二足歩行の中型爬虫類系のモンスターが現れる。
硬そうな表皮と強靭な脚力、そして何より目を引くのが、表皮以上に頑強そうな頭頂部だ。
「アイツがガンガン壁にぶつかってたからぶっ壊れたってか?」
「要因の一つかもな。とりあえず、アイツを止める! ロイド、援護を頼む!!」
事態の元凶と思しき爬虫類モンスターに突っ込むカイン。それを狙う複数の四足獣を狙い、ロイドが銃の引き金を引く。
一気に決着をつけようと、爬虫類モンスターの首目掛けて剣を振るカイン。
「くっ!硬いな……っ!」
蜘蛛型メカの装甲ほどではないが、それでも硬い表皮を持つ爬虫類モンスターは、反撃として表皮より更に硬い頭頂部で頭突きを繰り出してきた。
それをかわし、再度の攻撃を試みるカイン。
表皮が比較的柔らかそうに見える箇所に攻撃を繰り出し、少しずつダメージを与えているが、ジリ貧感は拭えなかった。
「……俺が、アイツに勝てない、だと?」
そんな彼らの戦いを眺めていたバイルは、静かに呟く。
「……力の意味だ? それがなんだ? 勝ってこそだろうが……勝たなきゃ、意味なんかねぇんだよ……」
そう言うとバイルは刀を強く握り直し、カインが戦っている爬虫類モンスターへと駆けていく。
「バイルくん?!」
突如参戦したバイルに四足獣達が目標を定め、彼へ飛び掛かった。それを撃ち抜こうと弓を引くカノン。
「邪魔だ!!」
しかし、それよりも速くバイルの刀が四足獣達を斬り伏せていく。
まるで八つ当たりのような、あまりに暴力的な斬撃。だが、それまでよりも圧倒的に鋭い必殺の一閃。
その圧倒的な攻撃力に言葉を失うカノンを他所に、バイルは前進する。
目指すは、カインが相対している爬虫類モンスター。
カイン同様にモンスターの首を狙い刀を振るうバイル。
「ちっ!!」
しかしやはりと言うべきか、その一閃は硬い表皮に阻まれる。
「ならっ!!」
再度刀を振るうバイル。
その刀は、鋭く研ぎ澄まされた風を纏っていた。
「はぁっ!!」
それに合わせるように、カインも炎を剣に纏わせ、バイルの刀を押し込む。
鋭い風に攫われた炎は火力を増し、爬虫類モンスターの表皮を焼き剥がし、そこに強力な風の刃が食い込む。
炎と風。その強力な剣戟の前に、爬虫類モンスターはなす術なく首を切り落とされた。
「二人とも、離れてください!!」
魔術を練り上げ終えたシオンがそう叫ぶと、カインとバイルは壁際から距離を取る。
『アバランシュガスト!!』
崩壊した壁の穴を中心に氷の粒が渦を巻いて収束する。収束した氷の粒はさらに肥大化し、爆発的な勢いで穴を覆い尽くした。
「ふぅ……これにて一件落着か。」
「……いや、まだだぜ。」
一息吐くジンだが、周囲にはまだ数体の四足獣が紛れ込んでおり、それらを見まわしたロイドが呟く。
それに気づいた一匹の四足獣が、ロイドへ狙いを定めた。
「っ!!」
……だがそれより速く、カインはその四足獣を斬り伏せた。
その僅かな隙をついて、別の四足獣がカインへ飛び掛かる。
「ふっ!!」
……しかし、それを瞬時に斬り伏せたのは、まさかのバイルであった。
「……」
「……」
静かに睨み合う二人は、やがて同時に突きを繰り出した。
「……これで貸し借りはなしだ。」
「……礼を言うとでも思ったか?」
互いの突きは、それぞれの背後から飛び掛かった四足獣に突き刺さる。
そこからほぼ同時に、残りの四足獣を討伐するために、真反対の方向へ動きだす二人。
「……ここは、お二人に任せていいでしょう。教官への報告をお願いします。私は、魔術維持のために残りますので。」
「おう、頼むなシオン。」
そこから瞬く間に四足獣を斬り伏せていく二人を見たロイド達は、出入り口へと向かった。
「……」
「ロイドくん? どうしたの?」
しばらく後方を見つめていたロイドは、思わず口元が緩んでいた。
「あぁ、いや。こんな事言ったら、絶対怒りそうだし、正直悔しくもあるんだがよ。連携がクッソ上手いんだよな、アイツら。」
そう言うロイドの見つめる先は、カインとバイル。
普段啀み合っている二人の連携は、恐ろしいほどに隙がなく乱れがない。それこそ、兄弟か双子のように鮮やかだった。
「悪い、急ごう。シオンをあのままにしておくのもかわいそうだからな。」
そうしてロイド達は、訓練施設を後にした。
§
ロイド達が呼んできた教官が到着し、事態は収束した。
爬虫類モンスターは最近導入された個体らしく、獰猛な気質故か、施設内はもちろん、第二種訓練施設の戦闘すら感じ取り、今回の事態になったのだろうと推察された。
以降は、第一種の中でも特に厳重な区画にて運用するとして、Graden側の管理不足と事態解決の貢献により、カイン達の模擬戦は不問とされ、一同解散となった。
「…………」
自室に戻ったカインは、合格発表の緊張とその後の戦闘の疲労により、ベッドに倒れ込んでいた。
……ポーン。
「……ん。…………」
来訪を知らせる呼び鈴が鳴るが、その優しい響きはカインを覚醒に導けなかった。どこか心地良ささえ感じる音色が、更に深く眠りに誘う。
……ポーン。……ポーン。
「……ん。……?」
ポーン。ポーン。ポーン。ポーン。ポーン。
「んん、なんだよ……」
ポンポンポンポンポンポンポンポンポン。
かなり連打しているのか音が断続的に響き、心地良さのかけらもなくなった。
もそもそとベッドから起き上がったカインは、自室のドアを開いた。
「……はい。」
「……おはようございます。」
開いたドアの前には、シオンがいつもの無表情で立っていた。
「就任パーティ、始まってますよ。」
「あぁ……悪い。」
そう言う彼女は、それまで見ていた制服ではなく、細部の装飾が豊かになったHazard用の制服を身に纏っていた。
「……似合ってるな。」
「ありがとうございます。」
「ん?……それは?」
よく見ると、シオンは豪華な料理が取り分けられた皿を持っていた。
「ロイドさんが、カインさんはもう来ないだろうからと。」
その言葉通り、今のカインに就任パーティに出席する気力はなく、このまま惰眠を貪りたい気持ちであった。
これからHazardとして活動していくのに、随分と勤勉さに欠けると思いながらも、せめて今日くらいは休ませて欲しい。それほどの疲労感が彼を襲っていた。
それをわかったからこそ、パーティ場の料理を届けてくれたのだろう。綺麗に取り分けられたそれは、どれも美味しそうなものだった。
「……相変わらず、よくわかってるな。」
親友の察しの良さに感謝しつつ、改めて届けてくれたシオンに向き直ると料理を受け取った。
「悪いな、ありがとう。」
「食器は、明日にでも食堂に戻して下さればよいとの事ですので。……それでは。」
そう言うとシオンは、女子側の寮へ向けて歩き出す。
「あ、シオン。」
「はい。」
彼女を呼び止めると、カインは料理を指差し続けた。
「よかったら、一緒に食べないか?持ってきてくれたお礼に、簡単なデザートなら用意できるし。」
「ありがとうございます。でも申し訳ありません。せっかく抜けたので、私も読みかけの本を読みたいので。」
そう言うシオンは変わらず無表情だったが、瞳の奥がほんの少しだけ輝いているように見えた。
彼女らしいと思いつつ、女子寮へ向かうシオンを見送るカイン。
「……カインさん。」
「ん?」
今まさにドアを閉めようとしていたカインを呼び止めるシオン。
「ありがとうございました。」
「へ?」
そう言ったシオンはやはり無表情で、何に対する感謝なのか一切読めなかった。
「試験の時、助けていただいて。」
「あ、あぁ。別に、気にしなくていいぞ。シオンのおかげで乗り切れた試験だし、それがなかったら、シオンを助けられなかったしな。」
「いえ……それだけではなく。」
シオンのその言葉に、カインは首を傾げる。
彼女を救った場面は、蜘蛛型メカを前に転倒したその場面しかないはずだ。
それではないと言うなら、一体いつ彼はシオンを救ったのだろうか?
「試験中、バイルさんと口論した際。……あのままでは、もしかしたら私は、バイルさんに刀を向けられていたかもしれません。」
「あぁ……」
塔に侵入した兵士の追跡。そこでのバイルは確かに、シオン達に手を上げかねない雰囲気であった。
「あの場で手を出そうものなら、アイツはもちろん俺達まで不合格になってただろうからな。」
「それでも、助けていただいたのは事実なので。」
そう言ってシオンは、再度頭を下げる。
その姿勢は非常に美しく、思わず見惚れるほどだった。
「では、失礼します。」
「あぁ、ありがとう。気をつけてな。」
そう言ってシオンを見送ったカインは、部屋の中へ戻った。
テーブルに料理を置き、静かに呟く。
「……誰かを助ける力、かな?」
シオンの言葉で、理事長が言っていた「誰かのための、正しい力の使い方」が見えたような気がした。
これを見誤らなければ、バイルのようにはならないだろうと、心に深く刻み込むカイン。
「……ここから、だな。」
Gradenに入学し、Hazardを目指し、それを求めた目的。
その出発点にようやく立てたと実感するカイン。
決して平坦な道ではなかったし、それはこれからも変わらないだろう。
それでも、この日々を通して培った力と心。それらがあれば、きっと彼の願いに辿り着ける。
……そう思いながら、カインは料理を口に運んだ。
fin




