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「はぁ……」
「何ため息ついてんだよ。」
試験の班分けが発表された電子掲示板前に、カインをはじめとした試験参加者が集っていた。
皆が自身の合否を待つ中、カインの表情は一際沈んでいた。
「……正直、落ちてる事確定の発表を待つのって辛いじゃんか。」
「まだ落ちたって決まった訳じゃねぇだろ?」
そう言うロイドだが、正直なところ今回のカインの結果が厳しいのは明白だった。
試験前からの魔力枯渇と、それに伴う戦闘力の半減、防衛地区の放棄に無用な戦闘と、それに伴う都市の損傷。
実際にはそのほとんどが、バイルの独断専行の皺寄せだが、それを跳ね除ける力を持ってこそのHazard。少なくともカインは、それをバイルに問い、そして自身にも呪いのように掛けた矜持。
今回の試験内容は、少なくとも彼がバイルに説いた矜持を示せるものでもなかった。その自覚がカインにはあった。
「試験の何が加点ポイントで、何が減点ポイントだったかわからない以上、私達ができるのは現場での最悪手を排除し、最善手を選ぶ事です。」
カイン達より少し遅れて、シオンとカノンがその場に現れた。
「少なくとも、私達が合流してからのカインさんは、最善手に近いものを選べていたと思いますよ。」
「カノンたちも伝令の後すぐ戻らなかったし、そういう意味じゃ命令違反だしね。」
「じゃあ、オレは班長の指示に従わなかったってのがあるな。オレも命令違反だ。」
「変なとこで張り合うなよ。」
そんなやり取りを交わすうちに、カインの心は少しだけ軽くなる。
結果がどうであろうと、それを受け入れる準備は整った。
……そうしてついに、試験結果を告げるために、一人の男性教官が現れた。
班分け発表の時のように一度周囲を見まわし、欠員がいない事を確認すると、静かに頷く。
「これより、Hazard昇格試験の合格者を発表する。」
候補生達は固唾を飲み、教官の発表を待った。
……というような情緒もなく、無感情に一人目の合格者を読み上げた。
「A班、ジン・ニューレイブ」
「はい!」
一人目に呼ばれたのは、A班の班長を勤めた紫髪の男。
シオンとカノンを従えていただけはあり、合格者の最有力候補と目されていたようだが、期待通り合格を掴み取ったようだ。
「A班、カノン・アークライト。」
「は、はい!」
続いて呼ばれたのはカノンだった。
彼女の実力、特に観察眼は相当に高く、蜘蛛型メカの装甲特性を見抜き、橋での戦闘を切り抜ける最大功労と言えよう。伝令後の退却を見誤った事など、Graden的には意に介さないのだろう。
「A班、シオン・ルイス・ユーリエフ。」
「はい。」
続いてシオンの名が上がるが、これも妥当だとカインは見ていた。
彼女の状況判断と、そこから導き出される戦術構築で、A班が最も戦いやすい状況に導いたのだろう。各々の実力もあるだろうが、それも要因として噛んでいるだろう。
最後の転倒は肝を冷やすレベルだったが、それほどの減点でもなかったのだろう。
「D班、……」
そうして、続いて一人、二人、三人と合格者が読み上げられていく。
「B班、ロイド・ウェンドル。」
「え、は、はい!」
突然、ロイドの名が読み上げられた。
A班やその後の流れから、順に読み上げられるものと油断していたロイドの返事は、普段の彼からは想像できないほどに間の抜けたものだった。
とは言え、ロイドの実力は既に現役Hazardに引けを取らないものだ。班長命令とGraden命令の板挟みになり、後者を選んだのも結果として少ない減点だったのかもしれない。
「B班、カイン・エルステッド。」
「……………………え。」
何を言われたのか分からず、あまりに素っ頓狂な声をあげるカイン。
「聞こえなかったか? B班カイン・エルステッド。合格だ。」
「……は、はい!!」
「……合格者は以上だ。この後すぐに、理事長からの授与式がある。ついてきなさい。」
そう言うと教官は踵を返し、巨大エレベーターへと向かう。
想定してなかった結果に放心状態のカイン。そんな彼の肩を組み、前へ進むよう促すロイドの表情は、この期間で最高の笑顔だった。続くカノンもカインに微笑み、シオンも、彼女にしては珍しく穏やかな表情だった。
それを受け、カインも自然と顔が綻ぶ。
教官に続き、カイン達はエレベーターへ乗り込んだ。
……扉が閉まるほんの一瞬。
カインと目が合ったバイルの表情は、これまでにないほどの怒りと嫌悪に満ちていた。
§
「新Hazardの諸君、まずは試験お疲れ様。そして合格おめでとう!」
理事長室に通されたカイン達が横一列に整列すると、理事長ーーミランド・ホステリカが一同を激励する。
「能力と人格、その双方を訓練で鍛え、ようやく辿り着いた誉れ高き称号。それが『Hazard』だ。その意味と力を理解し、名に恥じぬ働きでもって、Gradenの発展のため尽力して欲しい。」
柔和な表情で放たれる言葉は酷く事務的で、ともすれば、傭兵という立場を考えれば至極真っ当な話でもあった。
「……なんていうのは、理事長としての言葉だ。ここからは、私個人としての話をさせて欲しい。あ、つまらなかったら聞き流してもいいからね。」
すると理事長は、佇まいを崩して話を続けた。
曰く、傭兵は金で動く存在。そこに情などなく、ただ純粋に命令に従い成果を果たす。その思想はGradenでも変わらず、Hazardの有用性を盾にかなり高額の依頼料を徴収している。
「……もちろん、それが悪いというつもりはないよ。君たちにはそれだけの価値と力があるんだからね。」
端に待機している教官が、鋭く理事長を見つめるが、その視線を無視して続ける。
「でもね、私は君たちに『正義の使者』であって欲しいと思っているんだ。」
その言葉に、一同不思議そうな表情を浮かべた。
「有史以来、世界は常に力こそが正義という風潮に溢れている。それ自体も悪じゃないが、では、力ない者はどうしたらいいのだろうね?」
手を取り合える事が増えたと言われる現在でも、やはり争いはなくならず、今この瞬間も何処かでHazard達が、兵士が、誰かが戦っている。
……そして、それに巻き込まれる力なき者。彼らを守るものはなく、吹けば飛んでしまうような存在だ。
「その力の使い方は、君たち次第だ。だけど願わくば、その力を誰かのために、正しく使えるようになってもらいたい。」
そう一拍おくと、今一度合格者全員を見渡し、満足そうな表情を浮かべる。
「そして君たちは、それを見分ける目を持っている。私はそう信じているから、君たちを合格に押したんだ。どうかそれを忘れず、明日からの活動を頑張って欲しい。」
理事長の言葉に、温度感は様々ながら皆感銘を受けたようで、その言葉に力強く「はい!」と応えていた。
「以上で授与式を終了する。夕刻には略式だが就任パーティを行う。略式なので出席義務はないが、企業の代表やスポンサーがお前達を見に来る。名前を売っておくのも、今後の活躍の為の一歩だぞ。」
教官のその言葉によってその場は解散となり、一同はエレベーターへと歩いていった。
「……すみません、理事長。」
カインは途中で足を止め、理事長へ向き直る。
§
理事長室を後にし、一同解散となった。
「ロイド達も、合格できてよかったな。」
A班の班長を務めていた男ーージン・ニューレイブが口を開く。
解散とは言ったが、皆寮の方向へ向かっているため、実質同行状態であった。
昨日の車内での話を聞いていたジンは、彼なりにロイド達の結果を案じていたのだろう。
「散々な試験だったからな。よかったぜ、本当に。な、カイン。」
「あぁ。……これで、アイツと顔を付き合わせる事も少なくなりそうだ。」
「……アイツってのは、誰の事だ?」
寮へ向かう通路の角。そこから一人の男が声を掛けた。
「……バイルさん。」
突如現れたバイルを確認し、シオンが小さく呟く。
「……さぁ。誰の事だろうな。」
努めて無感情に吐き捨てるカインは、バイルの傍を通り過ぎる。
「おい、待て。」
……だが、それをみすみす通すはずもなく、カインの首筋に刀を突きつけるバイル。
「バイルくん、流石にもういい加減にしてね。」
「訓練施設以外での武器の具現化は罰則対象だぜ。」
ロイドはもちろん、カノンまでもが怒りを通り越して呆れている。それほどまでにバイルの行動は常軌を逸していた。
「じゃあ、訓練をつけてくれよ、Hazardさんよぉ。お前のその力が、本当にHazardに相応しいか見せてくれよ。」
その場の誰もが、バイルを強く睨みつける。空気が、明らかに一段冷えていた。
「……早くそれをしまえ。教官に見つかったら、訓練どころじゃないぞ。」
「カイン?!」
そういうとカインは、通路を曲がる。その先は、訓練施設。
……それは彼が、バイルの挑発に乗ったという事であった。
「……いいのか、アレ?」
訓練施設へ歩みを進めるカインとバイルを見つめるジンはそう口を開く。
そんな二人を追いかけるようにロイド、カノン、シオンも訓練施設へ向かう。
ゲートを括るために携帯端末をかざすシオン。
『Hazard候補生』
『シオン・ルイス・ユーリエフ』
『入場』
「……登録上は、まだ私達は候補生のようですね。なら、候補生同士の喧嘩と言えばいいと思います。」
リーダーのディスプレイを確認したシオンは、そう言ってゲートをくぐり、ジンもそれに続いた。
「……それに、なんの考えもなく受けた訳ではないと思いますよ。起こりうる責任の部分も、ちゃんと考えている。そんな顔をしてました。」
そうしてカイン達は、訓練施設の奥へと消えていった。




