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「それにしても、あの塔なんだったんだろうね?」
塔を脱し、来た道を戻る最中、カノンがそう口にする。
内部構造的には不合理の塊で、都市において重要な施設という雰囲気もなかった。
そんな場所に、敵兵が訪れていた意味とは……。バイルではないが、やはり不審に思えてしまうのを止められないでいた。
「確かに気にはなるけど、それは今の私達の仕事ではないわ。」
「そうだな。せめて戻ったら教官に報告しよう。この後Hazardをどうするのかはわからないが、もしまだ守護に置くなら、伝えておいて損はない情報だ。」
ゴォォンッ!!!!
「「「?!」」」
突如、巨大な鉄の塊が落下したような轟音が三人の耳に届く。
振り返るとまさに、塔の前に鉄の塊が見えた。
その鉄の塊は一対の前脚と六本の後脚を展開し、蜘蛛のような形状に姿を変えた。
そのまましばらく、周囲を観察しているかのように、頭と思われる部分を動かす。
やがて……。
「っ!! 走れ、足を止めるな!!」
カインの号令とほぼ同時に、蜘蛛型メカは見た目に反した跳躍力を見せ、一気に彼らとの距離を詰めてきた。
鉄同士がぶつかる音と、相当重量からなる足音は、ガチャガチャと不快な音になり、彼らを追いかける。
それから逃げるように、なだらかな山道を駆け下り、その勢いのまま巨大な橋へと滑り込んだ。
「あの巨体です、路地に入れば、脚が邪魔になり減速せざるを得ないはずです!!」
シオンがそう叫ぶも、蜘蛛型メカは再び大きな跳躍を見せ、カイン達の進路を塞いだ。
「クソっ!!」
カインは右手に意識を集中させると、そこから炎が一気に伸び、しかし炎はすぐに消え去り、代わりに訓練施設でも使用していた剣が出現した。二人も同様に、氷・光に纏われた自身の武器を出現させる。
(嫌なところで追い越すなよ……)
橋の長さに反して幅は異様に狭く、カイン達が横並びになった場合、両サイド半人分くらいのスペースしかなかった。
機動が制限されるばかりか、最悪橋から転落の可能性も考えると、少なくとも今回の戦場において最も戦いたくないフィールドだと思っていたのだ。
さらに蜘蛛型メカのサイズも絶妙で、カイン達が横並びになった幅とほぼ同じであった。すなわち、横を通り抜けていく事も限りなく不可能となり、正面から撃退するほかなかった。
「カインくん。カインくんの炎を纏った剣撃で、どこでもいいんだけど集中的に攻撃できる?」
カノンはそう言いながら、蜘蛛型メカをじっと見つめていた。
「どこでもいいのか?」
「どう、シオン?」
カインの質問に直接答えず、シオンへ促すカノン。
「理想は、頭頂部ですね。おそらく制御系はそこにあります。とはいえ、そんな贅沢も言えませんが。」
「二人がそういうなら、そこが勝機なんだな。」
そう言うとカインは、蜘蛛型メカに向かって駆け出す。
カノンの言うように、剣に薄く炎を纏わせていくと、蜘蛛型メカの前脚をかわし、素早く頭頂部へ攻撃を繰り出す。
しかし、その攻撃は鋼鉄の装甲に阻まれ、表面に薄い傷を作るだけだった。
それでもカインは、何度も剣を振るっていく。一撃、二撃、三撃、四撃……幾度も繰り出される灼熱の斬撃は、次第に頭頂部の装甲を赤熱させていく。
「カインさん、下がってください!!」
シオンの声に従い、置き土産とばかりの渾身の一撃を入れ、その勢いで後退するカイン。
そこに寸分ずれずシオンが入れ替わり、細身の剣を突き刺す。
接触の瞬間、剣全体が氷結しそのまま蜘蛛型メカの頭頂部に突き刺さり砕け散る。
赤熱された装甲に、氷結剣による急激な冷却を受け、頭頂部の装甲に亀裂が発生した。
「カノン!!」
砕け散る氷の破片と共に飛び退るシオンが叫ぶ。
「いっけえぇぇ!!!!」
その瞬間を待っていたと言わんばかりに、左腕の甲に展開した弓を引絞り、渾身の矢を放つ。
その矢は吸い込まれるように亀裂へ飛翔し……
バァァンッ!!!!
マナで形成された矢の炸裂が、蜘蛛型メカの頭頂内部を破壊した。
黒煙を上げる蜘蛛型メカは、関節からギチギチと歪な音をあげ、自重に耐えられず地に伏し、機能を停止した。
「やったぁ!!」
無事に蜘蛛型メカを停止させたカイン達は、その傍を慎重に進んでいく。
(ここで落ちちゃ、シャレにならないからな。)
蜘蛛型メカの傍を通ったカイン達は、ようやく橋を抜け、噴水前に続く路地に入った。
「ロイドくん?!」
路地を進み噴水前まで辿り着くと、ロイドが今なお待機していた。
「ようやく帰ってきたな、危うく置いてくところだったぜ。」
「ロイドさん、何故まだここに?」
ロイド自身にも伝令は伝えてある。撤退までの残り時間を考えたら、これ以上の長居は完全に悪手。そもそも、撤退を伝えた時点でその場の防衛は解除されている。それ以上の戦闘が不要な中、いったい何を守っていたと言うのか?
「みんなで絶対合格しよう、だろ? だったらオレは、いつまでも待ってるさ。なんならこの際、全員不合格で再挑戦でもいいしな。」
そう冗談めかして言うロイド。
彼が守っていたものは、皆との約束だった。
「じゃあみんなで遅刻しちゃおっか?」
「おいおい、冗談だって。間に合うなら、合格の希望を捨てんなよ。」
ロイドの冗談に便乗するカノンに、言った本人の方が少し慌てる。
そんな彼らの、それまでと変わらない日常の延長。場違いと思いつつ、その尊さを噛み締めるカイン。
……その時、ガチャガチャと、鉄がぶつかり合う不快な音が聞こえてきた。
(……まさか?!)
四人が振り返ると、先程機能停止させたはずの蜘蛛型メカが凄まじい勢いで通路を下ってきていた。
頭頂部からは変わらず黒煙が立ち上り、通路傍の壁に脚を擦り付けるように進んだためか、フレームにも相当の負荷がかかっているのが伺えた。
それでもなお、その巨体から放たれる威圧感がカイン達を襲う。
「あの速度なら、ギリギリですが追い付かれる事はありません!! 早く船にもどりましょう!!」
シオンの号令に合わせ、皆は一目散に船へと駆ける。
追いつかれる事はないと言ったものの、障害物を意に介さず突き進んでくる様は、根源的な恐怖を煽ってくる。脚を壁に擦らせようと、通路に出ている看板やバイクなどにぶつかろうと一向に止まることなく進む姿は、あまりに異様だった。
それでも足を止めず、ようやく彼らが乗ってきた船が停泊している浜辺まで辿り着いた。
既に何隻かは沖に出ており、A班・B班の船が後部ハッチを開いたままで停泊していた。
「もう少しだ! 頑張れみんな!!」
ロイドがカイン達を鼓舞し、皆最後の力と言わんばかりに全速力で砂浜を駆けていく。
「あっ……」
突如、シオンが砂に足を取られたのか、そのまま転倒してしまった。
その隙に追いついた蜘蛛型メカは、前脚を大きく振り上げ、シオンに襲いかかる。
(間に合えっ!!)
カインは踵を返すと、シオンに向けて駆け出す。
だが、既に蜘蛛型メカの前脚は振り下ろされており、誰の目から見ても助けられないのは自明だった。
『カオティック・ドライブッ!!』
カインが薄い緑の光を纏うと、彼の姿が消えた。
「…悪い、少し我慢しててくれ。」
シオンの耳元にその声が届くと同時に、彼女はカインに抱き抱えられていた。
カインは、シオンを抱え上げそのまま蜘蛛型メカの頭頂部へ突っ込む。衝突の瞬間に頭頂部を蹴り込み、その勢いでB班の船へと飛び込んだ。
カインの蹴り込みで一瞬怯んだ蜘蛛型メカは、カインとシオンの二人に狙いを定め、B班の船へ目掛けて進行を続けた。
「いい加減にしやがれ!!」
先んじて船のハッチに辿り着いていたロイドは、ハンドガンのマガジン部分に、銃弾型のカートリッジを挿入する。
するとハンドガンは、徐々に形を変化していき、ガトリングガンに姿を変えていた。
「これで沈めっ!!」
銃身が回転し、無数の弾丸が蜘蛛型メカの頭頂部を襲う。
既に相当のダメージを受けていたところに、集中的に放たれる銃弾は頭頂部の装甲を貫き、蜂の巣にされていく。
さしもの蜘蛛型メカも、これほどの銃弾の雨を受けては活動を保つ事はできず、やがて火花を散らし、爆発四散した。
それを合図にしたかのように、残ったA班・B班の船が出航する。
「……せっかく貰った魔力、速攻で使い切っちまってごめんな。それに、こっちの船に連れてきちゃって。」
そう言ったカインは、ハッチ奥の格納庫の壁にもたれかかる。
「……いえ、私があんな失態をしたのが原因ですから。」
そしてシオンは、塔の時と同じようにカインに手をかざす。
……しかし、カインはそれを押しとどめた。
「……後は帰るだけだ、ちょっと休めば、また動けるよ。……ありがとうな。」
そう言うとカインは、そのまま床に倒れ込んだ。
……長いようで短かった試験が、ようやく終わろうとしていた。
§
その後、船はつつが無くアースノア港に辿り着いた。
途中、シオンが別班の船に乗ってしまった事や、謎の塔の事を報告するが、その場でのお咎めはなく、いささか拍子抜けする結果となった。
アースノア港に辿り着くと、やはりと言うべきかバイルは単独行動をとり、来た時と同様に一人で車に乗り帰って行く。
またかと呆れるカインとロイドをカノン達が発見し、A班の車に拾ってもらう事となった。
車内では、この試験中の出来事から、バイルに対する「悪口大会」のような様相となり、大いに盛り上がっていた。
……Gradenに辿り着き解散し、部屋に戻ったカインはベッドに倒れ込む。
色々とフラストレーションの溜まる試験だったが、どうにかやり切った。後は、翌日の結果発表を待つのみとなっていた。
そのままの格好で寝てしまうのは良くないと思いつつ、それでも動けないほどに疲弊していたカインは、深い眠りに落ちる。
……そうして夜が明け、いよいよHazard昇格試験の結果発表の瞬間を迎えようとしていた。




