1-4
路地に入ると、やはりというべきか、兵士の姿はなかった。噴水前でのやり取りに無駄な時間を使ってしまい、兵士との距離を開けられたのだろう。
幸い路地は一本道であり、どこかに逸れたという事はなさそうで、バイルの見立て通り、目的地はこの先にある塔である事が伺えた。
「…………」
「…………」
その道中を、二人は無言で駆け抜けていく。
路地を抜け、海につながるであろう大きな川に掛かった橋を渡り、なだらかな山道を登っていく最中も、彼らの間には一切の言葉がなかった。
そうして二人は、兵士の目的地であろう塔へたどり着いた。
それと同時に、兵士が塔の中へ入っていくのを目撃する。
(かなり全速力で来たつもりだったんだが……)
魔力枯渇による影響は想像以上に大きかったようで、カインは苦虫を潰していた。
兵士がたった今塔へ侵入した事を鑑みるに、普段のカインであれば、山道に入るか否かくらいで追いつけていただろう。それ以上に、魔力枯渇による疲労感が拭えないでいた。
(……いや、コイツもあえて追い付かないようにしていたか。)
バイルも、カインに劣らない脚の速さを持っており、彼を無視して兵士に追いつくことも出来たはずだった。
……にも関わらず、彼はここに辿り着くまで、兵士を追い詰める事はできなかった。
(俺を気遣って…なんて、そんな殊勝な心を持ってるわけないな。)
この戦況を大きく変えるための何かがあると踏んで、兵士を泳がせたのだろう。
果たして、この塔に何が待ち受けているのか……。
どちらからともなく、塔への一歩を踏み出した。
「あっ!やっと見つけたぁ!!」
……重い空気を断ち切るような、明るい声が後ろから響く。
「伝令です。戦況優勢、もう間もなく戦闘が終了します。各班30分以内に船に戻り、撤退準備を完了させよ。以上です。」
続く声は凛としつつも冷たく、どこまでも事務的に報告してきた。
カインが振り返った先にいたのは、A班のカノンとシオンだった。
「戦況優勢? 教官もお前達も目は節穴か? たった今、その塔に敵が侵入したんだぞ?」
シオンの報告を聞いたバイルが、彼女達に詰め寄る。
「バイルくんがわざと逃したんでしょ? ここに来る前、ロイドくんに聞いたよ。」
「奴らがこの都市を攻める理由はなんだ? なんらかの利用価値があるからだろう。それを知れば、今後の侵略の防衛策を講じれる。」
「それを考えるのは上層部や都市の方々です。私たちの任務は指定地域の守護、十分な命令違反です。撤収準備を行ってください。」
「Hazardでもない女が指図するな。」
そう言ったバイルは、刀に手をかける。
「シオン。」
一触即発の二人の間に、カインが割って入った。
「命令違反は重々承知している。だが、今間違いなく敵兵があの塔に入っていった。」
塔に侵入した兵士の目的は不明だが、カイン達が去った後になんらかの侵略行動を行うかも知れない。それは彼らのミスが招いた事であり、その責任は間違いなく彼らにあった。
「だからせめて、その始末だけはさせてくれ。じゃないと、合格しても受け取れない。」
そう言ってシオンを見つめるカインの瞳には、強い意志が宿っていた。
「そういう事だ、俺はあの兵士を始末してから戻る。これ以上邪魔をするなら斬るぞ。」
我が意を得たりと言わんばかりのバイルは踵を返し、兵士が侵入した塔へ走り出した。
「すまない、なるべく早く片付けるから、二人は戻っててくれ。なんだったらカノン、少しでもロイドを援護してやってくれ。」
「……ロイドくんと同じこと言ってる。」
バイルを追いかけようとするカインに、カノンが続けた。
『カインをフォローしてやってくれ。アイツ、それっぽい事言ってすぐ無茶するからよ。』
「……だって。」
「そっくりそのまま返すっての。」
そう言いつつも、親友の心遣いに表情が緩むカイン。
「ということで、カノンも手伝うよ。早くバイルくん連れ戻そう。」
「何があるかわからないというのなら、人員は多いに越したことはないでしょう。私も行きます。」
「……ありがとう、助かるよ。」
そう言葉を交わし、三人は塔の中へと入っていった。
§
「……なんか、気持ち悪いね。」
塔の内部に入ったカノンは、周囲を見まわしそう呟いた。
何かの機械である事は分かるが、そこに存在するにはあまりに不合理で、配線なども整理されておらず雑然としている。
そんな空間が無意味に広がる中に、一本のエレベーターが存在していた。
「他に上に行く手段はないか。」
エレベーターは現在、バイルが上階に向かったようで、そこに止まったままだった。
エレベーターの降下を待ち、追いついた時に何をしでかしているか……。それを考えると気が気ではなかった。
「……もどかしいですね。」
「あぁ、本当に勘弁してほしいよ。」
敵兵を撃退してるならいいだろう。返り討ちにあっているなどとは思わない。一般市民を巻き込んでいるなどとあっては目も当てられない。
今まさに降下してきているエレベーターにバイルの姿がある事を願い……
ポーン……
「……そんな気はしてたさ。」
到着したエレベーターの扉が開くと、やはりというべきか、そこには誰もいなかった。
「嘆いてもしょうがないか。二人とも、頼むな。」
「はい。」
「うん。」
そう言うと三人は、エレベーターに乗り込んだ。
外観として目算30m台。地上と頂上を昇降するだけのそれは、時間にして数十秒、しかし数時間に錯覚するほどの気の重さを感じるカイン。
……そうしてようやく、エレベーターは頂上に辿り着く。
扉が開くと、眩い夕日と共に強烈な風が流れ込んでくる。
眩しさに細めた目を開くと、鮮やかな夕日と共に簡素な格子状の足場が広がっていた。
「もう一度聞くぞ。お前はここで何をしていた? 何が目的だ?」
幸いというべきか、エレベーターを降りてすぐにバイルの姿をみつける。足場の端に兵士を追い詰め、刀を首元に突きつけていたのだ。
引くも進むもままならない兵士だが、それでも彼なりの矜持か「ぜ、絶対に言うものか!!」とバイルを睨み返す。
しかしその返答がまずかったのか、バイルは表情に愉悦を滲ませ、兵士の指を切り落とす。辺りに、兵士の叫びがこだました。
「つまりは、言えない『何か』があるんだな? ならそれを答えろ。」
そう言ってバイルは、刀の切先を次の指に当てる。答えなければ、これから指を一本ずつ切り落とすと言わんばかりに、表情を歪ませていった。
「バイルくん、いい加減にして!!」
事態を認識したカノンがそう叫ぶ。
「……っ?!」
……だがそれより僅かに速く、バイルの首筋目掛けて、カインの蹴りが飛び出した。
寸前で気づいたバイルだが、反応が僅かに遅れる。どうにか腕で防御はできたものの、渾身の一撃だったのか、大きく吹き飛ばされた。
「ぐっ……おい、どういうつもりだ。」
直ぐに体制を立て直したバイルが、カインに詰め寄る。
……だがその前に、カインは兵士を蹴り落とした。
「え……?」
「……カイン、さん?」
兵士は悲鳴をあげながら落下していき、やがて、ぐちゃっ……と、微かな音を立てて地面に叩きつけられた。
……その音が、強い風の音にかき消されたのは、幸いだったかもしれない。
カインのあまりに迷いのない行動に、二人は僅かながら恐怖を覚えた。
「なんだ? 俺達が逃した不始末をつけたんだ、文句はないだろ? 早く戻れよ、班長。」
そう言うと踵を返し、エレベーターへ向かうカイン。
……しかし。
「……ぐっ。」
カインはその途中で膝をついてしまった。
「カインくんっ?!」
「大丈夫ですか?!」
魔力枯渇中での過剰稼働が、ここに来て限界を迎えたのだろう。肩で大きく息をしているカインを、二人は傍に立ち支える。
「……あり、がとう……二人、とも……」
「……あれだけの啖呵を切っておきながら、無様だな。」
そう言ってカインの横を通り過ぎるバイルは、そのままエレベーターに乗り込んだ。
カインの言葉通り、帰還を受け入れたのだろう。
「あぁ、もぅ!! 本当に嫌いバイルくん!!」
らしからぬ怒りを露わにするカノン。とはいえ、そんな様すら可愛らしく見えるのは、彼女の人柄故と言えよう。
エレベーターの近くまで来ると、二人はカインをその場に座らせる。カノンはそのまま、エレベーターの呼び出しボタンを押しに向かった。
「……余裕がなかったから、あんな事をしたんですか?」
おもむろに、シオンがそう呟いた。
彼のとった行動は、おそらく最適解だった。
試験終了時間が迫っている中の、バイルの過剰な尋問行為と、自身の魔力枯渇による消耗。
その消耗具合を鑑みるに、これ以上の時間をかける余裕はなかったのだろう。
だからこそ、あそこまでの冷徹な判断を下したのだと、シオンは推察していた。
「……シオン達も巻き込んでるしな……あぁする事しか考えられなかったんだ。」
座って一旦落ち着いたからか、カインの言葉は静かで穏やかだった。呼吸も正常で、もう少し休めば十分動けるだろう。
だが……。
「魔力は、マナを流動させるために必要な力です。それは、人体も例外ではありません。授業で習いましたよね?」
マナは、魔術はもちろん、あらゆる物質に一定量含まれるものであり、人体も例外ではなかった。
実際に人体の駆動は、様々な要素が絡み合って動いているが、そこに魔力も決して少なくはない影響を及ぼしている。
魔力が枯渇する事の危険性は、Gradenの授業にも出てくる初歩の基礎知識だ。
おそらくロイドから、大方の事情を聞いていたのであろう。カインが試験前に行った無茶を咎めていた。
「今のカインさんでは、一人で船へ戻る事は難しいでしょう。それを手伝っては、私達も間に合いません。」
冷静に状況を分析し出てきたシオンの言葉に、カインも苦笑いを浮かべる。
「……だろうな。だから、シオン達だけで戻ってくれ。教官に報告してくれたら、Hazard達が回収してくれるかもしれないしな。」
努めて穏やかに言うカインは、その場に倒れ込む。
……そんなカインを静かに見つめるシオンは、彼に向けて手をかざした。
「……乾きし器。欲せよ。さすれば応えよ。移し満たせ。流し潤せ。湧き上がれ。己の生。」
「……シオン?」
『リプリス』
シオンがそう唱えると、次第にカインに活力が溢れる。
リプリスーーシオン自身が持つ魔力を分け与え、対象を癒す特殊魔術。
「これで、よほど無茶な使い方をしなければ無事に帰れるでしょう。」
そう言うとシオンは立ち上がり、カノンの元へ歩き出した。
それを追いかけるように立ち上がるカイン。
先程までの疲労感が徐々に薄れていき、体の奥が温かく満たされているのを感じた。
「すまない、シオン。……ありがとう。」
カインの礼にも、シオンの表情は変わらず静かなままだった。
「……円陣を組みましたから。」
「え?」
微かに聞こえた、シオンの言葉。
何かの聞き間違えかと思ったカインだが、シオンはそのまま続ける。
「……カノンと、皆さんで約束しましたから。絶対合格しましょう、って。」
そう言うシオンの表情には、ごく僅かに、見る人によってはわからないほどに小さく、しかしはっきりと、彼女の感情が表層に浮かんでいた。
それが何となく嬉しくなり、カインはしっかりと一歩踏み締めた。
疲労感はなりを顰め、十分に動けるだけの力が全身に行き渡ったのを感じるカイン。
「……今なら、カオティック・ドライブで船まで飛べるかもな。」
「そしてまた、到着と共に情けなく倒れますか?どこまでが試験として見られているかわからないんです。今の時間なら、まだ十分間に合うのですから、余計な事は考えないでください。」
「え、あ、その…………すまない。」
そんなやり取りをしながらカノンの元に着いた頃には、ちょうどエレベーターが到着しており、三人はそれに乗り込んだ。




