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Aeria校舎に隣接している生徒寮。その一室で、カインは制服に袖を通していた。
「……これを着るのも、最後になればいいなぁ。」
ここに来て2年の様々な思い出を呼び起こしながら呟いた。
学校としての側面も持つGradenは、一般授業や祭典などでは基本的に制服での出席が義務付けられていた。
それはHazardも例外ではないが、彼らはその地位についた際に制服が更新される。つまり、この制服を着続けるということは、試験の不合格を意味するのだ。
……そしてもう一つだけ、この制服に袖を通さない未来があるのだが、カインはそれは考えないようにしていた。
「……よしっ、行くか。」
雑念を払うように頬を軽く叩いたカインは部屋を出ると、校舎の駐車場へ向かった。
Aeriaからアースノアへは、車で約30分。事前の説明会にて、移動に関しては班に当てがわれた施設車を用いるよう指示が出ていた。
その約30分、更には試験終了まで、あの班で針の筵を味わうのかと思うと辟易してくるカイン。
そうしてカインは駐車場に到着し、指定されたナンバープレートの車を探す。
やがて発見した該当車に近づくと、サイドミラーに映るバイルの姿が見えた。
ミラー越しにバイルは不敵に微笑むと、エンジンを噴かし、環境に悪そうな排気ガスを大量に撒き散らしながら車を発進させた。
「……あの馬鹿。」
走り去っていく車を眺め、心底呆れたようにため息をつくカイン。
バイルの独断行動は今に始まった事ではないが、余りの身勝手さに、もはや怒りを通り越して呆れていた。
「カイン、待たせたな。」
そこにロイドが遅れてやってきた。
「……あぁ、早速だが残念なお知らせだ。」
「はぁ?」
そう言ってカインが、先ほどまで車が駐車されていたスペースを指差す。そこには、彼らが利用する予定だった車のナンバープレートと同じナンバーが記載されていた。
「……おい、車は?」
「……行った。」
「……誰が乗ってた?」
「……バイル。」
そんな静かな問答を繰り返し、やがてロイドがわなわなと震えて叫び出した。
「あぁもう!! アイツなんなんだよマジで!! オレたちがいなきゃこの班自体が失格になるとか考えねぇのかよ!!」
「それ以上に、俺をHazardにさせたくないんじゃないか? 今までもずっとそうだったし。」
理由は不明だが、入学してすぐにカインはバイルに目をつけられていた。陰湿な虐めに近いような事もあったが、なまじ実力のある彼と本気で戦えば怪我では済まない可能性があったため、カインがギリギリ踏みとどまっていたのだ。
しかし、それも最近はより過激になり、彼のHazard昇格を邪魔するような言動が増えていたため、さすがのカインも教官達に相談しなければならない自体となった。
それでさすがに落ち着いたかと思っていたのだが、ここに来てカインは、最大の妨害をされる羽目になった。
「……ロイド、飛ぶぞ。」
カインが意を決してそう言う。
「いや、これから試験だってのに大丈夫かよ?! アースノアまでかなりの距離だぞ?!」
「失敗したら、ロイドだけでも先に行ってくれ。とりあえず、埋まらないようにだけは気をつけるからさ」
カインが冗談混じりに言うが、その瞳の真剣さにロイドは頷くと彼の肩に手を置いた。
「そうなりゃ、後はオレがお前を運んでいってやるよ。ここまで来たら一蓮托生、落ちる時は一緒に落ちようぜ。」
「心強いよ、ありがとう。」
そう言ったカインは最大限の集中をすると、詠唱を始める。
「……開け混沌。来れ道導。我が前の尽くを排し導け。駆けろ、混沌の先へ。」
『カオティック・ドライブ!!』
カインがそう叫ぶと、彼を中心に光が膨張し二人を包む。それと同時に光量も増し、直視できぬほどに眩く光り輝く。
やがて光が膨張の臨界点を超え一際眩く煌めくと、一瞬にして光が消失した。
ーーそして、二人の姿も消失していた。
§
「…………ぅ。」
「お、気がついたか?」
閉塞的な空間のソファーの上で、カインは目を覚ました。側にいたロイドが、そんな彼に話しかける。
意識が朦朧とし、現状を把握できないでいるカインに、ロイドは続けた。
「お前のおかげで、俺たちはちゃんと時間内にアースノアに着くことができたぜ。ありがとうな。だが、そこで力尽きたっぽいな。その後倒れちまったから、オレがここまで運んできたんだ。」
そう言われて辺りを見回すと、少しづつカインの記憶がはっきりしてくる。
ロイドの言う通り、カインはアースノアにたどり着いた瞬間、意識を落としていた。
アースノアへ向かうために使った特殊魔術「カオティック・ドライブ」ーー自身が記憶した場所への空間跳躍を可能とする。
しかし、指定した座標のズレで地面や壁などに埋まったり、距離による座標の精度、消費魔力の上昇など、少々リスクの高い魔術である。カインが飛ぶ前にロイドに言っていたのも、まさにその事だ。
「……そう、か……よかった……」
そう言うとカインは、上体を起こし改めて周囲を確認した。
周囲の壁は機密性が高く、僅かに圧迫感がある。中央に長方形の卓があり、地図が映し出されていた。
その卓を挟んだ向かい側には、カインが腰掛けているソファーと同じものが設置されており、そこをバイルが独占していた。
「……これから試験だってのに、無様だな。」
バイルと目が合うと、見下したようにそう言う。
「おい、誰のせいだと思ってんだよ。」
カインの心を代弁するようにロイドが反論するが、それを無視しなおもバイルは煽る。
「お前の言葉だよな? 『どんな状況であっても、自力で合格を勝ち取ってみろ』だったか? なら、のうのうと倒れてるなよ。」
「……あぁ。」
そう言うとカインは、まだ若干朦朧とする意識を無理やり起こす。
気に食わないが彼の主張はHazard、ひいてはGradenの基本姿勢として正しい。カインがバイルに放ったその言葉は、そのまま彼自身への呪いにもなっていた。
そうしてカインは、ソファーにしっかりと座り直す。
極限まで使用した魔力の枯渇でふらふらするが、ここから先、何がなんでも倒れるものかと、しっかりと足を踏み締めるカイン。
それを確認し、卓の端に控えていた教官は、やれやれといった様子でタブレットを操作する。
「我々は現在、件の街へ向け海路を進行中。予定では30分後に到着予定だ。」
教官がタブレットを操作し、それに連動するように地図上に数隻の船舶が映し出された。
「少々強引に海浜に乗り上げる。その後は、各班所定の地区へ向かう手筈だ。B班は、この地区だ。」
海浜に隣接した船舶の映像から線が伸び、街の中へと侵入していく。やがてそれは、一つの大きな噴水前で止まった。
噴水を中心に複数の路地が伸び、そこを通って街の主要施設へ迎えるような構造になっているようだ。
「街の制圧に主要施設を抑えるのは定石。その通り道の一つがここだ。前線でHazard達が奮闘してはいるが、何分、数で押し切ってきている。」
地図上には、噴水前と同じように点滅する箇所が複数映し出されていた。そのどれもが主要施設に通じる経路となっており、おそらくそこが、他班の担当区域なのだろうとカインは理解した。
「彼らの討ち漏らしを排除するのが、お前達だ。そう多くは来ないだろうが、ここを突破されたら制圧が完了してしまう。気を引き締めていけ。」
教官の激励に、三者三様の「了解。」と返答する。
(……こいつで、どこまでやれるかな……)
自身の膝を見つめ、そう心に呟くカイン。
突如去来した不安を振り払うように、カインは静かに地図を見つめていた。




