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そこは、とある施設の一角。
森の小道に沿うように流れる川と、その先に点在する小さな浮島。そこを越えると、森がより深くなり、さらに進むと岩肌が険しい地帯。
そんな一角を覆うように金網が立ち並び、その一枚一枚に『danger』と記された模様が付いていた。
一目で危険だとわかるその中に、一つの人影があった。
その前には、彼より一回り大きく、鋭い牙を携えた四足獣が唸り声をあげている。
今にも喉元を喰いちぎらんと睨む獣だが、その威圧感に臆する事なく、彼は剣を構えていた。
「…………」
死の淵に追い込まれているはずだが、その中でも呼吸は落ち着いており、真っ直ぐに獣を見据えていた。
その姿は一分の隙もなく、逆に獣の方が気圧されているようにすら見える。
「……っ!」
ーーそしてどちらからともなく、互いを屠るために動く。
獣の爪が届くより速く、剣が獣を切り裂いた。
「……ふぅ。」
相対した獣の死を確認し緊張を解くと、短く息を吐いた。
手にしていた剣をほんの少し強く握ると、柄から一瞬で炎に包まれ、その炎の消失と共に剣も消えていた。
「……さて、流石にこれ以上は試験に響くな。」
そう言った彼は、気持ち足早にその場を去った。
§
有史以来、人の営みは「争」の中にあった。
食料や土地を奪い合い、相容れぬと他者を排斥し合う。それはやがて憎しみとなり、互いに掲げた正義のもと立ち向かった。
それだけではなく、野生動物やモンスターの襲撃・狩猟に武器を取り、自らを守るために戦い続けた。
それが落ち着くと、一部は興業となり金を賭け、それまでとは一線を画す争いも生み出される。
そうした中、力あるものは生き残り、力なきものは淘汰された。
時代が落ち着き、少なからず手を取り合う者も現れたが、それでも力あるものが正義の時代は続く。
だからこそ、重宝される職業があった。
ーーそれこそが「傭兵」
ーーそして、その最高峰が「Hazard」である。
§
特殊傭兵育成機関「Graden」
「争」に関するあらゆる希求に応えるために存在する「傭兵」
その中でも高い戦闘力はもちろん、既存部隊との高水準の連携力と順応性、高度な作戦立案と指揮能力を有する傭兵ーー「Hazard」を育成し、運用している機関である。
Gradenの一つ「Aeria」
その訓練施設から、一つの人影が姿を現した。
燃え盛る炎のように赤い髪と、それより深く、しかし澄んだ紅い瞳が特徴的なその人は、先刻四足獣を屠った人物だった。
その人物はポケットから携帯端末を取り出すと、訓練施設の出入り口に設置してあるリーダーにかざした。リーダーが端末を読み取り、施設のドアが開錠される。
そして彼がかざしたリーダーのディスプレイに、簡単な一文が表示された。
『Hazard候補生』
『カイン・エルステッド』
『退場』
彼ーーカインがその扉を通ると、施設のドアは固く閉ざされた。
先ほどのような四足獣やモンスターが存在し、それらを相手にした訓練も行われる施設。内部でも金網で覆い、それらが外部に出ない対策を取ってはいるが、さらに強固なセキュリティで、Graden全体を守っていた。
施設を後にしたカインは、そこから見える巨大なエレベーターを囲うような噴水を回り、電子掲示板の元へと向かっていた。
「……もうそろそろのはずだけど。」
電子掲示板近くに辿り着いたカインは、携帯端末の時間を確認しながらそう呟く。
そんな彼の周りには、同様に時間を気にしている様子の生徒たち。
カインはその中に、一人の人物を見つけた。
「ロイド。」
ロイドと呼ばれた人物はカインの声に振り返ると、その逞しい腕を軽く挙げ応えた。
逞しい腕を裏付けるような大柄な体躯と、外にハネた眩い金髪が印象的な彼は、少々呆れた表情で返す。
「お前、こんな日にも自主練か?」
「こんな日だから、最終調整はしたいだろ?」
「まぁ否定はしねぇよ。オレも朝に軽く流してきたしな。」
カインが歩いてきた方向が分かるや否や、軽口で話すロイド。そして自身を棚に上げた発言に、思わず「おい」とカインが軽く脇を小突く。
和やかな雰囲気でやり取りをしていた二人だが、一瞬でその表情を引き締める。そこに一人の男性が現れたからだ。
現れた男性はタブレットを小脇に抱え、電子掲示板の前に立つと周りを見渡した。
「……揃っているな。」
放たれた言葉は酷く冷たく事務的だった。
「既に通達はいっているだろうが、改めて今回の実技試験について説明する。」
教官と思われる男性はタブレットに視線を落とすと、淡々と内容の説明に入る。
ーーこの日は、Hazard昇格の実技試験が行われる日であった。
教官曰く、近隣都市からの強引な合併・統治を拒否した結果、強行手段で自治権が奪われようとしてる街があるのだという。その侵攻の阻止として、AeriaよりHazardが派遣されているらしい。
今回の実技試験は、その戦地に赴き、現場Hazardの補助と市民の守護が命じられた。
……教官が途中、今回の派遣を理事長が破格の値段で受けた事をぼやくが、一同は意に介していなかった。
(……むしろ、あの理事長ならそうだろうな。)
そんな教官の話を聞き流しながら、カインは理事長の柔和な顔を思い出し、しかし再び教官の話に集中する。
「三人一組の班となって、持ち場に向かってもらう。班分けは、これから掲示するので、それを確認しなさい。」
そう言って教官がタブレットを操作した。次いで電子掲示板に班分けと氏名が掲示されていく。
その中から、自身の名前を探すカイン。彼の名前は、思いの外早く見つかった。
『B班』
『班長 バイル・フェストゥム』
『カイン・エルステッド』
『ロイド・ウェンドル』
「……おい、カイン。」
隣で同じく説明を聞いていたロイドが、カインに小さく声をかける。
「……あぁ。最悪だ……」
そう返したカインは苦虫を潰したような表情を浮かべた。
その時……
「……先生、その班変えてくれよ。」
カインの後ろから声が響き、教官に意見した。辺りの視線も、その者に集中する。
「バイル・フェストゥム、これは決定事項だ。変更はない。」
声の主ーーバイルの意見を、是非もなく一刀両断する男性教官。
だがバイルは臆する事なく更に続ける。
「こいつらが班員じゃあ、受かる試験も受からない。」
「はぁ?!」
カインたちを指差しそう言うバイルに対し、ロイドが声を荒げる。
今にも殴りかからん勢いのロイドを制し、バイルと向き合うカイン。
「そんなに言うなら、その上で合格を勝ち取ってみろよ。それとも、そんなに試験に自信がないか?だったら早々に辞退しな。」
そう言ってバイルを睨むカインの瞳は、血のように輝きを失い、嫌悪感が滲んでいた。
バイルもまた、緑髪の下に潜む瞳から、高い殺意が溢れている。
「やめろ、バイル・フェストゥム。カイン・エルステッドの言う通り、その状況を生き抜いてこそのHazardだ。それが出来ないと言うなら、教官室に来なさい。辞退の手続きをする。」
一触即発の空気を教官が破る。
さすがにこれは堪えたのか、バイルは小さく「……了解。」と言って引き下がった。それは果たして、どちらの意味での了解だったのか?
「はぁ……戦場へは、アースノアの港から海路で向かう。1500、制服に着替え、アースノア港に集合せよ。」
そう言って、教官はその場を後にした。そしてそれに習うように、他の候補生も散り散りになる。この場の空気を生み出したバイルまでもが、いつのまにか姿を消していた。
「ったく、自由な奴だぜ。」
そう言って悪態をつくロイドに、一人の女生徒が駆け寄った。
「ロイドくん、大丈夫?」
「おぉ、カノンか。オレは問題ねぇよ。」
カノンと呼ばれた女生徒は納得がいっていないようだが、そんな彼女を安心させるべく満面の笑みを浮かべるロイド。
その笑顔に満足したのか、他愛無い会話をしていると、カノンに付き添っていた女生徒が、僅かにカインに近づく。
「……しかし、嫌な口実を与えてしまいましたね。」
「あぁ……安い挑発だったのにな。やっちまったよ。」
おそらくバイルは、班長という立場を利用し二人に無理難題を押し付けるのだろう。そうして負担を背負うことになった二人は試験に落ち、そこでバイルはーー
『どんな状況でも生き抜くんだろ? 満足に戦えもしないで、よくもまぁ偉そうな事をほざいたものだな。』
ーーなどと言ってくるのだろうと考え、頭を抱えるカイン。
「シオンが羨ましいよ。」
そう言ったカインは、再び電子掲示板に目を向け、そこで今放った言葉を後悔した。
『A班』
『班長 ジン・ニューレイブ』
『カノン・アークライト』
『シオン・ルイス・ユーリエフ』
「……いや、ごめん。そっちも苦労しそうだな。」
彼女ーーシオンの名前を見つけたカインは、彼女の班を見てまた頭を抱える。こちらの班長も、バイルとは違った方向で癖があるので、二人の苦悩が窺い知れた。
「……バイルさんが班長であるよりはマシだと思います。」
そう言う彼女の表情は凍てついているかのように動かず、皮肉なのか本音なのかわからなかった。
「……まぁ、ここでぐだぐだ言ってても始まらない。お互い、ベストを尽くそうぜ。」
「はい。」
カインが気持ちを切り替えシオンにそう言うが、彼女の表情はやはり変わらない。しかし、いつもの事と気にせずロイドに声をかけた。
「ロイド、そろそろ準備に行くぞ〜。」
「おぅ、そうだな。そんじゃ、カノンたちも頑張れよ。」
そう言ってカノンとの会話もほどほどに、自室へ向かおうとするロイドとカイン。
「あ、待って二人とも!」
そんな二人を呼び止めるカノンは、シオンを手招いて彼らに近づいた。
「せっかくだから、円陣組もうよ!」
そう言ってカノンは自身の右手を差し出す。
「お、いいなぁ。いっちょ気合い入れるか!」
ロイドがノリ良くカノンの手に自身の右手を重ねた。次いでカインが手を重ねた。
「できれば、俺たち全員合格してまたこうしたいな。」
「そうですね。……では、ご武運を。」
最後に手を重ねたシオンの表情は、一瞬柔らかくなった気がしたが、再び引き締められていた。
「絶対合格するよ〜!!」
「おぅ!」
「あぁ!」
「えぇ。」
カノンの号令に三者三様の返事をし、互いの健闘と再会を誓った。




