一話:火の音
熱い。エルドは、周りが燃えていることに気がつく。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
肉をえぐるような音がする。
音の方に目を向けると、母が四本腕の魔族に体を引き裂かれていた。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
その光景にエルドは激しい吐き気を覚え、えずく。
やがて、その魔族はエルドに気がつく。その顔がこちらを見る。
笑っている。顔が裂ける程に醜く笑っている。
エルドは手を魔族に向ける。魔法であいつを殺すしか方法はないと思った。
エルドは、詠唱を省いて魔法を使うことができた。
頭の中で魔法を唱えるが、魔法が出ない。
原因を探すエルドの目に、血を吹き出す腕が写る。手首より先は地面に落ちていた。
落ちた手がのたうち回る。痛みによって地面に倒れたエルドと一緒に。
熱い。痛い。熱い。
地面で暴れているエルドの視界にこちらに手を伸ばす母が見えた。
少年は反射的に、血を噴出したままの手を伸ばす。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「母さん!!!!」
エルドの叫びは村ではなく、部屋の中に響いた。
「私はイアじゃないよ。ごめんね。」
エルドは、混乱する。
火の音が聞こえる。さっきまで聞いていた轟々と盛る炎ではなく、ぱちぱちと暖炉の火の音。
イアは、父や村の人が母を呼ぶときの愛称だった。
少しずつ理解する。エルドはベッドの上で上体を起こし血の吹き出していない、しかも手首から先もしっかりと付いている手を母ではなく、暖炉の前の椅子に座る白髪の少女に向けていた。
先ほどまでの熱や痛みが夢であったことに気が付いた。ひどく汗をかいていた。
どこまでも深い真紅の瞳に目を奪われる。少女は、人形のような冷たさを孕んだ、どこか悲しい顔をしていた。
少女といえども、エルドより年上、なんなら大人であるようにエルドには感じられた。
行き場のない手を力なく下ろす。
夢…だったのか。きっとそうだ。
そんな淡い希望を抱いた。
「私が遅かった…だから…。イアは…。」
少女は俯き、拳を強く握る。その手が震える。暖炉の炎が冷たい彼女の髪を照らす。
エルドにその先の言葉は必要なかった。
記憶と現在との状況の差異からくる希望的観測は打ち砕かれた。
「イアは……ごめん…エルド…っ…ごめん…。」
先ほどまで、無感情で人形のような冷たさをもった、どこか姿以上に大人びた目の前の少女が急に泣き出してエルドは、父の言葉を思い出す。
三つしたの妹のように思っていた友達が、怪我をして泣いてしまった時どうすればいいかわからなかったエルドに、父は「女の子が泣いているなら、お前がどれだけ辛くても胸に抱いてやるのが男だ。」と言った。
エルドは立ち上がる。体がだるく、節々が痛む。ぎこちない足取りで泣いている少女の方へ歩く。
椅子に座る少女に合わせてエルドは膝をつき、少女の頭を胸に抱く。セキチクの甘い香りがする。
父の言葉が少年を男にしたのか。少女が妹のように思ってた友人と重なったのか。
それらの全てかもしれない。
少女は少し驚いた後に、エルドに重さを預けて涙を流した。時折ごめん。ごめん。と震える声で独り言のようにつぶやく。
エルドが涙を流すことはなかった。
恐怖のために、痛みのためには涙が出るのに、母が、みんなが死んだことに涙が出ないことが不思議だった。
悲しくないわけではない…と思う。
エルドは、自分の中にあるはずの感情を見つめれど、そこにあるのは穴…というか、何もないというか、とにかく自分の中の感情が死んでしまったような錯覚に陥った。
しばらく少女の背中を撫でてやった後、少女は感謝のエルドに残し、顔を洗ってくると言い残して部屋を後にした。
エルドは、ベッドに戻ろうと一歩踏み出した。その瞬間、激しい痛みが心臓を襲った。
「ーっあがっーーがっーー」
こみ上げる悲鳴を口から噴き出す血泡が阻止した。エルドはひどい渇きを感じた。
痛い。痛い。これは、やばい。
散々のたうち回ったのち、エルドの意識は闇に落ちた。




