二話:血の味
「ーード、ーールド!」
音がする。意識が覚醒してくるにつれその音が自分を呼ぶ声だとわかる。
柔らかなベッドの感触を覚える。エルドはひどく渇いていた。
重すぎる瞼をこじ開け、目に光が飛び込んでくる。そこには、白髪に真紅の瞳の少女と、灰色の髪に褐色の肌に狼のような耳を持つ女がいた。
エルドが目を開いたのを見るや否や、少女がエルドに抱きつく。セキチクの甘い香りがした。
と、同時に体がひどく痛む。
エルドはとてもひどく渇いていた。
それは本能的な衝動だった。エルドには、エルドを抱いている少女の目の前にある色白で美しい肩がとても甘美な果実に思えた。瑞々しく、甘い。渇きを満たすそんな果実。
衝動。抑えられない。呼吸ですらその制御を失い、過呼吸。鼓動が早くなる。理性と衝動が戦うが、結果は一方的なものだった。
エルドは上体を起こし少女と抱き合う格好をとる。そして、口をいっぱいに開き、果実にかぶりついた。
「ーーっ」
口内を満たす潤い。血とは鉄臭いものであると思っていただろうが、それは甘かった。
獣のように肩に嚙みつくエルドの中を快感と満足感が満たしていく。
突然のことに、少女は一瞬体を震わせたが、ふっと笑いエルドの頭を優しく撫でる。
「そっか、そうなるのか。私は逃げないから、ゆっくり飲みなさい。私のかわいいエルド。」
少女はエルドを抱く手により一層強く力を込めた。赤子に乳をやる母のように、優しい笑みを浮かべながら、エルドの頭を撫でた。
エルドは少女から生まれた覚えも、そもそもあったことすらなかったが、何か母親に似た繋がりというか、暖かさを感じていた。血の味が体を満たし、力が湧いてくるような感覚がする。
やがて、エルドの渇きが満たされたとき、理性が戻ってきた。抱き合う姿勢を解消し、口元についた血を手で拭う。赤い。血だ。俺は血を、吸った。
今までの常識からすると異常な行動で、初対面の少女を傷つけた事実を目に孕み、目の前の少女を見つめる。若干の気まずさ、やってはいけないことをやったときの気分だった。少女が口を開くまでの数秒、やってしまったことに対して、どうすればいいのかわからなかった。
「ふふっ。美味しかった?私の血。私も推測くらいだったから、ちょっとびっくりしたけど。」
そう言って少女は再びエルドの頭を腕で体で包み、頭を暖かく撫でる。
「大丈夫だから。大丈夫。」
そのぬくもりにエルドは母を思い出した。その母はもうこの世居ないという事実も。
エルドは泣いていた。少女の胸に頭をうずめる。肩が震える。号哭。
少女はそれにこたえるように、大丈夫と言い聞かせるように頭をなで続けた。
ベッドの隣で狼の耳の女は居場所が悪いような、若干の気まずさを持ってその様を見ていた。
女には暖炉の音がいつもよりも大きく聞こえた。




