第八話 零度の扉
ブレインフリーズ
第八話 零度の扉
E-00が現れてから三日が過ぎた。
施設『零度』は表向きは平静を取り戻していた。
しかし職員たちは慌ただしく動き回り、廊下では今まで見かけなかった警備員の姿も増えている。
何かを隠している。
涼はそう感じていた。
「退屈?」
食堂で雪村つむぎが声を掛ける。
「まあ……。」
「じゃあ散歩しよう。」
「外に出られるの?」
「敷地の中だけね。」
二人は施設の裏山へ続く遊歩道を歩いていた。
山の風は涼しく、街の暑さが嘘のようだった。
「ねえ。」
つむぎが空を見上げる。
「能力ってさ。」
「うん。」
「便利だけど、不自由だよね。」
涼は苦笑した。
「確かに。」
「未来が見えても三秒だけじゃ、宿題も答えられないし。」
二人は笑う。
そんな普通の会話が、少しだけ涼を安心させた。
その時だった。
遊歩道の脇に、小さな石碑があることに気付く。
苔むしていて読みにくい。
手で汚れを払う。
そこには、
零度観測所跡
と刻まれていた。
「観測所?」
「こんなのあったっけ?」
つむぎも首をかしげる。
「初めて見た。」
石碑の裏には、古びた鉄の扉が半分だけ土に埋まっていた。
鍵は掛かっていない。
ギィ……
扉を押すと、冷たい空気が流れ出してくる。
「地下?」
懐中電灯もないまま階段を下りていく。
地下は古い研究施設だった。
壁には錆びた配管。
割れたモニター。
長い間放置されていたように見える。
「ここ、本当に施設の中?」
つむぎがつぶやく。
その時。
奥の壁一面に、巨大な円形の扉が現れた。
白い金属。
中央には雪の結晶。
そして、その下に文字。
ZERO
「零度……。」
涼が近付く。
扉には手形ほどの丸い窪みがあった。
「触るな!」
突然、神崎の声が響く。
振り返ると、職員たちが駆け込んできていた。
「どうしてここへ!」
「散歩してたら……。」
「ここは封鎖区域です!」
神崎の声は、これまでになく厳しかった。
しかし。
涼は既に窪みに手を置いていた。
カチッ。
乾いた音が鳴る。
誰も触れていないはずの巨大な扉が、
ゆっくりと動き始めた。
「まずい!」
職員たちが叫ぶ。
ゴゴゴゴ……
長年閉じられていた扉が少しずつ開いていく。
扉の向こうは真っ暗だった。
いや。
暗闇ではない。
白い雪が降っていた。
地下のはずなのに。
冷たい風が吹き込む。
「雪……。」
真夏なのに。
その景色だけは冬だった。
そして雪の中に、一人の老人が立っていた。
白衣姿。
穏やかな笑顔。
「ようやく来たね。」
涼は息をのむ。
どこかで見た顔だ。
第六話でブラウン管モニターに映っていた老人だった。
「君を待っていた。」
老人はゆっくり手を差し伸べる。
「十三番。」
その瞬間、涼の頭に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
かき氷は食べていない。
それでも頭がキーンと鳴る。
視界が白く染まり、
老人の姿も、
雪景色も、
すべて光の中へ溶けていった。
神崎は叫ぶ。
「涼!」
しかし、その声はもう届かなかった。
白い光が涼の姿を包み込み、完全に視界から消えた。
そこには、雪だけが静かに降り続いていた。
第九話 十三番の世界へ続く。




