第九話 十三番の世界
ブレインフリーズ
第九話 十三番の世界
白かった。
音も、景色も、空気さえも。
白瀬涼が目を開けると、一面の雪原が広がっていた。
空と地面の境界が分からない。
風は吹いているのに寒くない。
「ここは……。」
「ようこそ。」
背後から老人の声がした。
白衣を着た老人は、まるで旧友に再会したように微笑んでいる。
「ここが、十三番の世界だ。」
「俺は……死んだんですか?」
「いや。」
老人は首を横に振る。
「君の身体は向こうにある。」
「では、ここは夢?」
「夢でも現実でもない。」
老人は雪を一握りすくい上げる。
雪は光の粒となって空へ消えた。
「人の意識だけが来られる場所。」
「能力者だけが辿り着ける場所だ。」
涼は周囲を見回した。
雪原のあちこちに人影がある。
近づいてみると、それは人ではなかった。
氷の像だ。
老人。
少女。
子供。
百体以上並んでいる。
「これ……。」
「歴代の能力者たちだ。」
「え?」
「正確には、彼らの記憶の欠片。」
「能力って、一体何なんですか。」
老人は少し考え、
静かに答えた。
「人間の脳は、本来もっと多くのことができる。」
「だが、それでは世界が壊れる。」
「だから制限がある。」
「条件付き能力……。」
涼がつぶやく。
「そう。」
「能力とは才能ではない。」
「制限そのものなんだ。」
老人は雪原の奥を指差す。
そこには巨大な一本の樹が立っていた。
葉は一枚もない。
代わりに無数の氷柱が枝から垂れ下がっている。
「記憶樹。」
「能力者の記憶は、最後にはあそこへ集まる。」
「じゃあ俺も?」
「いずれ。」
その時だった。
ガシャン。
どこかで氷が割れる音がした。
一本。
また一本。
氷の像に亀裂が走る。
「まずい。」
老人の表情が初めて変わる。
「時間がない。」
「何が起きてるんです?」
「向こう側で扉が開いた。」
一方その頃。
施設『零度』。
神崎たちは巨大な扉の前で立ち尽くしていた。
扉は開いたまま。
しかし、その先には何もない。
雪景色は消えていた。
ただ白い壁があるだけだった。
「消えた……。」
職員が呟く。
「白瀬くんは?」
誰も答えられない。
その時。
警報が鳴る。
『施設全域に非常警報。』
『E-07、E-08侵入。』
『さらに未確認能力者一名。』
「またか!」
神崎が駆け出す。
正面ロビー。
E-07とE-08が並んで立っていた。
そして、その後ろ。
黒いコートの少女。
E-00。
三人は静かに神崎を見つめる。
「迎えに来たよ。」
E-07が笑う。
「十三番を。」
神崎は拳を握る。
「渡すものか。」
E-00は首を横に振った。
「違う。」
「あなたたちには止められない。」
少女は静かに言った。
「だって。」
「十三番は、自分で思い出すから。」
その瞬間。
雪原にいる涼の頭へ、再び激しい痛みが走る。
キーン――。
今回は、かき氷ではなかった。
能力でもなかった。
封じられていた記憶が、一気に溢れ出す。
十三人の子供。
雪山。
研究施設。
老人。
そして。
自分自身が、笑いながら言う。
「もし失敗したら。」
「みんなの記憶、僕が預かる。」
涼はその場に膝をついた。
「……思い出した。」
老人は静かに目を閉じた。
「そうか。」
「君は。」
「最初から十三番だったんだ。」
第十話 ブレインフリーズへ続く。




