第十一話 零度の約束
ブレインフリーズ
第十一話 零度の約束
施設『零度』の照明が落ちた。
非常灯だけが赤く廊下を照らしている。
静寂。
誰も動かなかった。
神崎は目の前の白瀬涼を見つめていた。
「……本当に、白瀬くんか。」
涼は静かに頷く。
「俺は白瀬涼です。」
一拍置いて、
「そして、十三番でもあります。」
E-07が笑った。
「だから迎えに来たんだ。」
「君は僕たちの仲間だから。」
涼は首を横に振る。
「違う。」
「え?」
「俺は思い出した。」
「だからこそ、君たちとは行けない。」
E-08が初めて感情を表に出した。
「まだ人間の味方をするの?」
その一言で空気が凍りつく。
神崎たちも身構える。
しかし涼は穏やかだった。
「違う。」
「人間とか能力者とか、そんな話じゃない。」
頭の中に、二十年前の最後の記憶が蘇る。
研究施設が崩壊する直前。
十三人の子供たちは泣いていた。
「怖いよ。」
「帰りたい。」
その時、幼い十三番は皆に言った。
「大丈夫。」
「もし失敗しても。」
「みんなの記憶は僕が預かる。」
「また会えるように。」
涼はゆっくりと三人を見る。
「君たちは約束を守ってくれた。」
E-00が微笑む。
「やっと思い出した。」
「でも。」
涼は続ける。
「約束は、迎えに来ることじゃない。」
その瞬間。
施設全体が再び揺れた。
天井の亀裂が広がる。
白い光が隙間から漏れ出す。
神崎が叫ぶ。
「空間崩壊が始まっている!」
老人の最後の言葉が蘇る。
能力は思い出すためのもの。
涼は目を閉じる。
頭がキーンと痛む。
誰もかき氷を食べていない。
それでも痛みは続く。
「白瀬くん!」
神崎が叫ぶ。
「今なら分かる。」
涼は静かに言った。
「俺の能力は毎回変わっていたんじゃない。」
紙コップを止めた。
空き缶を浮かせた。
街灯を戻した。
すべて違う能力だと思っていた。
だが違った。
「俺は……。」
「必要な能力を思い出していただけなんだ。」
白い光が涼を包む。
施設の壁に走っていた亀裂が、ゆっくりと閉じ始める。
崩れていた天井が元に戻っていく。
壊れたガラスも、
折れた柱も、
時間を巻き戻すように修復されていく。
「これは……。」
神崎が息をのむ。
E-07は寂しそうに笑った。
「そういうことか。」
E-08も静かに目を閉じる。
E-00だけは涙を流していた。
「終わるんだね。」
「うん。」
涼は頷く。
「もう終わらせよう。」
十三人の記憶が、一人、また一人と白い光になって空へ昇っていく。
E-07の身体も光になり始める。
「僕たちは……。」
「最初から。」
「ここにいる必要なんて、なかったんだ。」
E-08が微笑む。
初めて見せる笑顔だった。
「ありがとう。」
E-00は最後に涼の前へ歩み寄る。
「約束、守ってくれてありがとう。」
「君は?」
「私は……。」
少女は少し照れくさそうに笑う。
「十二番。」
そう言って、雪のように静かに消えていった。
施設は静寂を取り戻していた。
警報は止み、
赤い非常灯も消え、
いつもの白い照明だけが廊下を照らしている。
神崎は長い沈黙のあと、小さく尋ねた。
「全部、終わったのか。」
涼は窓のない天井を見上げた。
「まだ。」
「あと一つだけ。」
その言葉とともに、彼はゆっくりと冷凍庫のある食堂へ向かって歩き出した。
第十二話 ブレインフリーズ(最終話)へ続く。




