第十二話 ブレインフリーズ
ブレインフリーズ
第十二話 ブレインフリーズ
食堂の冷凍庫の前で、白瀬涼は立ち止まった。
中には、職員や能力者たちのために買い置きされたカップかき氷が並んでいる。
いちご。
メロン。
ブルーハワイ。
レモン。
あの日、屋台で初めて食べたブルーハワイもあった。
「本当に終わるのか。」
神崎が後ろから声を掛ける。
涼は静かにうなずいた。
「たぶん。」
「たぶん?」
「やってみないと分からない。」
カップのふたを開ける。
スプーンですくい、
一気に口へ運ぶ。
冷たさが喉を抜ける。
「――っ!」
激しい痛み。
ブレインフリーズ。
世界が一瞬だけ真っ白になる。
しかし今回は違った。
能力を使おうとは思わなかった。
浮かせようとも、
止めようとも、
壊そうとも。
ただ一つだけ願った。
「……もう、終わってくれ。」
痛みは今までで一番長く続いた。
施設全体が静かに震える。
壁を白い光が走る。
天井から、雪が降り始めた。
真夏の地下施設に、
静かな雪が舞う。
誰も動けない。
ただ、その景色を見つめていた。
雪は床へ落ちる前に、
光へ変わって消えていく。
一つ。
また一つ。
まるで誰かの記憶が空へ帰っていくように。
涼の頭の中から、
十三人の記憶が少しずつ薄れていく。
研究施設。
雪山。
老人。
E-00。
E-07。
E-08。
みんなの顔が、
優しい光になって溶けていく。
最後に、
幼い十三番が振り返った。
「ありがとう。」
それだけ言って笑った。
その笑顔も、
静かに消えた。
キーンという痛みが止む。
施設は元の静けさを取り戻していた。
神崎が恐る恐る尋ねる。
「……どうだ?」
涼は何度か手を見つめる。
近くのコップを見つめる。
浮け。
何も起こらない。
壁を見る。
止まれ。
何も起こらない。
小さく笑った。
「終わりました。」
三か月後。
夏休みが終わり、
白瀬涼は学校へ戻っていた。
「白瀬ー!」
友人が教室から手を振る。
「アイス食いに行こうぜ!」
涼は思わず苦笑した。
「今日は遠慮しとく。」
「なんで?」
「ちょっとな。」
理由は話さなかった。
放課後。
駅前を歩く。
あの日と同じ場所に、かき氷の屋台が出ていた。
「兄ちゃん!」
店主が覚えていた。
「今日はブルーハワイ?」
涼は少し考え、
首を横に振る。
「今日は、いりません。」
「そうかい。」
店主は笑顔で次のお客に向かった。
涼は空を見上げる。
入道雲がゆっくり流れていく。
不思議な夏だった。
世界は元に戻った。
能力もない。
特別な使命もない。
だけど、
どこかで誰かと約束を交わしたような、
そんな温かな気持ちだけが胸に残っていた。
その夜。
施設『零度』は閉鎖された。
Project Frostの資料は封印され、
能力者に関する記録も、静かに歴史の中へ消えていった。
神崎は最後の書類へ一行だけ書き加える。
被験者十三番 計画完了。
その下へ、小さく鉛筆で付け足した。
もう二度と、思い出さなくていい。
書類を閉じる。
窓の外では、季節外れの雪が一片だけ舞い、すぐに夏の風へ溶けて消えた。
完




