勉強は、自分の知識で人を喜ばすためにするもの
おじいちゃんに会うには、3分ほどかかる。いつものキラキラした時空の壁を抜け到着した目の前のおじいちゃんは、心なしか顔色が悪かった。
「体調悪そうだね。大丈夫? 」
「おー、りょうちゃんか。お前の顔を見るとなんだか元気が湧き出てくるよ。今日はなんかいい報告があるのかい?」
「おじいちゃん、僕はとっても学校が楽しいんだ。2年生の時にはほとんどいなかった友達が、今では信じられないくらいに増えて、もう1人で行動する事がほとんどないくらいの人気者になれたんだ。毎日が楽しくて、学校に行きたくないって思っていた事が嘘のようだよ!!」
「そうか、そうか。よかった、よかった!!」
おじいちゃんは、僕の変化がとてもうれしかったようで満足そうに微笑みながらベッドから起き上がった。そして、ベッド脇に置いてある切り分けられたリンゴを僕に差し出したのちこう話し始めた。
「りょうちゃん、友達がいないという問題が解決した理由が分かるかい?」
「そんなの簡単だよ!!おじいちゃんの教えを実行したからに決まっているよ!!」
僕は、自信を持ってそう答えた。
「もちろんそれもあるよ。でも、なぜわしの教えを実行すると友達がいないという問題が解決したんじゃ?」
「うーん、それは・・・」
おじいちゃんは、ニコニコとしながら僕が助けを求めるのを待っていた。
「少しヒントをくれない?」
「仕方ないのう。じゃあ、そこに置いてある空のペットボトルに水を汲んできてくれないか?」
僕は、おじいちゃんの指示通り水道の水がいっぱい入ったペットボトルを準備した。
「汲んできたよ。これをどうするの?」
「そこのお盆の上に、一滴垂らしてみな」
「垂らしたよ」
「何か変化が起きたかい?」
「一滴ぐらいじゃあ何も起こらないよ」
「アハハ!! じゃあどんどん垂らしてみな!!」
おじいちゃんが何を伝えたいのかは理解できなかったが、それでも言われた通りお盆に水滴を垂らしていった。
「お盆の右上の方で水滴がくっついた」
「そうか、そうか。いい感じじゃ!! 遠慮なくどんどん垂らすんじゃ!!」
「今度は左下でくっついた」
「もっと もっと!!」
おじいちゃんが言うように水滴をたらしていくと、隣どうしの小さな水滴がくっつきお盆のいたる所で少し大きめの水滴の塊が複数個できた。
「じゃあこれが最後じゃ。もう一滴垂らしてみな!!」
「あっ!! お盆の真ん中で全ての水滴がくっついた!!」
そう僕が叫んだ瞬間、一気にお盆の外に向かって水滴が流れ出した。
おじいちゃんは、小学3年生の僕が理解できるかを見定めるため、僕の目を見ている。そして僕にこの話を十分に理解する能力があると判断すると、温かくやさしい表情で話しを続けた。
「水滴が一気にお盆の外に流れ出したという現象は、物事が動き出す時に似ているんじゃ」
「ん?? どういうこと?」
「う~ん、そうじゃのう・・・。じゃあ、友達がいないという問題が解決した理由の答えを考えてみるか」
そう言っておじいちゃんは、ベッドわきに置いてあった残りの切り分けられたリンゴを一口食べた。
「あの時のりょうちゃんのお盆の上には消極的で友達ができないという水滴とミーサーという時空を行き来できる神様と知り合ったという水滴が隣どうしに垂らされていたんじゃ。ここまで話すと、わしとりょうちゃんが出会えた理由は分かるじゃろ?」
「そういう事か!!僕はおじいちゃんと会えたことは運が良かった程度にしか思っていなかったけど、実はその2つの水滴の結合によるものだったんだね!!」
「その通りじゃ」
目を輝かせ話を食い入るように聞く僕を、おじいちゃんはうれしそうに見つめ更に話を続けた。
「どんどん垂らされていく水滴の中に、わしからアドバイスを貰うという水滴と、アドバイスを実行するというりょうちゃんの実行力という水滴と、砂場遊びが好きだという水滴が結合したところに、マー君の登場という最後の一滴が垂らされたわけじゃ。するとすべての水滴が結合しお盆の外に向かって流れ出したんじゃ」
「物事が一気に動き出したという事だね!!」
僕は、頭の中で絡まっていた糸がゆっくりとほどけていくような感覚に陥った。
「おじいちゃん良く分かったよ。“友達がいない状態からたくさんの友達に囲まれるようになった”理由は、僕の中で沢山の水滴が結合したというのが答えだね」
「りょうちゃん、その通りじゃ!!」
「でも面白いね。到底くっつくはずのないように思える全く別分野の水滴が不思議なことに結合し大きな成果を上げるんだね」
「おお!!りょうちゃん、いいことに気付いたね。だから今君がすることは分野に問わずいろいろなことにチャレンジしてどんな水滴でもいいからできるだけたくさん集めることじゃ。それらの水滴がチャンスをつかましてくれたり、君の長い人生の中で襲ってくるであろう苦難や困難を解決してくれたりするじゃろうからな!!」
「たくさんの水滴集めだね。おじいちゃんやってみるよ!!」
相変わらず体調は悪そうだったが、ニコニコと笑いながら僕の質問に丁寧に答えてくれるおじいちゃんは少し顔色が良くなってきた。
「おじいちゃん。もう一つ質問をしてもいい?」
「なんじゃい? わしに分かることは何でも答えるぞ」
「最近ママが勉強をしなさいってうるさいんだ。でも僕は、なぜ勉強をしなくてはいけないのか分からないんだ。おじいちゃん、勉強って何のためにするの? 」
おじいちゃんは僕に分かりやすいように、丁寧にかみ砕いて説明を始めた。
「りょうちゃんは人に親切にしたことはないかい?」
「あるよ。この前駅で切符を買えなくて困っていたおばあちゃんを助けてあげたんだ」
「それは偉いね。でもなんで小学3年生のりょうちゃんが切符を買うことを手伝えたんだい?」
「僕は、電車が好きだから切符を買うのは簡単さ!!」
「じゃあ、電車好きのりょうちゃんはなぜどの電車がどこに行くかが分かるんじゃい?」
「毎日インターネットで路線図を見ていたからさ!!」
「なるほど。りょうちゃんは毎日路線図を見る事によって、どの電車がどこに行くかの知識を身に着けたんだね」
「そうだよ!!」
そう胸を張って答える僕の頭をなでた後、おじいちゃんは話を続けた。
「りょうちゃん分かるかい。それが勉強じゃよ 」
「ん? どういう事?」
「勉強はね、学校で習う算数や国語だけじゃないんじゃ。自分の知らない事や興味のあることを学ぶことが勉強なんじゃ」
「じゃあ、知らないことや興味のあることを学ぶために漫画を読むことだって勉強って言えるの?」
「もちろんじゃよ。知らないことを学び知識を増やすことはすべて勉強じゃ。漫画でも小説でもテレビでもインターネットでも何を利用してもいいんじゃ」
「りょうちゃんはインターネットを使って電車の知識を深めたって言ってたね。その深まった知識はおばあちゃんの切符を買ってあげる事に繋がったじゃろ!!喜んでいるおばあちゃんの顔を思い出すと嬉しかったんじゃないかい? どうだい、何のために勉強するのか分かったかい? 」
しばらく沈黙が続いた後、僕の頭の先から足の指の先までに電気が流れた。
「そうか!! 分かったよ、おじいちゃん。 勉強は自分の知識を使って人に喜んでもらうことをするためにやるもんじゃないかな!!」
おじいちゃんは、満足そうな表情をしている。
「りょうちゃん、素晴らしいよ!!合格点じゃ!!」
「ありがとうおじいちゃん!!」
「でも、まだ悩みは解決してないよ・・・」
「ん? なにがひかかっているんじゃ?」
「ママはおじいちゃんが言うように知識を増やすために漫画を読んでいたとしてもいい顔をしないんだ。やっぱり学校の勉強は大切なの?」
「うーん、大切かそうじゃないかは、今の時点ではわしには分からないよ。でもさっきの水滴の話を思い出してごらん。学校の勉強も人生の上では1つの水滴じゃ」
「1つの水滴?」
「そうじゃ。がんばって勉強をして能力を伸ばしておくといずれりょうちゃんの人生に大きく影響を及ぼすはずじゃ。いいと思うことは全部チャレンジする事をわしは薦めるよ」
「チャレンジかぁ・・・・。やってみるよ、おじいちゃん!!僕は子供だから将来の事は全く分からないけど、今はいろいろなことにチャレンジをしてたくさんの水滴を集める事に専念してみるよ!! きっとその水滴が将来の僕がやるべき役割に導いてくれると思うからね!!」
「りょうちゃんはとても頭のいい子じゃ」
そう言って、おじいちゃんは長時間の僕との話につかれたのか、スヤスヤと眠ってしまった。
現実の世界に戻った僕は、リビングのソファーに寝転んだ。そして、何気なくつけたテレビのニュースで世界最新医療の特集として難病が治るという医療機器を開発した業者が取り上げられていた。
開発した社長さんがその病院を訪れる場面では、患者さんやその家族が涙を流しながらお礼を言っていた。社長さんも、患者さんと抱き合って喜んでいた。
社長さんのインタビューでは、「私が小さい頃は、夢のない少年だった。でも化学や物理が好きで一生懸命勉強し大学院まで進んだ。その時の知識や経験が、自分でも想像のできないくらいの素晴らしい医療機器を開発することが出来るきっかけとなった。ここにおられる患者さんが病気を治すことに成功して元気な姿が見られたことはとてもうれしい」とコメントをしていた。
僕は、その映像を見ておじいちゃんが言う水滴の意味をここではっきりと理解した。
その日から僕は、友達と遊ぶ以外の時間はすべて勉強に使った。
今している、勉強は何に役立つのかは分からない。
でも成績がどんどん上がっていっているのは事実だ。
勉強は、自分の知識で人を喜ばすためにするもの。
よいことはチャレンジし、水滴を増やしていく事。
この思いが僕を突き動かしている。
夕食が終わり子供部屋で勉強していると、かすかにリビングからパパとママの話し声が聞こえた。
「パパすごいでしょ。ママのアドバイスでりょうちゃんが勉強に興味を持ちだしたよ。ママの言葉って人を動かす力があるんじゃないかな」
「その通りだママ。君は本当にすごいぞ!! 」
僕は、思わず吹き出してしまった。




