#9 甘い夕暮れ
俺は驚愕した。胡夏の部屋には俺のグッズをはじめ、色々なVtuberのグッズで埋め尽くされていた。千冬が言った通りthe女の子って言う部屋だ。勉強机と思われる物の上には、高そうなルームフレグランスが置いてあり、それがこの部屋の雰囲気をより一層醸し出していた。
そして俺が何より気になったのが、デスクの上にある配信機材セットだった。しかもパソコンもしっかりある。
俺は興味本位で聞いてみたのだが。
「胡夏さんって何のゲームの配信者なの?」
そう言うと胡夏さんは黙り込んでしまった。
やべ……ノリと勢いで聞いてしまったけど普通こういうことは容易く聞いたらヤバいんじゃ……!?
晃司がやってしまったという表情をしていると胡夏は恐る恐る口を開いた。晃司は息を呑んだ。
「私、実はあのアイドルVtuberグループで配信活動をしている、6期生の月草 幻夢なんだ」
…………えっ。
俺は文章の意味を理解するのに10秒かかり、そして突如口に出された胡夏=6期生アイドルVtuberという方程式が成立するのかがわからなく、おまけに千冬も表情を何一つ変えないので余計に混乱してきた。
「驚かせてごめんね。実は私、胡夏と知り合いだったんだよね。この家にも来たことがある。さっき固まったのはそういうこと」
まさかの千冬と胡夏は知り合い。何がどうなってる?驚きのあまり声も出ず、身動きひとつすら取れない。
「ほら、胡夏。いや幻夢ちゃん。証拠見せてあげなよ」
千冬がそう言うと胡夏さんはパソコンを起動して、YouTubeを立ち上げる。そして胡夏さんが自前のステッカーなどでコーディングされたマウスカーソルを『マイページ』に合わせてクリックすると、確かにそこには『genmu.ch 月草 幻夢』と書かれていた。投稿している動画や最近行ったライブ配信の内容まで完全一致。
「マ…………マジかよ、じゃあ俺は最初に汐と胡夏さんと俺の三人で行ったカラオケから……」
「隠していてごめんなさい。私、隠し事をしながら生活すると言うことが昔から辛くて……あと、大好きな人に隠し事をしておくだなんて、ダメだと思っていたので」
そして胡夏さんは出会いから付き合うまでプラス、その後の行動の意図も全て話してくれた。
「もう、マジかの一言しか出てこないや……あの月草 幻夢の中の人張本人と今までデートとか、一緒にゲームしたりしていたのか」
俺は今まで“初めて“の恋愛という体験をしていたのに、本当はそれ以上、10万倍は凄いことをしていた。こんな俺なんかが……月草の彼氏……か。流石に申し訳なさすぎる。しかもこんなことバレたら即ネットニュース記載&大炎上……俺のせいで2人とも……
そう思いながら、俺は自然と距離をとっていた。
「ちょっとごめん」
「あっ」
俺は恐れの余りその場にいられず、胡夏さんの部屋を飛び出してしまった。
ここまで仲良くなったのに。これ以上は無理かもしれない。
胡夏さんにはごめんだけど、俺なんかのせいで、胡夏さんのキャリアが終わってしまうなんてことがあってはいけない。
胡夏はゲーミングチェアの上でうずくまっていた。
「……やっぱり無理だよね。わかってた。いつかこうなる運命は見えていたんだ。言わなかったらいつか炎上する。これでいいんだ」
胡夏の様子を見るに、だいぶやられてしまっている。その顔には諦めの表情と、悲しみの涙が浮かんでいた。
「私が……Vtuberじゃなかったら……!春江さんともっといろんなことができたのに……!○○○(ダメです)とかもしたいのに……!」
次第に声が涙声に変わっていく、そんな胡夏が放って置けず、私は声を荒げた。
「胡夏はそれでいいの?胡夏の意思でここまで関係を築けたのに。秘密のせいで引かれたくらいで諦めていいの?もう昔のままでいたくないんでしょ!?とにかく、私は今から連れ戻してくるから」
私は胡夏に喝を入れるように荒げた口調で言葉をかけた後、すぐさま晃司の後を追った。私はこれ以上、胡夏が悲しむところを見たくない。私は胡夏の全てを知っているから。
「やっと見つけた」
「ち、千冬」
晃司は胡夏の家の近くにある公園のベンチにいた。ここも、胡夏と何回も来たことがある、思い入れの公園だった。少し古く見える滑り台。そのそばにある比較的新しめなブランコ。全ての思い出がフラッシュバックしてくる。あのタコのような滑り台でよく相談を聞いていたりした。
懐かしいと思いながら、晃司のそばに行く。しかし、横に座っても晃司は見てくるだけで何も言わなかった。
「何でどこかへ行ったの?胡夏待ってるよ」
晃司は喋ってくれない。私はもう一度念を押す。
「ねぇ。どうして急にここまで逃げてきたの?」
その声の圧に負けたのか晃司はゆっくり話し始めた。
「…俺思ったんだ。胡夏さんが本当にVtuberなんだから、この俺と恋愛しているってバレたら大変なことになる。最悪胡夏さんがクビになる可能性だってある」
確かにそうかもしれない。
「そうだけどさ、胡夏は晃司が急にいなくなったからすごい悲しんでたよ」
「それは申し訳ないと思ってる。だけど俺のせいで胡夏さんのキャリアを傷つけることなんて絶対あってはならない」
私は無意識に心の中で憤慨の念を抱いていた。胡夏さんを泣かせるのは許せないという本心からだろうか。
あともうちょっとで爆発しそうなところで、晃司から聞かれた。
「てか、千冬。お前だよお前。何でお前胡夏のことこんなに知ってるんだよ。友達だろうとVtuberのことは普通言わないもんだろ?お前らなんか裏あるだろ」
……多分晃司は私たちは特殊な関係だと解釈している。
「晃司は本当に妙なところで勘がいいよね。大学でもそうだし。なんなのよ」
「余計なことを言うな」
「まぁいつかは言うことになるんじゃないかと思ってたけど、こんなにも早くなるとはね」
言ったらどんな待遇が待ってるのかな〜?




