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#5 限界化定期の誕生


「いやぁ、最近会ってなかったから活動どうしてるんだろ〜な〜って思ってさぁ」


 2人の前に現れたのは、晃司より5cmくらい身長が高くて、筋肉質の男だった。多分同級生か1〜2年先輩。晃司は177cmなので、かなり大きい。


「浦本さん……」


「知り合いか?」


胡夏の口調から2人は知り合いっぽかった。


「お前が男連れてるのなんか気に入らないんだよなぁ、その男にはお前似合わないよ」


こいつ。いきなり俺らの前に現れるなり失礼な野郎だな。胡夏さんが可哀想だろ。


「……そんなことわかってます。あと幻夢って呼ばないでください。本当に嫌なので」


「ハハッ、なんでだよ。別にいいだろ? どうしても嫌なら俺の女になれよ。幻夢さんよぉ」


浦本、という男は胡夏に向かって自分の女になれ、と脅迫する。

多分、相当な過去があるんだろうな……これはほっとけない。怖いけど言うしかない。


「誰だかわからないですけど、嫌がってるのでお引き取りいただけませんか?」


そう言うと、男は晃司に向かって歩いてくる。そして目の前まで来て言葉を放った。


「お前は関係ないだろう?こいつは俺の女になる存在なんだ。誰だかわからないのはお前の方だ。首突っ込んでくるんじゃねぇよ、散れ」


……こいつは相当アニメみたいな感じで、ガキ大将みたいに学生時代を過ごした痛いやつなんだろうな。陰キャな俺にはこんな奴はごめんだな。


「僕は胡夏さんに関係あるから首突っ込んでるんですけど。2人の了承で今2人で一緒にいるんですよ」


 晃司は自分なりに真っ向から反論したつもりだった。だけどそんな事を言ったってこういう男は丸く収まらないのだ。


「黙れ。胡夏みたいなマブイやつとお前みたいな陰キャっぽい奴は関わるべきじゃない。運動もできて、陽キャな俺こそが胡夏と付き合うべき。何なら勝負するか?俺に殴り勝てたら譲ってやってもいいぜ?」


そう言って笑った。


「とにかく胡夏さんは嫌がってるので。それこそ胡夏さんみたいなアイドルくらい可愛い人があんたみたいなガキ大将と付き合うべきじゃないです。可哀想すぎます」


「あ?言うじゃねえか。じゃあ奪ってみろよ。どっちが相応しいかハッキリさせようぜ」


 そして男は晃司の胸ぐらをつかんで顔面を一発殴ってきた。晃司は吹っ飛ばされた。すかさず男はまた襲いかかってくる。

 陽キャな男とは短気な生き物だ。気に入らないなら殴る。こんなやつにならなくて良かった。とは言え、陰キャな俺にはこんな自分より身長が高くて、さらに筋肉質な男に勝てるような腕力は……


ガッッッ


「グハッ……!?」


あるんだ。


男は晃司の一発で大きくのけぞって地面に手をついた。だいぶ効いたのか立ち上がらない。


「お前……!なんかやってやがんな……!」


「……殴り勝ちましたけど? じゃあ約束通り奪っていいですよね……? あんたがそう言ったんだから」


「クソがっ……」


「勿論、異論はないですよね?僕はあなたの条件を呑んだんですから。今更それなしとか、そんな小学生以下なことしませんよね……?もし異論があるなら、あんたにいつでもさっきの一発をいくらでもプレゼントしますけど」


その晃司の気迫にやられ、男は逃げていった。


ふと胡夏の方を見ると、胡夏は震え上がって、路地の物陰からこっちを見ていた。


「大丈夫か?あいつ、かなり強引だったけど。怪我とかしてない?」


「だ、大丈夫です。あ、そ、その……ありがとう……ございます」


だいぶ怖かったのか元気がなさそうに見える。


「……春江さんって強かったんですね」


「……実は中学の頃から高校まで拳法をならっててさ、ケンカは強い方なんだ」


「カッコいいです……」


胡夏さんは泣きそうになっていた。

……ちょっと待って?これは何の涙?


「イケメンでイケボなだけじゃなくて、力も強いだなんて。理想の彼氏すぎます……」


多分感動だこれ。

そう確信した晃司は内心かなり照れていた。


 こ、こんな可愛い人にここまで言われるとは……やっぱり拳法習ってて正解だったな。


のろけが止まらない晃司に胡夏が、晃司の顔を覗きながら近寄る。


「……な、なんだよ」


「血が……」


晃司は、胸ぐらを掴まれた時にもらったパンチで地面に顔を打ち付けて出血していた。


「本当だ。まあ大丈夫でしょ」


「ダメ、すぐに止血したほうがいいです」


 そう言って胡夏はハンカチを取り出して、血を拭き取ったあと、絆創膏などを貼ってくれた。


 なにこの人……性格まで最高なのかよ。これは……付き合えないなんてやっぱり言えたもんじゃない……


「OKです。これでもう大丈夫だと思います」


「あ、ありがとう」


晃司は一悶着ついてから、さっきの呼び名が気になった。


「あのさ、さっきの男が言ってた幻夢って何?」


「へぇっ!?」


胡夏は何故か後ろを3度見した。胡夏の顔は青いようにも見えた。


「えっと……その……インスタの名前です、それ以上でもそれ以下でもないんですっ」


「インスタの名前なんだ。あの男はそれをいじってるのかな?」


「……多分そうです」


 胡夏の口調や態度から、浦本とは明らかに何か裏がありそうだけど、首の突っ込みすぎは良くないかと思い、晃司は流すことにした。


「一瞬さ、月草の方かと思っちゃったよ。俺あの人も結構好きだしさ、だから幻夢って聴くとそっちしか想像できなくて」


「確かにそっちの方が有名ですもんね」


2人は世間話程度でその話を終わらせた。

 その後、胡夏と晃司は胡夏の地元の近くにあるオススメの滝が見れる観光地に行ったりして、2人の初デートは終わりを迎えたのだった。




「……結局言えなかったな」


本当は付き合えないってすぐに言うはずだった。謝るはずだった。だけど。


「あんな聖人みたいで、容姿も最高で、声も可愛すぎる人を断ることなんてできないんだよ」


家に帰った晃司は1人で嘆いていた。


「……一回配信でも見て落ち着こう。今は何も考えれないわ」


 晃司は平静を装っていたが、あくまでも装っているだけだった。内心では終始緊張で埋め尽くされていた。


 しかし、何であの場面であの男を殴るということができたんだろうか。普段の俺なら絶対にしないし、最悪逃げてる。


 色々考えてながらYouTubeを開いて、早速、蒼芽 海莉の配信を開いた。


「今日は音ゲー配信か、いいね」




「配信したくない〜!」


同じく家に帰った胡夏は、4歳児がわがままを言うようにグズっていた。


「今から配信したら絶対にボロ出る……」


 今日は9時から歌枠配信がある。開始まであと10分弱。しかし、胡夏は何故かサボりたがる。

 それもそのはず。晃司に月草 幻夢のことがバレかけた焦りと、それプラス、浦本さんから守ってくれた感謝で、訳がわからない感情になってもう限界を迎えそうなのである。こんな状態なのに、月草 幻夢としての歌声で歌えるわけがない。


「もうやばい……大好きすぎる……」


大好きな推しに好きとか言われた……もう死んでもいい。

でも……大好きだからこそバレたくない。うぐっ……誰か助けて下さい……


胡夏は秋風 嵐紫の等身大抱き枕に埋もれながらよからぬことを考えた。


「リアルでもこうやって抱きしめれないかな……」


胡夏は21歳。


「待って、今絶対私ヤバいこと言ったよね」


 そして、胡夏はついに限界が来て、これは無理だと思いVtuber人生初めての、体調不良と偽ってサボりという悪事を働いてしまった。


リスナーのみんなには悪いけど、今日は本当に歌えそうにない。もう私はお風呂入って寝ます!


そこから1週間はほとんど毎日晃司の夢を見たという。

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