#EX5 胡夏ばっかりずるい
※この話も#18よりも前のお話です
「そういえばこの前ね、都市部の方まで出かける用事があったんだけどさ、そこでね、不良に絡まれたんだよね。そんで『金よこせ』って。めんどいから無視したら殴られたんだよね。だけど前にも言った通り中学で憲法習ってたから普通に殴ってきた人の顔面を正拳突きしたら全員逃げていったんだよ」
『嵐紫相変わらずハイパワー』
『ヤバすぎたろwww』
『相手が死ななくてよかった』
『なんで返り討ちにできるんだよ』
『さすが!』
『もうあんたがカツアゲする側になっちゃえば?世界目指そうぜ』
私、金沢汐改め鴉舞陽毬の推しである秋風嵐紫はいつもと同じように朝活雑談配信をしていた。相変わらず嵐紫の声が私の脳を満足させる。本っ当に気持ちがいい。私に向けてその声で喋って欲しくて、昨日嵐紫のグッズを買ったことを言う。
「お、ミミたんおはよ〜『昨日メルカリに売ってる嵐紫のグッズ買い占めた』……それはだいぶ猛者だね。ありがたい。ありがたいけどっ、他の人が買う分も残しとけよな。ていうか金持ちすぎでしょ」
そう言われると私の顔は自然とニヤけていた。私、気持ち悪いなぁ。推しと付き合えている胡夏が羨ましいよ。絶対2人でいたら楽しいじゃん。その楽しさ、私も味わいたいな。
「そうだ、明日配信休みだし誘ってみようかな。胡夏ばっかり晃司を独占させるわけにはいかない」
「じゃあ、また夜歌ってみたの投稿があるのでそっちも是非聴いていってね〜」
2時間続いた朝活配信はその一言を最後に配信が切れた。私はすぐに自分のスマホに手を伸ばす。秋風嵐紫の配信のたびに込み上げてくる、この胸の高鳴りを抑えるわけにはいかなかった。なんたって私は“ガチ恋ガチリスナー”レベルで好きだから。
自分が企業Vtuberの鴉舞陽毬だからって関係ない。今の私は秋風嵐紫に一目惚れする『ミミたん』だから。
「おはよっ晃司。こんな時間でごめんね、どうせ遊ぶなら1日遊びたくて」
「おはよう、汐」
晃司は今まで寝てたのか腑抜けた声で挨拶を返してくる。目元にはクマができているのがわかった。
「もしかして今まで寝てた?だいぶお疲れさんに見えるけど。そんなんじゃせっかくの顔面が台無しだよ」
「……実は最近編集とか就活に追われてて寝れてなくて……昨日も3時間くらいしか寝てない」
聴いたところによると毎日平均4時間睡眠なんだとか。朝から昼すぎまで寝る私たちとは大違いだ。そこでこんな提案をしてみる。
「んじゃあ今日はどこかで一緒に昼寝する?睡眠はめっちゃ大事だし。あ、私この辺にすっごい居心地がいいレンタルルーム知ってるよ」
「……どういうデートなんだよ、2人で一緒にレンタルルームで寝るって」
駄目かぁ。独り占めできるチャンスだったのに。
私はどうにかして晃司を元気付けようと長考したけど、結局普通に駅の近くにあるAROUND1に連れて行くことにした。
「そういえば晃司、最近配信の調子どう?」
「だいぶいい感じよ、おかげさまで。やっぱり企業Vtuberの影響力は半端ない。毎回汐とか胡夏さんとかリリスとかが来るから、うちのリスナーはわけわかんなくなってるみたいだよ」
「あはは。だよね。やっぱり私のカリスマ性はピカイチ!もっと感謝してよ」
「……おう」
晃司は本当になんで企業Vtuberデビューしないんだろう。とっくに粋超えているのにね。歌なんて歌手顔負けレベルで上手いし。私それで1人で何回倒れたことか。
「おらっ」
「またストライク!?もうこれで4回目……!」
ボウリングも上手いし、運動神経も良すぎる。話していてもめっちゃ楽しいし。駄目だ。こんな人といっつもデートできる胡夏が羨ましいっ!!あ〜もう、
「胡夏ばっかりずるいっ」
あ、
私は晃司と一緒にいることがあまりにも楽しすぎるのと、胡夏への嫉妬心のあまり、思わず声に出してしまった。もちろん晃司は私の方を振り向く。
「……どうしたの急に」
その目は急に叫んだ私が不可解だというような顔だった。
私は恥ずかしすぎて顔を赤くしてしゃがみ込む。
そんな私を心配してなのか晃司は私の顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫?体調悪い?」
やめて。これ以上優しくしないで。私壊れる。私いつも元気な陽キャに見えて優しくされると本気で照れるから。しかもその相手が推しの1人だし。オーバーキルです。
「あ、いや……なんでもないよ。次はダーツで勝負するよ!」
私は負けず嫌いであった。この恥ずかしさを勝負欲で紛らわすことしかできなかった。
「えぇ?ダーツか……ちょっと苦手なんだよね」
「おおっ?じゃあ負けたら相手の言う事ひとつ聞こう」
「俺が苦手って言った瞬間条件出すのはせこいって……」
「男に二言なしって言うでしょ?レッツゴーっ」
「一言さえ放ってないんだけどな……」
そして私は半強制的に晃司を連れてダーツがあるフロアに行く。ダーツは配信でもやった事があるし、普段から趣味でゲームしてるし。部屋にはもちろんあるし。これは勝ったでしょ。
てっきり私はそう思っていた。だけど高学歴じゃない私の脳みそのせいでその言葉の意味が分かりきっていなかった。「苦手なんだ」と言う言葉を。
「また20トリプル!? これで5回目じゃん!! しかもダブルブルも5回目……」
「なんか今日調子いいかも」
そう、「できない」と「苦手」は違う。
「できない」はその物事を知らない、もしくは能力値が極端に低いことを指すが、「苦手」はその物事をやりこんだ上でその物事をする意欲があまりない、もしくはやる事がトラウマなせいでやりずらいということだろう。
晃司の「苦手」の枕詞には「けっこう実力はあるけど」が隠れていた。
私は終始口が開きっぱなしだった。
「……完敗です……」
私は決して下手なわけじゃなかったのに気づいたら300点差がついていた。
「うぅ、強いって……」
ボウリングとかダーツ以外でもボロボロに負けた私はかなり萎えていた。
「ご、ごめんなんか……もしかして泣いてる?」
「うっ、……泣いてないっ」
多分ごまかせてない。普通に泣いてる。ごまかせないくらいボロボロと泣いてる。私は唇を振るわせながら言葉を喉奥から絞り出す。
「……聞いてほしいことは何……?」
「え?」
「約束したじゃん。私もう覚悟できてるし。私に何させてもいいよ」
もうヤケクソだ。私は何もかなわなかった。調子乗った私が悪かった。
「…………汐がお願いする側になって欲しい」
「……へ?」
え?ど、どういう事?私がポカンとした顔をしていると
「だってほらあの条件を提示してきたってことは汐は俺にお願いしたい事があるんじゃないかなって思って。もしそうだったら聞いてあげたほうが汐的にもいいだろうし。あと俺にお願いされるのちょっと嫌っぽかったし」
「え、あ、いや、嫌じゃないけどっ、いいの?私負けたのに?」
私はすぐさま聞き返す。
そうすると晃司は軽く頷く。その瞬間私の体に何か雷で打たれたような衝撃が走った。この正体が完全に晃司に惹かれてしまった証だと言うことに気づくのには10秒も要らなかった。
「……じ、じゃあ、耳貸して」
「?」
「あそこの物陰で…………」
「え」
人の彼氏だろうと今は私のものだから。




