#19 ありがとう。
『わ、わかった。今すぐ行くよ』
「はぁっ…………」
絶望している私の横ではまだ配信が続いていた。数分経った今でもチャット欄では、まだ考察が続いている。目を一生画面のほうに向けることなんてできなかった。
もういい、配信なんてやめちゃおう。私の役目は終わったんだから。
フラフラになりながら、私は配信終了の作業を済ませた。これ以上頭が回らない。
少しでもこの苦しさを和らげるた地面にうつ伏せになる。何か色々と限界を迎えているような気がする。
「……ごめんなさい、晃司くん」
「いきなりどうしたんだろう……」
ゆっくり二度寝をしていたところに突如胡夏さんから届いたメッセージ。それのおかげで完全に目が覚めた。
『精神的にやばい』だなんて、何があったんだろうか?昨日だって、あんな元気そうに俺と通話してたのに。「この前急に同じ大学だった男の人に告白されてびっくりした〜」
とか愉快そうに言ってたのに。
胡夏さんが大変な事になっていると予想して、なるべく走る。乗り換えもダッシュで駅を駆け抜ける。
どれだけ疲れようと、胡夏さんのことで頭がいっぱいだったから、無心で急ぐ。最寄駅につくと、全力で胡夏さんの家がある住宅街までダッシュする。こんなに何か理由があって猛ダッシュするだなんて中学生以来だ。
15分もすると胡夏さんの家の前に着いた。もしものことを考えるとインターホンを押すことが怖くなる。久しぶりにくる胡夏さんの家がこんな形で来る事になるなんて予想もしてなかった。
「……」
もしもだ。もしも、あのメッセージのあとに限界を迎えてたとしたら。俺が来るのを待てなかったとしたら。
「えぇい、こうなったら!」
俺は一応持ってきた、半年前くらいに胡夏さんからもらった、胡夏さんの家のスペアキーをポケットから取り出すと、それで鍵を開けて急いで胡夏さんの寝室及び配信部屋に駆け上がる。
「胡夏さんっ!!」
あっ……!?
ドアを勢いよく開けた向こうに見えたものは今にも首を吊ろうとしている胡夏さんの姿だった。
「ちょっ…………!」
俺は体が震える。顔が涙でボロボロになって、げっそりした胡夏さんの姿はそこにはあったんだ。
「あ……」
胡夏さんはこっちを向く。俺は体が固まる。今までかつてない恐怖を感じて、本能的に後ずさる。
「うわぁぁぁん」
「うわっ!?」
恐ろしくて後ずさっているところに胡夏さんが抱きついたことによって俺は後ろに向かって倒れる。なんだと思い、体を起こすと胡夏さんは俺の胸の中で泣きじゃくっていた。小学生がいじめられたときにおかあさんに縋り付くように。
「胡夏さんっ……一体何があったんだ? あのメッセージを起き抜けに見たからね。めちゃくちゃ急いできたよ」
「私っ、Vtuber人生詰んだ」
「え?」
言葉の意味を理解するのに5秒ほどかかった。あんな順調で、何もやらかしたことのない、性格がとても良い胡夏さんがVtuber人生が終わるほどのことって??
「えちょっと、何があったの?本当に何言ってるかわからない」
「……昨日のことなんだけど」
胡夏さんはゆっくりと話し始める
「……昨日さ、私と晃司くんの2人で通話しながら今度コラボの予定とかアイデアとかをまとめたファイルを私のPC上で作ったじゃん……?」
確かに作った。胡夏さんと夜から作った、俺と胡夏さんのコラボ企画。1年ぶりのコラボ企画だった。だから、あまりにも熱中し過ぎて、気づいたら日を跨いでいた。そのまま俺は眠すぎて、0時半を過ぎると寝落ちしてしまった。
そこからは記憶がなかった。
「実は……私も晃司くんが寝落ちしちゃった後すぐにお風呂に入って寝たんだけど……そのファイルを移動させるのを忘れちゃって、そのまま朝活配信始めちゃって……」
「リスナーに見られたのか……?」
胡夏さんは俺の顔をなるべく見ないようにして頷く。顔は真っ青になっている気がした。そしてそれをリスナーに指摘されて、リアルの人じゃないかと言われたことも話してくれた。
話によるとTwitterでも炎上みたいな感じで言い争いが続いているらしい。
まさかと思いTwitterを立ち上げて「月草幻夢」と調べると、数百件以上の投稿が胡夏さんが言っていたような内容だった。間違いない、そのことだ。たいそう怒っている人とそれを咎めるリスナーと……まさにカオス状態。
「……マジか……これはだいぶまずいんじゃないのかな?」
「もう……だめだぁ……!!」
胡夏さんはまた俺の胸の中に飛び込む。こんな甘えっ子だっけ胡夏さんって。……いや、テンパってるのか。
「私、ここの家賃全部Vtuberで稼いだお金から出してるのにっ……お母さんたちにも仕送りしてるのにっ……」
涙声が増していく胡夏さん。辛いのはこっちも同じだった。この情報化社会の中で、一度のやらかしは、息をつく間も無く波紋のように広がっていく。
一度世の中に放たれるともう誰も止めることはできない。目に見えない電波を、人間が止めることなんて、できなかった。
あまりにも急すぎた出来事に驚き、その驚きのあまりかけてあげる言葉が見つからなくて、慰めというより「諦めんな」と言っているような言葉をかけようとしてしまう。胡夏さんは、こんなギリギリの状態になるくらい苦悩を抱いているのに、応援なんてしてる場合じゃない。
空気が読めてないな、俺……
この世の中でたった1人の大切な女の人なのに、ずっと一緒にいるって約束した人なのに、何かかけてあげれる言葉はないのか。俺は悩みこむ。
「……胡夏さん。もし本当にヤバかったら、俺の家に住んでもいいんだよ」
「……え?いいの……?」
「うん。前来たことあるからわかるだろうけど、うち部屋何部屋か余ってるから、胡夏さん1人くらいなら全然住める」
胡夏さんの目が輝く。涙も相まって惹かれるものがあった。
さあ、なんて返してくれるんだ。
精一杯捻り出した答えが同居だなんて、ちょっと下心満載みたいに捉えられそうだが、そうするしかなかったんだ。今、胡夏さんにとっての最適解は安心できる環境を作ること。それがないと胡夏さんはまた鬱になってしまう。
「……その時が来たらよろしくお願いします」
胡夏さんは涙を拭って俺の手を握る。
だけどその手が極度に冷たかったことが、なぜかはわからないが、恐怖で俺の全身の毛が逆立った。




