#14 新たな刺客(?)
「早く始まらないかなぁ」
あの出来事から実に1週間。私はいつものようにデスク上にある配信用のパソコンでYouTubeを開き、嵐紫の歌枠配信が始まる時間になるのを待つ。
あの日、私はバーチャル空間という籠から飛び出した。その日から私は春江さんのことを本当の彼氏、一緒に添い遂げるためのパートナーだという事を実感した。勇気を出した甲斐があったのかもしれない。
普通、アイドルVtuberという界隈に属した以上、現実でリア充とか、カップルとか、そういう関係を持つことは許されない。だけど私は春江さんと一緒にいたかった。関係を持つことは許さないという常識なんて抜け出してしまいたかったんだ。ケージの中だけで暮らしていた小鳥が外に飛び出して行くように。
「春江さん、これからよろしくねっ」
待機中の画面に向かって、聞こえるはずがないのになぜか自分の中では届くような気がして、笑顔で声を送った。
私は春江 晃司、秋風 嵐紫という存在のおかげで、今まで弱気だった自分はもう、ここにはいない。あの頃の胡夏はもうどこかに行った。今の私は、春江さんを推しながら添い遂げる大学生なんだ。
13時30分。画面の向こうから聞き馴染みのあるボイスが私の耳に飛び込んでくる。
「大丈夫?音声聞こえてる?」
聞こえてるよ。私の胸の奥底まで。あなたの発する言葉が一つ一つ、熱く響いてくるよ。もう、声を聞くだけで会いたくなる。今、目の前に現れてくれないかなぁ。次のデートまで待ちきれないよ。
「私も頑張らないと」
いつものように私は14時からのゲーム配信のための、配信機材の準備に取り掛かった。あの時に春江さんからもらった秋風 嵐紫のキーホルダーをパソコンの横に飾って。
「あ、でも配信する前に」
「じゃあ5万人記念歌枠配信、記念すべき一曲目何歌いましょうか?」
自分の配信に月草 幻夢、闇喰 リリスという、超有名な企業Vtuberが2人も現れたおかげで、一躍登録者が伸びて、ついに5万人に乗ったのだ。こういう記念配信ではなるべく平常心で臨みたい。
しかし、俺は最近配信を始めると、どうしても幻夢の事を意識してしまう。あの時のことを。あんなに暑い夜は今までなかったからより印象に残った。
そんな煩悩を抱えながら俺は今、画面に向かっていた。
ふとコメント欄を見た時、一つのスーパーチャットに目がついた。
『¥10000 KINGお願いします』
なんと赤スパ。いつも通り胡夏さん(幻夢)か汐か闇喰リリスだと思っていた。この時までは。
「あ、赤スパありがとうございます〜!え〜『Himari Ch. 鴉舞 陽毬』さん、ありがとうござ……えっ!?!?」
鴉舞からすま 陽毬ひまり……!?
コメント欄も幻夢やリリスが来た時よりもざわついている。だって、鴉舞 陽毬って……!登録者265万人の『天性の6期生』と言われるほど売れてるあの人だからな!?!?オリ曲のうち3曲が1億再生、ライブ月3、先輩にも愛される、トーク力天才、ノリ○、周りの雑音なんて全く意に介さない努力家の正真正銘のスーパースター。
だけど何で……推しでもないのにうちのライブに赤スパを送っているんだ!?
「ここここんにちは、陽毬さん、、、個人勢の秋風 嵐紫と申します、、、ぜひ聞いてくれると嬉しいです」
前の時より圧倒的に緊張する。そのせいで滑舌も悪くなっていく。こんな状況で歌えるかバカ。
俺自身もリスナーも、多分これを見ている胡夏さんと汐も極度の緊張状態に陥っていたと思う。と言っても俺はみんなに歌声を届けないといけないので、張り切って音源とマイクを用意する。そのまま緊張を吹っ飛ばすように腹から声を出す。いつもより力が入っていたのが自分でもわかる。
陽毬さんに聞いてもらうために声を張る。この瞬間が人生で1番声を張って歌った瞬間かもしれない。その後も陽毬さんや胡夏さん、その他リスナーの要望に応えながら、無事5万人記念配信を終えた。
「はぁ……」
俺はため息をついていた。少し傾き始めた西日が、配信を終えたばかりの俺を横から照らしていた。同時に遠くを見つめる。
今になって思い返してみると、あの日、人生が360°変わったような気がする。
あの出来事があってから、一緒に行った2人のうち1人は企業Vと判明するし、付き合うことになるし、付き合ってることは千冬にバラされて、でも千冬が実は俺の推しの企業Vで、そのあと胡夏さんと……
女の人との関係ばっかりじゃん。
完全にピンクに染まったな、俺。これから俺も『あっち側』の仲間入りなのか。小学校に入ってから今まで『あっち側』の事を敵視していたけど、まさか敵視される側になるとは。でも正直言っちゃうと嬉しい。いや、千冬が海莉は1番驚いた。自分の身の回りに自分の推しがいるなんて普通誰も想像しないって。
……最近気分がハイになってばっかりだな。こういう時は一旦何もしない日を挟むのがいいだろう。だからいまは横になって寝……
ピコン
『胡夏から一件の新着メッセージがあります』
……ることはできなさそうだな。言った側からだわ。
「え〜なになに?『今度遊びに行きましょう、場所は市街地の方で』」
またもやデートのお誘いです。1年前までは女子から連絡が来ることなんて一切なかったのに。過去の俺に自慢してやりたいよ。
でも、そろそろ俺自身の理性が完全に上書きされそうだ。胡夏さんからは完全に1人の「男の子」として見られてるみたいだし。
「いや、もういいかな。過去は過去、今は今だ」
煩悩が始まってから数ヶ月間の今まで、俺は過去の自分を支持していた。「こんなの俺じゃない」って言って。でもこれからは胡夏さんを1人の「女の子」として見ようじゃないか。
望むところだぁ!!




