#13 ミッドナイト・エスカレート
「ご馳走様でした」
凄いな胡夏さん。たまに料理配信やってるだけあるな。
「美味しかった?」
「……凄いクオリティ高かったよ。実は幻夢の料理配信を自炊の参考にしていた時期あるんだよね」
「え、めっちゃ嬉しい……流石私の推し。大好き」
俺は無駄にクオリティの高い食事を挟んで、少し冷静さを取り戻してきた。その冷えた脳で今の状況を整理してみる。
え〜まず大学で千冬に胡夏さんに「会いたい」と言われて連れて行くことに→なぜか胡夏さんの家に行くことに→色々あってなぜか勝手に千冬(蒼芽 海莉←!?)が帰る→胡夏さんにベットで攻められる→なぜか泊まる羽目に。
……ライン5本くらい越えてない??
お互いが存在を知られてはいけないVtuberってことを理解してないかったらどうしよう。本当にそうだろってくらい、胡夏さんの態度が凄すぎるんだよな。なんの変哲もないクリーンな個人勢のVtuberが企業Vtuberの家に泊まって攻められるって。聞いた事ないよ。
またもや胡夏さんの前で頭を抱えていた俺はすぐさま目をつけられる。
「晃司くん、うちのお風呂勝手に入っても構わないからね。あとパジャマは私のもの貸すから、心配しないでね」
「お、おう」
いや、ね?俺が心配しているのはそういうところじゃないんだよね。その〜「泊まるとは思ってなくて、パジャマとか寝る時どうしよう〜」とかを悩んでるわけじゃないんだよ。
あと、自分の服をいとも簡単に異性に貸すなぁ!!
俺は今日1番の大きさのツッコミを心の中でかました。しかし結局俺は言葉に甘えて風呂を借りることに。
胡夏さんに借りた湯船は、自分の冷静さを極度に回復させる事ができる唯一の場所だった
……入浴剤の匂いすごいな。これが女の人の風呂なのか。
浴室内には何かいい匂いが漂う。それが自分の眠気を引き出してくる。眠気の凄さから、今日は大変な1日だったなと改めて痛感した。企業Vtuberの人の家に泊まって押し倒されて……もうめちゃくちゃだ。
俺は色々な事で疲れ切った重い体をゆっくり湯船から起こす。この後、胡夏さんに何をされるかという事を考えるとまたもや冷静さを失っていく。
俺は少し罪悪感を抱えながら胡夏さんのパジャマを着て、ソワソワしながら2階への階段を登る。この階段が今までのおかげで3倍くらいの長さにも感じた。
胡夏さんの部屋のドアも、鋼鉄製のドアに感じられた。
「待ってたよ〜待ちくたびれちゃったぁ」
胡夏さんは見るからに酔っていた。このためだけに酒を飲んだらしい。なぜそこまでする必要がある。
俺はなぜか胡夏さんが言葉を発するごとに胸の奥がまるで断崖絶壁の足場ぎりぎりに立たされたように張り裂ける。これはこれからの展開に対する心配なのか。それともラインを越えそうになっていることに興奮しているのか。その胸の苦しみが何なのか、それはすぐに分かることになる。
「……じゃあ、いいかな?」
「マジで?」
「大丈夫、責任は全部私が取るから」
いやだからそういう問題じゃ……あ〜もう!
「わかった、俺はどうなっても知らないからな。好きにしてくれ」
時刻は午後11時40分を回っていた。そして、そこの記憶を最後に、俺は深夜の闇に溶けて行った。
「……う、」
何だろう、何だかすごく昨日は疲れたような……
何があったのかあやふやのまま、自分が寝ていたベットの上で起き上がる。体をモゾモゾ動かしていると掛け布団の中で何かに当たる。
「あれ……?何で裸の胡夏さんがここに……」
裸の!?!?
えっ?あっ、
その瞬間全ての記憶が蘇った。
「あぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
やってしまった、ライン越えてしまった……!やばいやばい、俺は何をしているんだ、胡夏さんと……!
俺は1人でトイレに駆け込んでうめいていた。昨夜のことを思うと、震えが止まらない。相手が企業Vなだけあって、焦りも次から次へと出てくる。
「最低だろ俺……」
本当に犯罪レベルのことを行った。向こうがいいって言ったから警察沙汰にはならないだろうけど。
俺は頭を抱える他やる事がなかった。このまま死んでしまいたい。こんな事したら胡夏さんのキャリーが終わってしまう可能性もあるというのに!俺このお出かけの中で何回胡夏さんのキャリーが終わってしまうかもしれないって言ったかなぁ!?
ため息をつきながらトイレを出た俺に待っていたものは追い討ちだった。
「あれ、晃司くん。おはよう。昨日は楽しかったね」
!!
待て待て待て…………
「服を着ろぉぉぉぉぉあああ!!」
「ご、ごめんね」
「はぁぁぁ……」
俺は理性の崩壊と、胡夏さんに振り回された事で疲れ切って、リビングのソファに突っ伏していた。そして胡夏さんはようやっと酔いが覚めていた。さっきのハプニングから実に30分。
「朝になっても酔いが覚めないって事、普通あるか?」
「あれのためにいつもの倍以上飲んだから……多分それのせい」
朝から胡夏さんがカオスなおかげで疲れが翌日に持ち越されました。もう帰れる体力残ってないんじゃないか?
「本当にごめんなさい、私のわがままに付きあってもらって。お詫びに朝ごはん作るから」
お詫びの内容が比例してないだろと言いたいところだが、普通に嬉しいので何も言わなかった。
「はい、じゃあこれ足りない分」
「ありがとう」
最後に約束していたお金を受け取って、俺は胡夏さんの家を後にした。ふと振り返ると、胡夏さんはとても笑顔だった。ご満悦のようだった。そして胡夏さんに手を振りかえすと、駅に向かって俺は一歩を踏み出して行った。やっぱり、駅までの道中は来た時よりもはるか遠く感じた。
……俺ら、こんな事して、これからどういう関係になるっていうんだ?本当に普通の「カップル」としていることはできるのだろうか?俺はそうであって欲しい……けど。もうこれカップルの域超えてるんだよね。まぁでも、俺には胡夏さんみたいな人生を共にするパートナーができたんだ。こんなチャンス二度とないだろう。
胡夏さんのことは好きだし、胡夏さんも俺のことが好きだ。————だけど俺は胡夏さんに見合う存在なのか。いや、もうそんな問いはやめにしよう。もうスタートラインは超えたんだ。ライン越えと共にスタートラインも超えた。もう振り返らない。
俺の人生、どうなることやら。




