第十六話 せっかく異世界に来たのに戦闘は嫌だ。
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いつの間にか雨は止んでいた。
雨音が消えたおかげで、獣の声は先ほどよりもはっきりと聞こえてきた。
「遠いですね、コボルトでしょうか」
「そうだね。ただ、この距離で咆えるってことは数は相当だね」
セシアさんとアルマルデ様が何かの準備を始める。
アルマルデ様は様々な装飾を付けていく中、セシアさんはナイフを取り出す。
その時、戦いが始まることを理解し、その異様な空気に恐怖がこみ上げてくる。
「俺はどうすればいいですか?」
アルマルデ様に問いかける。
だが、アルマルデ様は「何もするんじゃない」と言って馬車の外を見回した。
「ルヴァン、あなたは戦闘についての知識も経験もありません。今は何もせずに馬車で待っててください」
そう言ったセシアさんは馬車を降りた。
重い空気に馬車の誰もが息を殺し、外の冒険者たちの声が聞こえる。
中にはセシアさんの声もあった。
数分もしないうちにセシアさんが戻ってくる。
「この先に開けた場所があるので、そこで迎え撃つようです。私も出ます」
「そうかい。気を付けるんだよ」
俺は何もできないことが悔しくて、でもそれ以上に死が身近にあることが怖くて、俺は黙ってセシアさんから視線を外した。
だが、そんな俺を誰かが優しく包むように抱いてくれた。
この感触はボルヴァ―ドの記憶の中にあった温もりだった。
「セシアさん」
「行ってきます、ルヴァン」
「待って!」
俺はかつて習ったあの詩を思い出す。
〈ああ母よ、あなたを泣く、母死にたまふことなかれ〉
〈四まで育てし母なれば、親子の愛はまさりしも、〉
〈親に刃をにぎらせて〉
〈皆を守る優しさに、魔物を殺して願いとて〉
〈弱い自分が恨めしや〉
ゆっくりとしたリズムに合わせて自分なりに変えた歌を送る。
そして、歌を歌い終わると同時にセシアさんが淡く発光しだした。
「まったく、私は子供なんて生んだ覚えなど無いのですが。でも、ありがとう」
温もりが離れていく、なにか声をかけたい。
でも、セシアさんは笑顔で馬車を降りて行った。
「ルヴァン、歌い続けな」
「え?」
「あんたの歌唱魔法の効果で、セシアに何かの補正をかけたみたいだね。だが、歌唱魔法は歌い続けなければ効果が持続しないんだよ」
そういえば俺って天恵スキルで歌唱魔法を持ってたんだっけ。
「俺にもできる事が」
「早くしな!」
「は、はい」
俺は同じ歌を歌い続ける。
数分もしないうちに馬車が止まる。
戦闘場所に到着したようだ。
すると、アルマルデ様が詠唱し始めて馬車が温かい光に包まれる。
しばらくすると遠くに何かの悲鳴に似た声が聞こえる。
ギャア! グギュ! ゴアアアガ!
獣のようなその声が何重にも重なっていく。
その中にセシアさん声がないことを願いながら歌い続けた。
そして、どれほどの時間が経っただろうか。
何年もたったように感じる。
いつの間にか外は静かになっていた。
「せ、セシアさん」
そうつぶやいた時だった。
何かが入ってくる。
それは血まみれのセシアさんだった。
「け、けがを」
「落ち着きな!」
「イテッ!」
アルマルデ様が俺に拳骨を落とした。
そして、落ち着いてセシアさんを見ると血まみれだが、目立った傷がない。
「すみません、コボルトの返り血です。すみませんが洗い流してくるので、タオルをもらってもいいですか?」
俺はカバンからタオルを渡す。
「ありがとうございます」
そして、再度セシアさんは出て行った。
俺はゆっくりと顔を出した。
「坊主、危ないぞ」
銀色の甲冑を身にまとった男が俺に言った。
周りを見ると何かの死体を集めて燃やしている人、傷を水で流す人、これからの方針を話し合う人がいた。
その全員が胸元に金属でできたタグをつけていた。
「おい、聞いてるのか?」
「え、あ。す、すみません。俺、回復魔法が使えます。回復する人がいますか?」
俺の言葉に男は眉間にしわを寄せる。
「ガキに出来るのか?」
「MPがそんなに高くないので数人程度ですが。回復魔法Lv4です。できます」
「金は出せねえぞ」
「守ってもらったのにお金はとりません」
「わかった。それじゃあ、おい、おまえとおまえ。それにロジャー、こっちこい」
呼ばれた三人全員が鎧を着た大男たちだった。
盾も持ってることから前衛だったのだろう。
俺は三人に回復魔法をかけ、瞬時に男たちの傷を癒す。
「す、すげえ」
「教会の回復魔法でもこんなに早くはないぞ」
これだけ早く回復できるのは俺の〈救急対応〉によるものだ。
その効果に冒険者たちは驚きを隠せなかった。
「お兄さんもやっときますか?」
指示を出していた男も前衛のような固そうな装備を身にまとっている。
少なからずけがを負っているだろう。
だが、男は首を横に振った。
「後どれくらい行ける?」
「後、七、八人は」
「そうか、なら他にも回復魔法をかけてほしい」
「分かりました」
その後、四人に回復魔法をかけた。
それが終わると、男は急に頭を下げた。
「え、え!?」
「疑って悪かった。助かった」
そして、男は笑顔を見せる。
「俺はイアン。今回のキャラバンの護衛冒険者のまとめ役をやってる。これから、よろしく頼む」
イアンから差し出される。
それを、俺はためらいがちに握るのだった。




