6話死神は英雄の檻を抜け出す
そうして、闘争を終え俺は基地に帰投することができた。
基地のゲートをくぐり、機体を降りた俺は、真っ先にアイを預けた管制室へと向かった。ドアを開けると、不安そうに膝を抱えていたアイが顔を上げ、俺の姿を見るなりその小さな体を腕の中に飛び込ませてきた。
「おじさん……! よかった、無事でよかった……!」
「ああ、ただいま。約束通り、ちゃんと帰ってきたぞ」
アイの笑顔を見て、胸の奥の重荷がすっと軽くなるのを感じた。無事を報告し、彼女の頭を優しく撫でた後、俺は一度これからの事務手続きや次の作戦についての情報を共有するため、共に修羅場を潜り抜けたユウマの私室へと向かうことにした。アイには少しの間、また部屋で待っているようにと言い含めて。
ユウマの部屋の前に辿り着き、ドアのノブに手をかけようとしたその時、中から微かに話し声が漏れ聞こえてきた。ユウマの声のほかに、もう一人、聞き覚えのある低く威厳のある声はかつて俺たちの上官だった、エイドリアン・バロウズの声だ。
つい手を止め、不穏な空気に誘われるように俺は壁に身を寄せ、聞き耳を立てた。
『……リーカス・ソノダ大尉と少女のことですが』
ユウマの声だった。いつもの病的な自信に満ちたトーンとは違い、どこか事務的で、冷徹な響きを帯びていた。
『その件だが、「不朽の死神」の力は、今後の軍事力維持において不可欠な絶対兵器だ。奴が先の戦闘で生への執着を見せたのは想定外だったが、自由など与えるわけにはいかん。
休暇が終わり次第、次の特別任務を口実に、外部との接触を完全に遮断した最前線の隔離施設へ永久配置する。軍の「部品」として、死ぬまで戦場で消耗させるのだ。
……それと、リーカスが連れてきた少女だがリーカスの正体を「不朽の死神」だと知っているかもしれない。不都合だ。消しておけ。』
上官の冷酷な言葉が、俺の脳髄を直接突き刺した。
泳がされていたのだ。あのささやかな平穏も、休暇も、すべては俺という兵器を効率よく飼い慣らすための餌に過ぎなかった。この国にいる限り、俺に自由な未来など存在しない。ただ戦い、血を流し、いつか擦り切れて捨てられるだけの運命。
『了解しました。』
ユウマのその返答を聞いた瞬間、俺の頭は冷徹なまでの冴えを取り戻した。かつての友もまた、ヒノモトの描く歪んだ未来の歯車でしかなかったのだ。
(ここにいたら、俺も、あの子も、すべて奪われる)
足音を立てずにその場を離れながら、俺の胸の中で一つの決断が完全に固まった。
この国を守る理由は、もうどこにもない。
俺はアイの元へと足早に引き返した。彼女の小さな手を強く握り締め、その真っ直ぐな瞳を見つめる。
「アイ、今すぐここを出るぞ。俺と一緒に行くんだ」
「ちょっと、急にどこいくの?」
俺はオペレーターの心配の声を無視する。
ヒノモトを捨て、敵国である他国への亡命。それがどれほど険しい修羅の道であるかは分かっている。だが、自由を縛り付けるこの国から抜け出し、生き残るためなら、俺は喜んで反逆者の汚名を背負ってやる。
「……おじさん?」
アイは驚きに目を見張りながらも、俺の手から伝わるただならぬ気配を察したのか、それ以上は何も言わずに小さく頷いた。その瞳には、俺への絶対的な信頼が宿っている。
「手荷物は最小限でいい。行くぞ」
管制室のオペレーターたちが困惑の声を上げる中、俺はアイの手を引いて早足で廊下を進んだ。目指すはハンガーだ。他国への亡命を果たすためには、ここから脱出するための確実な足が必要になる。幸い、先ほどの戦闘を終えたばかりの俺の愛機は、補給と最低限の整備を終えてカタパルトに待機しているはずだった。
だが、基地の自動隔壁へと差し掛かったその時、頭上のスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響いた。
『――全自動防衛セクターへ通達。コード・レッド。リーカス・ソノダ大尉に反逆指定。保安部隊は即座に同対象の身柄を確保、抵抗せし場合は超法規的措置を許可する。繰り返す――』
「チッ、もう気づかれたか!」
エイドリアンやユウマの根回しは想像以上に早かった。すでに俺の動向は監視カメラか、あるいは端末のログを通じて筒抜けになっていたのだ。
廊下の先から、電磁警棒と小銃を手にした基地警備兵たちの足音が近づいてくる。
「アイ、俺の後ろにいろ!」
俺はアイを背中に庇い、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。自由を掴み取るための戦いは、すでに始まっている。このゲートを突破し、機体に乗り込むことができなければ、俺たちに未来はない。背負った「死神」の名にふさわしく、俺は立ちはだかるすべての障壁を排除して進む覚悟を決め、引き金に指をかけた。




