42話鋼鉄の街の宴
キリアンとエルザの言葉に背中を押され、俺たちは数日ぶりにパイロットスーツを脱ぎ、支給された身軽な私服に着替えて帝都の街へと繰り出した。
数日前まで激しい戦闘が繰り広げられ、俺たち自身も泥と瓦礫にまみれて復興作業を行っていた広場や通りには、今や仮設の屋台や臨時の市場が立ち並び、復興を祝う活気に満ちあふれていた。プロイセンの伝統的な石造りの建物の間には、色鮮やかな旗が掲げられ、夕暮れ時の柔らかな光が街を黄金色に染め上げている。
「いやぁ、やっぱり戦いの後の空気は格別ですね!」
アザレアの先任下士官であり、部下たちのまとめ役でもあるタイガが、大きく伸びをしながら声を上げた。普段は実直で堅物な男だが、その精悍な顔には隠しきれない安堵の笑みが浮かんでいる。
「本当に。数日前までコンクリートを運んでいたなんて信じられないくらい、いい匂いがしてきますよ」
そう言って笑うのは、通信士兼パイロットの女性隊員、ミリアだ。彼女の視線の先には、大きな鉄板で豪快に焼かれているプロイセン名物の極太ソーセージ『ブルスト』から立ち上る白い煙と、香ばしい肉の香りがあった。
「よし、アザレア全員揃っているな。キリアン部隊長たちの厚意だ、今日は無礼講でいくぞ。この数日間の疲れをすべて吹き飛ばしてくれ」
俺がそう告げると、総勢11人の部下たちから「おおおっ!」と地鳴りのような歓声が上がった。
いつもは隊長としての威厳を保とうと張り詰めている彼らも、今日ばかりは年相応の、あるいは気のいい一兵卒としての顔に戻っている。カインがその様子を見ながら、いつものように飄々とした笑みを浮かべて俺の隣に並んだ。
「おやおや、レン大尉。部下たちを甘やかすと、後でタカチホに戻ったときに苦労しますよ?」
「たまにはいいさ。あいつらも命がけでドックを死守し、その後は不眠不休で働いてくれたんだ。これくらいの特権はあって当然だ」
「ふむ、さすがは我らが若きエース、器が大きいですね。では、そのお言葉に甘えて、僕もプロイセン特産の黒ビールをたっぷり頂くとしましょう」
カインはそう言うと、すでに目をつけていたらしい、大きな木樽が置かれたテラス席のある大衆酒場へとアザレアの面々を誘導し始めた。
案内された酒場は、内戦の混乱から立ち上がったばかりの市民や兵士たちでごった返していた。プロイセン王国軍の王政派の兵士たちも多く、彼らは俺たちの姿を見るや否や、道を譲り、敬意に満ちた視線を送ってきた。
「さあさあ、まずは乾杯といきましょう! 特務部隊アザレアの勝利と、プロイセンの復活に!」
タイガが巨大なジョッキを掲げ、大きな声を張り上げる。11人の部下たち、そして俺とカインのジョッキが一斉に中央でぶつかり合い、小気味よい金属音と泡が弾けた。
「ぷはぁーっ! 染みる! 骨の髄まで染み渡ります!」
若手隊員のシンが、口の周りにビールの泡をつけたまま叫ぶように言った。その隣では、ミリアが運ばれてきたばかりのプロイセン独自の煮込み料理『アイスバイン』を器用に切り分けている。塩漬けされた豚肉を香味野菜とアルテミシウムの熱源でじっくりと煮込んだその料理は、口の中でとろけるほど柔らかく、独特の酸味がある現地特有の温かいスープと実によく合った。
「それにしても……」
肉を頬張っていたタイガが、ふとジョッキを置き、俺のほうを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、深い敬意と熱い感情が宿っている。
「今回のハインツ大尉との一戦、本当に見事でした、レン隊長。俺たち地上班は、ドックの防衛で手一杯で、あの異形の移動要塞みたいなのが天井を突き破って現れたときは、正直生きた心地がしませんでした」
「ああ、あの全弾発射の瞬間は生きた心地がしなかったな」と、隣のシンも激しく同意するように頷く。
「それを、隊長は起動直後のセンコクの、しかも頑強な拳一つで受け止めた……。あの爆炎の中から、一歩も退かずに立ち塞がる深紅のセンコクの姿が見えたとき、俺たちは確信したんです。この人についていけば、絶対に負けないって」
タイガの言葉に、周囲の部下たちが次々と声を重ねていく。
「そうです! あの至近距離での腕部グレネードの目潰しから、一気の間合いへの肉薄、そして背部を粉砕したあの右拳! あれはまさに、我がアザレアの、ヒノモトのエースにしかできない芸芸ですよ!」
ミリアが少し頬を赤くしながら、身振り手振りを交えて熱弁する。
「カイン副官のあのレイピアの射出も見事でしたが、やはりハインツの強固な装甲を内側から破壊できるだけの決定的な隙を作ったのは、レン隊長の命がけの突撃です。あのハインツが信じられないものを見るようにバランスを崩した瞬間、通信回線越しに奴の悲鳴が聞こえて、本当にスカッとしました!」
「ははは、僕の活躍は引き立て役ですか。手厳しいですね、ミリア少尉」
カインが苦笑しながらも、どこか誇らしげに俺の背中を叩いた。
「ですが、彼女の言う通りですよ、レン。あの一撃は、あなたの『絶対に逃がさない』という強い意志がなければ届かなかった。僕も、あの瞬間だけはあなたの背中に、本物の英雄の姿を見ましたよ」
部下たち、そしてカインからの惜しみない賛辞に、俺は照れ臭さを隠すようにジョッキに口をつけた。冷たいビールが喉を通り、胸の奥の熱を少しだけ冷ましてくれる。
「俺一人の力じゃない。お前たちがドックを守り抜き、エルザたちが機体を完璧に仕上げてくれたから、センコクは動いたんだ。俺はただ、託された力を振るったに過ぎない」
「そこが隊長のニクいところなんですよねぇ!」
シンが顔を真っ赤にしながら笑い、周囲からはドッと笑い声が上がった。
これまでハインツに対する復讐心や、ソ連のニルヴァーナに敗北した屈辱だけで突き動かされていた俺にとって、彼らが向けてくれる純粋な信頼と笑顔は、何よりも温かい救いだった。隊長として、この10人の部下たちと、カインの信頼にこれからも応え続けなければならない。その決意が、静かに胸の中で強固なものになっていく。
宴は夜が更けるまで続いた。
プロイセン独自のジャガイモ料理や、ハーブをふんだんに使った焼き肉が次々と運ばれ、アザレアの面々は飢えた狼のようにそれを平らげていった。
途中で、近くの席にいたプロイセン王国軍の若手の兵士たちが、俺たちの席へと恐る恐る近づいてくる一幕もあった。
「あの……ヒノモトのアザレアの皆さん、ですよね? 復興作業では本当に助かりました。これを、我々からの感謝の印として受け取ってください」
そう言って差し出されたのは、現地特有の非常に強い蒸留酒だった。
「おお! 帝国の戦友からの贈り物か! ありがたく頂く!」
タイガがそれを快く受け取り、プロイセンの兵士たちと肩を組んで笑い合い始める。国籍も、文化も、扱っている機体の規格も違う。それでも、同じ戦場を生き残り、同じ街の復興のために汗を流した者同士の間には、確かな絆が芽生えていた。
俺は少し騒がしくなった席を離れ、酒場のバルコニーへと出て、夜風に当たった。
見上げるプロイセンの夜空は、数日前のような赤黒い炎に染まることもなく、静かで、美しい星々が瞬いている。
「ここにいましたか」
足音もなく現れたのは、カインだった。彼の片手には、まだ半分ほど残ったジョッキがある。
「カインか。部下たちはどうした?」
「タイガ少尉を中心に、プロイセンの若い兵士たちと『どちらの機体の出力が優れているか』で大激論を交わしていますよ。まぁ、実に平和な光景です」
カインは俺の隣に並び、帝都の夜景を見つめた。
「明日には、センコクとスクナビの最終調整が終わり、俺たちは空中要塞へと帰還する」
俺の言葉に、カインは静かに頷いた。
「ええ。プロイセンの内戦はこれで収束に向かいますが、僕たちの本当の戦いはこれからです。逃亡したディートリヒ……そして、ソ連の《ニルヴァーナ》と、あの白い悪魔」
カインの目が、夜空の暗闇の奥を見据えるように鋭くなった。
「キリアンたちの掴んだ情報は、まだ断片的なものです。あの藍色の機体が本当にすべてを操る黒幕なのか、あるいは彼女もまた、巨大な渦に巻き込まれている一パーツに過ぎないのか……。それは、僕たちが直接その手で引き摺り下ろして、確かめるしかありませんね」
「ああ、分かっている」
俺は右拳をきつく握りしめた。ハインツを打ち破った、あの頑強な拳だ。
「どんな真実が待っていようと、俺は止まらない。アザレアを率いて、必ず奴らに辿り着いてみせる。10年前の真実も、これからの世界の行方も、すべてをこの目で確かめるまでは」
「その意気です、レン隊長。あなたが行く地獄の果てまで、僕と11人の部下たちはどこまでもお供しますよ」
カインはそう言うと、残ったビールをグイと飲み干し、いつもの不敵で飄々とした笑みを浮かべた。
酒場の中からは、タイガたちの賑やかな笑い声と、プロイセンの兵士たちが歌う復興の賛歌が聞こえてくる。
この鉄の国で手にした、束の間の、しかし確かな平穏と仲間たちとの絆。それを胸に抱き、俺たちは明日、再び戦場へと舞い戻る。空中要塞タカチホへ還り、次なる嵐の待つ空へと旅立つために。
プロイセンの夜風は冷たかったが、俺たちの胸の中に灯った炎は、決して消えることはなかった。




