40話鋼鉄の覚醒前夜
ドックの防壁が火花を散らし、崩壊していく爆炎の向こう。
ハインツが俺たちの前に立ち塞がると同時に、ドックの左翼側からは地鳴りのような重低音が響いていた。キリアンのヴィルトファングを包囲せんとする改革派の増援――その先頭に立つのは、刃付きの巨大な盾を構えたコマンド機シュヴァルツ・ヴェーア
プロイセン改革派の真の首謀者、シュミット部隊長だった。
「そこまでだ、キリアン! これ以上の抵抗は無意味だ。無駄に兵を死なせる前に、大人しく機体を降りろ!」
シュミットの乗る機体が地を穿ち、キリアンへ向けて突進する。並の人型兵器なら一撃で鉄屑に変えるその巨盾が、猛烈な速度で空間を押し潰すように迫る。
「ははっ、そいつはできない相談だね、シュミット! お前がそんな暗い顔をして悪党の真似事をしている間は、俺が付き合ってやらないといけないだろ!」
キリアンのヴィルトファングが、真紅のビームブレードを逆手に構え、迫り来る盾の刃を紙一重でいなした。凄まじい金属の摩擦音が鳴り響き、凄まじい火花が散る。
キリアンは卓越した流れるようなステップで背後へ回り込み、汎用マシンガンをシュミットの背部へ掃射した。だが、シュミットは驚異的な反応速度で巨盾を背後へ回し、その全弾を弾き返す。
「お前ほどの才能がありながら、なぜわからない、キリアン! 我が国はヒノモトの覇権の影で、その主権を、魂を切り売りしているのだぞ!」
シュミットの怒号と共に、巨盾の刃がヴィルトファングの胸部装甲を激しく切り裂く。
キリアンはコックピットの中で、操縦桿から伝わる強烈なフィードバックに目を見張った。かつて訓練校時代、何度も手合わせした親友の動き。カタブツだがどこか優しさのあったシュミットの操縦は、今や狂気とも言える執念によって、かつてないほどに鋭く、重く研ぎ澄まされていた。
「お前の兄さんの遺志は知っている! 国を愛していた立派な人だ! だからといって、世界を、ヒノモトを敵に回して、この国に何が残るっていうんだシュミット!」
「五月蝿い!」
シュミットの機体が咆哮する。巨盾がヴィルトファングの右腕を強打し、その衝撃でキリアンのビームブレードが火線を引いて夜空へ吹き飛んだ。
「くっ……! 模擬戦以来、ずいぶんと腕を上げたじゃないか……本当に食えないカタブツだよ、お前は!」
「お前のような天才に、持たざる我らの、兄さんの無念がわかるものか! 私はこのプロイセンに、真の『鋼鉄の革新』をもたらす。そのためなら、私は悪魔にだってなってやる!!」
背負う立場、絡み合う過去。かつて背中を預け合った二人の騎士は、互いの矜持をすべて叩きつけるように、剥き出しの刃を激突させ続けていた。
その頃、レン達は
「カイン、合わせろ! あの重装甲、外側から剥ぎ取るぞ!」
「了解ですよ、レン! あの狂犬は随分とご立派なオモチャを買い与えられたようですね!」
俺のセンコクのアルテミシウム炉が唸りを上げる。センコクの武器は、頑強な両拳と、腕部に仕込まれたグレネードのみ。だが、俺は怯むことなく、ハインツの異形の移動要塞へと向かって爆発的な加速で地を蹴った。
「ハハハハハ! 壊れかけの骨董品で、この俺の『絶対火力』に勝てると思っているのかぁ、レンんん!!」
ハインツの巨体から、全弾一斉発射された誘導ミサイルと爆撃榴弾が、ドックの空間を埋め尽くす。
弾幕のわずかな隙間を縫うように超高速の不規則機動で肉薄し、俺はセンコクにマウントされたグレネードを一斉に近接信管で射出した。
至近距離での連続爆発が、ハインツの巨体の視界を激しく揺るがし、爆撃の統制を強引に乱す。
「なにぃ!? 目潰しのつもりか!」
「それだけじゃない!」
煙幕を突き破り、センコクの頑強な右拳がハインツの背部へと叩きつけられた。アルテミシウムの全出力を乗せた一撃が、背部にあった巨大ランチャーの基部を完璧に粉砕する。激しい金属の断裂音と共に、重厚な武装コンテナが爆炎を上げて吹き飛んだ。
「おのれぇぇ、チョロチョロと小賢しいガキがぁ!!」
ハインツがバランスを崩し、その巨体が大きく右へ傾く。その決定的な隙を見逃すアザレアの副官ではなかった。
「――まだ僕を、ただの付き添いだと思っていましたか?」
煙を割って滑り込んできたのは、カインの《スクナビ》。その手にある細身のレイピアが、鋭い光を放ち、ハインツのコックピットの装甲板へと正確に突き立てられる。
「ハッ! そんな細い針で、この複合装甲が貫けるわけ――」
ハインツが勝ち誇ったように叫びかけた、その瞬間。
カインの唇に、冷徹な軍人の不敵な笑みが浮かんだ。
「ええ、突き刺すだけなら、ですね。……ですが、実はこのレイピア、『射出』できるのですよ?」
カインがトリガーを引いた瞬間、強烈な金属駆動音が響いた。
スクナビのレイピアの「刃」そのものが、内部の超高圧スラストによって、至近距離から音速を超えて前方に撃ち出されたのだ。
「なっ――」
鋭利な鋼鉄の尖端は、ハインツの重装甲のわずかな隙間を破り、コックピットの隔壁を容易く貫通した。
火花が散り、短い絶叫が通信圏内で途絶える。
ハインツの巨大な広域爆撃機体は、内側からの駆動系の小爆発を起こしながら、ドサリと崩れ落ちるように膝をつき、二度と動くことはなかった。
「ふぅ。僕を未亡副官にするには、少々火力が足りなかったようですね」
カインは軽く肩をすくめ、残されたレイピアの柄を静かに収容した。
ハインツが沈黙し、アザレアの部下たちの連携によって過激派の増援も次々と無力化されていく。
しかし、ドックの最深部では、なおも痛ましい金属の激突音が響き続けていた。
残されたのは、シュミット一人。
「ハインツも、倒れたか……」
シュミットの《シュヴァルツ・ヴェーア》の巨盾はすでに半ばから砕け散り、機体各部から赤黒いオイルが涙のように流れ落ちている。対するキリアンの《ヴィルトファング》もまた、左腕を失い、満身創痍の状態でかろうじて剣を構えていた。
俺の《センコク》は、先ほどの爆風を受け止めた代償として大太刀を失い、残された武器は頑強な両拳と、腕部のグレネードのみ。カインのスクナビやエルザの機体と共にシュミットを包囲するが、その場の誰もが、次の一動を躊躇っていた。
通信回線から聞こえるのは、シュミットの酷くかすれた、自嘲の混じった息遣いだけだ。
彼の脳裏に去来するのは、流行り病で冷たくなっていく間際まで、国の未来を憂いていた実の兄の姿。
『シュミット、プロイセンは鉄の国だ。誰の影にも隠れず、気高くあれ……』
「兄さん……私は、間違っていたのだろうか。この国の誇りを取り戻す道は、本当に、これしかなかったのか……」
その呟きは、あまりにも弱々しく、悲痛だった。
だが、シュミットは深く息を吐くと、最後に残った右腕の、ボロボロに砕けた巨盾を再びゆっくりと掲げた。そのメインカメラの光には、敗北を悟りながらも、決して折れることのないプロイセンの「鉄の意志」が、酷く悲しく、しかし確かに宿っていた。
「キリアン。お前と最後にまた、こうして全力で手合わせができて……悪くはなかったよ」
「シュミット、お前、もうやめろ! 頼むから、もう……!」
キリアンの声は、限界を超えて震えていた。叫びというよりは、懇願だった。かつて同じ学び舎で未来を語り合い、互いの背中を預け合ってきた親友。その男を、自らの手で葬らなければならないかもしれないという現実が、天才の心を容赦なくすり潰していく。
「プロイセンに、鉄の栄光あれ!!」
シュミットは最後の推進力を爆発させ、狂った駆動音を響かせて真っ直ぐに突進してきた。それは勝利のための突撃ではない。自らの信じた兄の遺志を、騎士としての最期を、自らの命をもって貫き通すための、悲しい終幕への一歩だった。
「――シュミットォォォォッ!!」
引き金を引いたのは、キリアンだった。
涙を振り切るような悲痛な絶叫と共に、ヴィルトファングの残されたマシンガンが至近距離で火を噴き、真紅のビームブレードが夜霧を十文字に切り裂いた。
閃光が爆発し、突進する重装機の駆動核を正確無比に一閃する。
ドォォォン……と、悲しいほどに静かな爆発音がドックに木霊した。
シュミットの機体はゆっくりと、崩れ落ちるようにその場に膝をつき、そのまま沈黙した。
国を揺るがした激動の内戦は、友の手によって、最悪の形で幕を閉じた。大破したドックの天井の隙間から、偽りの夜を切り裂くように、本物の朝焼けの光が差し込んでくる。その冷たい光は、勝利の歓声などどこにもない、ただ硝煙と悲しみだけが立ち込める戦場を、静かに照らし出していた。




