38話鋼鉄のドックと四人の隊長
プロイセン王国軍の本隊に保護された俺とカインそして、生き残ったアザレアの部下達は、そのまま彼らの移動式大型拠点へと連行、いや、「客人」として招かれることになった。
戦場でのボロボロな有り様が嘘のように、俺たちは行き届いた医療を受け、汚れた衣服を着替えさせてもらった。泥と硝煙にまみれていた身体が温かいシャワーで洗われていく間も、俺の頭の中にあるのは、あの藍色の骨董機体――《ニルヴァーナ》に手も足も出ずあしらわれた屈辱と、宇宙へと消えた《アルテミス・レイ》への憎悪だけだった。
「レン、あまり思い詰めないでください。焦りは指揮、操縦を狂わせます」
「……わかってる。だが、俺たちの機体はどうなる。あそこまで大破し
ては、本国から予備パーツを輸送してもらうだけでも数日はかかるはずだ」
「おやおや、相変わらず心配性ですね、レン。僕たちのセンコクとスクナビなら、今あちらの第一ドックで総がかりで修理されてますよ」
カインが答えると、室内のハッチが開いた。入ってきたのは、勝ち気そうな瞳を輝かせている若き女性パイロット。エルザ・マンシュタイン部隊長だった。
「その通り、プロイセンの技術を舐めないで。アルテミシウム炉の規格さえ合えば、駆動系の焼き切れなんて数時間で元通りにしてあげるわ。シュミット指揮官の直命だからね。……さあ、身体が動くなら作戦会議室へ来てもらえる? 本隊の部隊長たちが待ってるわ」
エルザに案内され、重厚な鋼鉄の通路を進む。
たどり着いた作戦会議室の巨大な自動扉が開くと、そこにはプロイセン王国軍の本隊を率いる、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。
中央には、先ほど俺たちを保護してくれたシュミット部隊長。
そしてその周囲には、エルザを含めた「人型兵器搭乗者兼部隊長」の4人が、それぞれ佇んでいた。
「よく来てくれた、アザレアの諸君」
シュミットが帽子を脱ぎ、穏やかな、しかし威厳のある声で俺たちを迎えた。
「改めて紹介しよう。我がプロイセン王国軍が誇る精鋭部隊の長たちだ。すでに面識のあるエルザ大尉。そして――」
「ようこそ。お近づきの印に、まずは互いの無事を祝おうじゃないか」
気さくに手を挙げて進み出たのは、シュミットと同格の地位にありながら、どこか執着を持たない独特のオーラを放つ男だった。
「俺は、キリアン・クラウゼ。よろしくな!」
彼は王政派のもう一人の隊長であり、その操縦技術は軍内でも「天才」と謳われている。彼の機体、ヴィルトファングは、汎用マシンガン、ビームブレード、ミサイルポッドのバランスで組み合わせた、汎用機らしい。特定の距離に依存せず、あらゆる局面を己の純粋な技量のみでねじ伏せる、まさに戦場を愉しむ天才のための機体なのだそうだ。
「おいおいキリアン、作戦会議の場だぞ。訓練校時代からの悪癖はいい加減に直したらどうだ」とシュミットが苦笑混じりに嗜めると、キリアンは「お前こそ、昔からカタブツすぎるんだよ」と肩をすくめて笑い合う。背負う立場は違えど、互いの背中を預け合ってきた二人の間には、長年の深い信頼関係が確かに息づいていた。
「……ディートリヒ・バウアーです。以後お見知り置きを」
キリアンの背後から、冷徹な細目をさらに細めて会釈をしたのは、ディートリヒ。一分の隙もない敬礼だが、その瞳の奥には一切の感情が感じられない。彼は、光学迷彩とレールガンを操る隠密特化機ナハト・イェーガーだ。
「諸君らの戦いぶりは、ハインツの機体から送られていたログで拝見させてもらったよ」とキリアンが笑う。
「あの狂犬ハインツの猛攻を凌ぎ、なおかつソ連の新型万能機相手に基地を守り抜いた。実に見事な立ち回りだ。アザレアの噂は伊達じゃないね」
「……いえ。ですが俺たちは、何も守れませんでした」
俺は拳を握りしめ、床を見つめた。アルテミス・レイも、ソ連の藍色の骨董機体も、すべてを取り逃がしたのだ。
「まぁまぁ、そう悲観することはありませんよ、レン。僕たちがここで生き残った、それ自体が次の勝利への布石なのですから」
カインがいつもの飄々とした調子で俺の肩を叩き、シュミットを見据えた。
「ハインツ・ケラー部隊長の身柄は、すでに我が軍の憲兵隊が完全に拘束した」とシュミットが言葉を継ぐ。
「彼は厳重にロックされた地下監獄へと投獄され、明日には本国へ強制送還ののち、軍事法廷にかけられる。我が国は、決して連邦との盟約を違えるつもりはない。君たちの機体は、夜が明ける頃には完全に『フルスペック』の状態で修理を完了させておく。……今日は、我が国が用意した最高級ホテルでゆっくりと休むといい」
シュミット達の温かい言葉を受け、俺たちはその言葉に従うことにした。だが、この時の俺たちはまだ気づいていなかった。
この作戦会議室の中に、すでに破滅の毒が回り始めていたことに。
シュミット部隊長たちの温かい言葉を受け、俺たちはプロイセン軍が手配してくれた帝都市内の最高級ホテルへと向かうことになった。
移動のために用意された軍用車両の窓から外を眺めると、そこには戦場の硝煙が嘘のような、美しく整然としたな都市の夜景が広がっていた。
プロイセン王国の首都――。
伝統的な石造りの重厚な建築物と、最先端のホログラム広告やネオンサインが見事に融合した街並み。行き交う人々は穏やかな笑みを浮かべ、カフェのテラス席で談笑し、平和な日常を謳歌している。
「綺麗な街ですね、レン。あの改革派のハインツが暴れていた国とは、到底思えませんよ」
隣に座るカインが、窓の外の灯りを見つめながらぽつりと言った。
「ああ……。規律と伝統を重んじる国、か。あそこにいる人たちは、自分たちのすぐ近くに《アルテミス・レイ》のような化け物や、それを出撃させた過激派がいるなんて、知りもしないんだろうな」
俺は私服に着替えた自分の両手を見つめた。温かいシャワーで泥と硝煙は洗い流されたが、あの藍色の骨董機体に手も足も出ずあしらわれた屈辱と、宇宙へと消えた白い悪魔への憎悪は、皮膚の裏側に焼き付いたように消えない。
やがて車は、歴史ある格式高いホテルのエントランスへと到着した。
案内された最上階の部屋は、一介のパイロットに用意するには贅沢すぎるほど広々としており、大きなガラス窓からは帝都の夜景が一望できた。
「レン、あまり思い詰めないでくださいね。僕たちの機体はプロイセンの優秀な技師たちが直してくれています。今はただ、この極上のベッドで泥のように眠るべきです」
連絡扉の向こうからカインが飄々とした声をかけてくる。
「わかっている……」
そう答えながらも、俺は眠りにつくことができなかった。
窓の外で美しく輝く光の海。この平穏が、まさか数時間後に最悪の形で崩壊するとは、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。作戦会議室の中に、そしてこの国の深部に、すでに破滅の毒は回りきっていたのだ。
レンたちが帝都市内のホテルへと向かった、数時間後の深夜――。
プロイセン王国軍移動基地の最下層。地下監獄の暗闇の中に、ハインツ・ケラーは囚われていた。拘束衣を着せられながらも、その瞳の奥の狂気は微塵も衰えていない。
「アザレアのガキどもめ。今頃はぬくぬくとベッドの上か。反吐が出る……! 」
ハインツが呪詛を吐き捨てた、その時だった。カチリ、と静かな電子音が響き、絶対に開くはずのない監獄の扉がゆっくりとスライドした。
その姿はシュミット部隊長の姿だった。
「……お前か、シュミット。俺を軍事法廷に送る前に、直々に格好のつかない説教でもしに来たか?」
ハインツの嘲笑に対し、シュミットは何も答えず、手元の電子キーを操作して全ての電磁ロックを解除した。
「……あァ?」
ハインツが不審そうに眉をひそめる中、シュミットの背後の闇から、冷徹な目を光らせたディートリヒ・バウアーも現れた。
「ハインツ。お前の『ヒノモトを排除し、我がプロイセンが世界の主権を握るべき』という思想……私はかねてより、全面的に同意していたのだよ」
シュミットが低く、冷酷な声で囁いた。その脳裏に浮かぶのは、かつて流行り病でこの世を去った実の兄の姿だった。誰よりもプロイセンを愛し、誇り高くあった兄は、ヒノモトの覇権に世界が塗り潰されていく現状を死の間際まで危惧していた。その遺志を継ぎ、この国を正しい軌道へ戻すためなら、シュミットは悪魔に魂を売ることも辞さなかった。
「お前の暴走は少々早すぎたが、おかげで舞台は整った。ヒノモトの特務機センコクとスクナビは、我が方のドックの中に完璧に隔離されている。これより我々は、王政派の無能どもと、キリアンやエルザのような王政派を排除し、この国に真の『鋼鉄の革新』をもたらす」
ディートリヒが淡々と、端末の画面をハインツに見せた。
「すでに通信網の遮断、および主要拠点への爆破工作の配置は完了しています。ハインツ、あなたには大破した機体の代わりに、さらに最新鋭の広域爆撃用追加武装を用意しました。……暴れていただけますか?」
ハインツの顔に、見る見るうちに凶悪な、歓喜の笑みが広がっていく。
「ハハハ! 面白い、面白すぎるぞシュミット! 最初からそう言え! あのヒノモトの小汚いガキどもと、キリアンの天才気取りをまとめて、このプロイセンの夜霧ごと消し飛ばしてやる!!」
「内戦の火蓋を切る」とシュミットが冷酷に命じる。
「この混沌のすべてを、ヒノモトとソ連の謀略ということに仕立て上げ、我らがプロイセンを正当なる『世界の覇者』へと押し上げるのだ」
一時間後。
――ドォォォォォン!!!
凄まじい大爆発の衝撃と、地響きのような震動が、ホテルの俺の部屋を襲った。
「うおっ!?」
ベッドから叩きつけられるようにして床に転がり落ちる。窓の外を見ると、夜の市街地が真っ赤な炎に包まれていた。
「レン! 無事ですか!?」
隣の部屋との連絡扉を蹴破るようにして、カインを初め、部下達が飛び込んできた。すでにパイロットスーツに身を包み、手にはデータ端末を握りしめている。
「カイン、何が起きてる!? ソ連の襲撃か!?」
「いいえ、最悪の状況ですよ。通信回線が完全にジャミングされていますが、傍受できた暗号通信によると……プロイセン軍の過激派が反乱を起こしました! 各地の王政派の拠点が、一斉に爆破されています!」
その時、カインの端末に、ノイズ混じりの緊急通信が入った。画面に映し出されたのは、激しい銃撃音の中で操縦桿を握るエルザ大尉の姿だった。
『アザレアの諸君! 聞こえる!? 罠よ! 改革派にハメられた!』
「エルザ部隊長! どういうことです!」
『シュミットが……あの男が改革派の真の首謀者だった! ハインツを解放し、ディートリヒたちの部隊と共に、本隊の王政派を奇襲してきたわ! 今、キリアン少佐のヴィルトファングがドック前で敵を食い止めてる!』
画面の向こうで、凄まじい爆発音が響き、エルザの悲鳴が上がる。
『あんたたちの機体は、私たちが死守したわ! 完全に修理は完了してる! だから、お願い……手を貸して!』
通信が、ブツリと途絶えた。
「シュミット部隊長は……まさか俺たちをはめようとしていたのか?」
低く押し殺した声が、静かに怒りを滲ませる。
すると、カインが小さく肩をすくめた。
「手厚い歓迎の裏に、こんなに濃い毒を仕込んでいたとは。まったく、食えない連中ですね」
その瞬間、カインの瞳から、いつもの軽薄さが消え失せた。そこに残ったのは、冷徹な軍人の眼光だった。
「行くぞ、カイン」
レンは短く告げ、拳を強く握りしめた。
「アザレアの力、あの裏切り者どもに叩き込んでやる」
「了解です、レン」
カインは静かに微笑み、目を細めた。
「──アザレアの本当の戦いを、存分に見せてあげましょう」
次の瞬間、俺たちはホテルの窓を蹴破った。
硝煙と爆炎が渦巻くプロイセンの戦場へ、二人は猛然と飛び出した。
ここから始まるのは、5人の部隊長たちの信念が真正面から激突する、極限の幹部戦だ。




