36話歪曲
アルテミス・レイが漆黒の尾を引いて大気圏外へ消え去り、静まり返ったプロイセンの山岳基地。
私の《ニルヴァーナ》、限界を迎えて白煙を上げるアザレアの二機が残された戦場に、叫びが響き渡った。
「なんなんだ、お前は!?」
アザレアのエースの叫びだった。当然だよね。自分たちの戦場に突然現れた謎の機体に、疑問を抱かないはずがない。
「ああ、そういえば私たちの集団の名前、まだ決めてなかったね。ねえ、タチアナ」
「はい?」
私は雲の上のバヤールへと通信を繋いだ。
「私たちの名前、『ヘリオ・バウンド』(ヘリオスフィアに縛られる者)とかどう!?」
「うーん、なんだか私たちにぴったりな皮肉な名前ですね」
「まあね」
アザレアのエースへの返答とも取れる、まるで状況を無視したような会話だった。
そこへ突如、空間を爆破するような重低音の駆動音が響き渡った。
夜霧を力任せに吹き飛ばし、上空に現れたのは巨大な大推力ホバーを唸らせる一つの機体。
急襲の報を受けて駆けつけたプロイセン王国軍・部隊長の一人、ハインツ・ケラーだった。
「これより当宙域の、あらゆる『不純物』の排除を開始する!」
「なに!?」
通信回線に割り込んできたのは、低く、そして肉食獣のような飢えた狂気を孕んだ男の声。
ハインツは現場の惨状、さらにヒノモトの特務機とソ連の骨董機が同じ場所に並び立っている異様な状況を一瞥し、激しい嫌悪と共に声を歪ませた。
「なるほど、そういうことか。ヒノモトの絶対標的駆逐官が、ソ連の骨董機と仲良く傷を舐め合っている。……中心たる『純白の魔機』は唯一ソ連領だけを襲わない。すべてが繋がったぞ!小汚い陰謀の使者どもが!」
「ちょっと待ってよ、私たちはアルテミス・レイを」
「黙れ、ソ連の雌狐! 貴様らが連邦と結託し、アルテミス・レイをプロイセンへ引き入れたのだろう! この地に内戦の火種を撒き、鋼鉄の王国を内側から食い破るための茶番劇……! 違おうが違うまいが関係ない、我が国に仇なす謀略の者達を全て破壊してやる!!」
「レン、下がってください! こいつ、完全に狂ってる…!」
カインの警告が響くより早く、空中を滑るハインツ機の巨大なロケットランチャーが火を噴いた。
最初に放たれたのは、超高密度のタングステン芯弾頭を備えた「徹甲弾」。爆発の衝撃波ではなく、純粋な質量と超音速の運動エネルギーで対象を刺し貫く凶悪な弾丸だった。
標的は、すでに駆動系に過負荷がかかっているレンのセンコク。
「死ねぇ、ヒノモトの犬が!」
「くっ……!」
カインのスクナビが瞬時にセンコクの前に滑り込み、手元のレイピアの二振りを交差させて盾とした。ガギィィィィン!!と鼓膜を破るような金属の衝突音が響き、凄まじい火花が夜闇を照らす。なんとか弾道を強引に逸らしたものの、スクナビの腕部装甲は衝撃でひしゃげ、激しく火花を散らした。
(チッ……あの狂犬、人の話を一言も聞きやしない! だったら、黙らせるまで!)
私のニルヴァーナの推力を極限まで解放し、垂直に跳躍した。
空中をホバーで自在に縦横するハインツ機へ、下空から肉薄する。左手の「鞘」の砲口が藍色のエネルギーで満ち、夜霧を蒸発させるようなビームを連続で叩き込んだ。
「チョロチョロと……、鬱陶しい!!」
ハインツは空中で信じがたい制動をかけ、ニルヴァーナのビームを機体を反転させて紙一重で回避。それどころか、回避の挙動のままランチャーの弾種を「通常の爆発弾」へと切り替え、ニルヴァーナの頭上から容赦なく乱射してきた。
地表に着弾した爆発弾が、レンたちの視界を奪い、私の進路を爆煙の壁で遮る。
だが、私はその爆炎をニルヴァーナの刀で切り裂くようにして、ハインツの死角へと躍り出た。脳波とアルテミシウムの同調率が跳ね上がる。見える、あの重装機の姿勢制御ユニットの隙間が!
「そこぉッ!!」
ニルヴァーナの刀が、電光石火の一閃となってハインツ機の右ホバー推進器の翼端を鋭く切り裂いた。金属が激しく融解する不快な音が響き、ハインツ機の飛行バランスが大きく崩れる。
しかし、並のパイロットなら墜落するその瞬間、ハインツは狂ったような笑いを上げた。
「ハハハハハ! 素晴らしい反応速度だ、ソ連の化け物め! だがなぁ……私を追い詰めたと思ったか? 貴様らを確実に仕留める間合いに引きずり込んだだけだ!!」
ハインツは私に向けて、ランチャーの最奥に装填されていたミサイル弾を発射した。
放たれた特殊超大型弾頭は、空中で一瞬だけ制動をかけたかのように見えた直後、まるで夜空に巨大な「鋼鉄の華」が開くかのように美しく、そしておぞましく破裂を遂げた。
一発の巨弾が、空中で数十、数百もの「小型誘導ミサイル」へと姿を変える。
夜空の闇を背景に、無数の光の尾がまるで生き物の触手のように蠢き、意思を持った凶暴な猟犬となって、地上に残された私たち3機を目がけて全方位から襲いかかってきた。空間そのものを埋め尽くす、圧倒的な光と硝煙の網。
「ハハハハハ! 逃げ惑え、謀略の使者ども!我がプロイセンの土に還るがいい!!」
(くっ、冗談じゃない……! こんなところで終わってまるもんですか!)
ニルヴァーナの機体を激しく反転させ、推進力を最大まで引き上げた。ビーム鞘を前方に構え、接近する誘導ミサイルの群れへとエネルギーを照射する。
数発のミサイルを空中で爆発させて爆煙の盾を作り、その中を強引に突き抜けた。熱風が装甲を焼き、コックピット内に激しい警告音が鳴り響く。しかし、ニルヴァーナの機動力は死んでいない。
地上では、ボロボロになったヒノモトの2機が必死にミサイルを回避し、あるいは腕部グレネードで迎撃を試みていた。だけど、ハインツの全方位爆撃の猛威は彼らの限界を疾うに超えている。
「ふん、仲間想いなことだ! ならばまずはその錆び付いた盾から壊してやろう!」
ハインツは姿勢制御を強引に立て直し、再びランチャーの銃口をカインのスクナビへと向けた。次弾の装填音が不気味に響く。
(あいつ、本当に容赦がない……! でも、隙だらけ!)
空中を制圧している気になっているハインツの背後、ミサイルの爆煙を抜けた私のニルヴァーナが完全にその死角を捉えていた。私は刀を逆手に持ち替え、一気に急降下をかける。
「よそ見してるんじゃない、この狂犬!」
「何ッ!?」
ハインツが振り返るよりも早く、ニルヴァーナの刀がハインツ機の残された左側の推進ユニットを根元から深く切り裂いた。今度こそ完全に揚力を失った重装機が、火花を散らしながら地表へと叩きつけられ、激しい衝撃が地を揺らし、ハインツの機体は白煙を上げて沈黙するのだった。




